カフェスタッフが現役の医療従事者、健康相談もできると話題! 医療を身近に感じられるまちづくりも進行中 東京都府中市「FLAT STAND」 理学療法士・糟谷明範さん

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病めるときも健やかなるときも 医療福祉とカフェを起点に、誰もが「いい感じ」で暮らせる地域をつくる

健康な時にはあまり考えない「病」。しかし、誰にでも病気になる可能性はあります。それが今ではなかったとしても、いつかは家族や自分の病や老いに直面せざるを得ない時がやってくるでしょう。

だからこそ、日ごろから病を別世界の出来事と捉えずに、病についての知識を深め、自分の心身をケアし、周囲に病を抱える人がいたら労わりながら、日々を慈しんで生きる――そんな暮らしができたら素敵ですよね。

カフェを起点にした場づくりと、医療福祉サービスの提供を同時進行

シンクハピネス代表 理学療法士 糟谷明範さん(撮影/片山貴博)

シンクハピネス代表 理学療法士 糟谷明範さん(撮影/片山貴博)

「医療者と一般市民がフラットに触れ合える地域社会をつくりたい」という志を胸に東京都府中市を拠点に、地域づくりを進めている人がいます。それが、理学療法士の糟谷明範(かすや あきのり)さんです。

糟谷さんは府中市の多磨霊園駅に近接した訪問看護・居宅介護支援の医療福祉サービス「LIC訪問看護リハビリステーション」を運営する傍ら、同地で「the town stand FLAT」(通称FLAT STAND)というカフェを起点にした場づくりも行う、株式会社シンクハピネスの代表を務めています。

「嬉しいとか楽しいとかの、キラキラした感情だけじゃなくて、悲しい、恥ずかしい、辛いという感情も、同時に存在できるようなコミュニティ」が、糟谷さんの理想だそうです。いったい、どういうことなのでしょう?

糟谷さんに、事業立ち上げの理由から現在のシンクハピネスについて、そして今後の地域づくりの展望などについて伺いました。

医療従事者がコーヒーを淹れる、地域で評判のカフェ

カフェスタッフが現役の医療従事者、健康相談もできると話題! 医療を身近に感じられるまちづくりも進行中 東京都府中市「FLAT STAND」 理学療法士・糟谷明範さん カフェの1階には、色とりどりのお菓子に加えて、イベントのチラシや書籍などが置かれている(撮影/片山貴博)

カフェの1階には、色とりどりのお菓子に加えて、イベントのチラシや書籍などが置かれている(撮影/片山貴博)

多磨霊園の駅からほど近い「FLAT STAND」は、木の温もりが感じられる居心地の良いカフェです。コーヒーやスイーツの美味しさが評判を呼んで、地元の人々に愛されています。

取材時コーヒーを入れてくれたのは理学療法士の浅野みづきさん(撮影/片山貴博)

取材時コーヒーを入れてくれたのは理学療法士の浅野みづきさん(撮影/片山貴博)

1階は見た目もかわいらしい焼き菓子が並び、目移りしてしまいそう。ハンドドリップで丁寧に淹れられたコーヒーの味も評判です。実はカフェのカウンターに立ってコーヒーを淹れてくれているのは、理学療法士など現役の医療従事者。カウンター席でおしゃべりを楽しみながら、コーヒーをいただくことができます。2階では自由に読めるライブラリーの本を読むことも可能。時折医療関連のイベントも行われるそうです。

「僕自身がお店に立ってコーヒーを淹れることもあります。でもこちらから積極的に医療の話題を振ることはありませんし、2階のコミュニティスペースでは医療関連のイベント以外にも、さまざまなイベントを行っていますよ」(糟谷さん)

あくまでカフェはカフェとして、上質なコーヒーと共にリラックスした時間を過ごすことができる場所として存在しているのです。

シンクハピネスでは現在、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、カフェ、そして「たまれ」というコミュニティを運営しています。

医療・介護系の事業とカフェと地域づくりを同時に行うというユニークな業態はどうやって生まれたのでしょうか。その答えは、彼の起業までの歩みの中にありました。

糟谷さんは理学療法士として、長年医療現場に携わっている(写真提供/シンクハピネス)

糟谷さんは理学療法士として、長年医療現場に携わっている(写真提供/シンクハピネス)

「LIC訪問看護リハビリステーション」は「the town stand FLAT(カフェFLAT STAND)」の並び、多磨霊園駅からほど近い通りにあります(撮影/片山貴博)

「LIC訪問看護リハビリステーション」は「the town stand FLAT(カフェFLAT STAND)」の並び、多磨霊園駅からほど近い通りにあります(撮影/片山貴博)

医療者と非医療者の境界線をなくしたかった

「僕はかつて、理学療法士として都内の総合病院に勤務していました。そこで、ある患者さんの言葉にショックを受けたというか、気づきをもらったことがあったんです。それが『感謝はしているけれど、私達もあなた達に気を遣ってリハビリを受けているのよ』という言葉。

病院のなかには、患者さんと医療者の間に主従関係のようなものがあって、医者など医療者の言うことは絶対みたいな空気があると思っています。そんな環境では、患者さんが遠慮して、自分の意見や要求を飲み込んでしまうのだと気づかされたんです。

それから、こうした医療現場の空気感を変えられないものか、と考えるようになりました」

しかし病院内部からそういった雰囲気を変えていくのは難しい。そして、この課題の本質は実は病院ではなく、地域での暮らしの中にあるのかも知れない。そう考えた糟谷さんは、国立市の訪問看護ステーションへと転職することになります。

「医療者と患者の垣根をなくしたかった」と糟谷さん(写真提供/シンクハピネス)

「医療者と患者の垣根をなくしたかった」と糟谷さん(写真提供/シンクハピネス)

日常生活に医療が溶け込んでいる地域をつくりたい

地域の視点から医療者と患者の関係を見つめ直すために、訪問看護ステーションで在宅医療に従事することにした糟谷さん。仕事の合間に、地域のイベントなどに参加したり、自らイベントを主催したりして、医療に対するまちの声を知るために奔走しました。

「当時は、地域の座談会などで市民の方と触れ合う機会を積極的につくっていました。その多くは看護師や、理学療法士などの専門家が地域の方と健康をテーマに語らうというもの。

そこで実感したのは、健康な方は病気について考えることのハードルが高いということです。

僕としては医療者が近くにいた方が、いろいろ聞けて安心なんじゃないかなって思ったんですけど、手応えが全くなくて。『私は病気にならない』『ジムに通っているから大丈夫!』というような反応が多かったのです」

一般的に、人は健康なうちは病気や医療に無関心なものかもしれません。しかしいざ病に直面したときに頼れる場がなくて困っている人が多いということを、仕事柄、糟谷さんは実感していました。

医療者であり地域住民であるひとりとして、健康な人も、病気の人も、同じようにサポートできるような場所はつくれないか? そんな課題の解決法として辿り着いたのが、医療福祉事業とカフェを軸としたコミュニティ事業を同時に運営することだったのです。

カフェスタッフが現役の医療従事者、健康相談もできると話題! 医療を身近に感じられるまちづくりも進行中 東京都府中市「FLAT STAND」 理学療法士・糟谷明範さん 「カフェFLAT STAND」の2階はイベントなどでも使えるゆったりとしたスペース。貸出もできる本棚には、医療やコミュニティづくりに関する本が多い(撮影/片山貴博)

「カフェFLAT STAND」の2階はイベントなどでも使えるゆったりとしたスペース。貸出もできる本棚には、医療やコミュニティづくりに関する本が多い(撮影/片山貴博)

「医療者がいち市民として地域の方々と交流できる場とは? と考えたとき、パッと思い浮かんだのがカフェでした。僕らが店に立ち、医療者・非医療者の境目なく誰でも気軽に立ち寄れて、必要なときには健康相談にも応じられる。そんな場所としてカフェは最適だと思ったんですね」

医療者がみんなと行う”むら”づくり、「たまれ」とはどんな場所なのか

カフェFLAT STANDはLIC訪問看護リハビリステーションの並び、京王線多磨霊園駅からほど近い、2棟のアパートが隣接する長屋の一室にあります。カフェ以外の用途にも広く開放することで、地域に開かれた交流・学びの場としての役割も果たしているそう。

「ワークショップやセミナー、それからマルシェにフリマ、ミニコンサートなど、2階のオープンスペースを利用して色々なイベントを開催しています。一度、落語をやったこともありますよ」

「カフェFLAT STAND」の2階ではさまざまなイベントが行われている(写真提供/シンクハピネス)

「カフェFLAT STAND」の2階ではさまざまなイベントが行われている(写真提供/シンクハピネス)

代々受け継いだ長屋に吹き込んだ、新しい風

実はこの長屋、隣接する2棟のアパートを含めて糟谷さんの祖父が建てたもの。今でもご家族がオーナーを務めているそうで、カフェの場所に最適でした。ゆくゆくは、この場所を糟谷さんが引き継いでいくことを考えているのだそう。

「実は少し前までは空室が目立つ状態だったのですが、私の提案で室内をリノベーションOKにしてテナント募集をした頃から、クリエイターや事業者などの借りてが集まりました。おかげさまでテナントが多く入り、アパートはほぼ満室状態です」

糟谷さんが「カフェFLAT STAND」をつくり、アパートの規定をリノベーション可能物件に変えた頃から、子ども用アトリエ、菓子工房、銅版画工房、シェアスペースなどが次々と誕生。こうした磁場に引き寄せられるように、今ではアパートは地産野菜の直売所、近隣の大学生が運営する学び舎、リラクゼーションサロン、府中発のアパレルブランド事務所など、地域密着の事業者が多く入居しています。元々入居している住人の方々と、親しく交流しながら過ごしています。

2棟のアパートには、アトリエや工房などクリエイティブな施設が集まる。築48年、全6戸、テナント3店舗(撮影/片山貴博)

2棟のアパートには、アトリエや工房などクリエイティブな施設が集まる。築48年、全6戸、テナント3店舗(撮影/片山貴博)

医療とカフェを中心に、近隣の人々とつくる”むら”

今ではカフェFLAT STANDを入り口に、隣接する2棟のアパートとその敷地一帯に広がるこのエリアや活動を糟谷さんは「たまれ」と名づけ、コミュニティづくりに取り組んでいます。

「『たまれ』という通称は、この場所の最寄りの多磨霊園駅と、人が溜まる(集まる)、を掛けています。

『たまれ』は人やモノ、コトが集まる場で、ここではたくさんの文化や価値に出会うことができます。場所の名称ではなく、活動そのものを『たまれ』と呼んでいます。大切にしているところはそれぞれの関係性や距離間です。必要があれば声を掛け合えるような関係があって、終わったら離れて、また必要があれば帰ってくるみたいな。そんな、くっ付いたり離れたりを繰り返すような、余白のある関係性や距離感がある場であり、活動でありたいと思っています」

糟谷さんが抱く「たまれ」のコンセプトは2つ。1つ目は誰もが居ていい場所。誰もが主役で、誰も主役ではない、特定の形や色を持たない全員に開かれた場所。そしてもう1つが、在宅医療・福祉が日常に溶け込んだ新しい形のコミュニティなのです。

子ども向けのあそびのアトリエ「ズッコロッカ」は、図工の先生と音楽家が運営する、放課後のあそび場。「ズッコロッカ」は、「図工でもしよっか」の略だそう(撮影/片山貴博)

子ども向けのあそびのアトリエ「ズッコロッカ」は、図工の先生と音楽家が運営する、放課後のあそび場。「ズッコロッカ」は、「図工でもしよっか」の略だそう(撮影/片山貴博)

「こうしたコンセプトの実現のために僕ができることは、医療の専門職として日々修練を重ね有事に備えること。そして、普段は1人の人間としてまちに暮らし、まちやそこに住む人達のことをよく知ることです」

「医療と地域の境界線を曖昧にしたい」――カフェの運営を出発点に、その構想は界隈に溶け込み、様々な関係性をつくっています。

アトリエのみの小さなお菓子屋 『Laboratory Lantern』で作られた焼き菓子は「FLAT STAND」でも提供されている(撮影/片山貴博)

アトリエのみの小さなお菓子屋 『Laboratory Lantern』で作られた焼き菓子は「FLAT STAND」でも提供されている(撮影/片山貴博)

看護、リハビリを担う医療者が日常に溶け込んだ地域社会とは

こうした動きに近隣住民の方達はどのように反応しているのでしょう。

府中市といえば東京競馬場や多摩川ボートレース場を擁する公営競技の聖地。そして、スナックなどが多い土地柄もあって、多磨霊園駅周辺には競艇帰りや飲み屋帰りの人もちらほら。

「帰途、道端に倒れているような人もいるんです。『あの人調子悪そうだから診てやって!』と警備員の方が訪問看護ステーションに呼びに来たり、子どもが看護師を頼りにカフェに駆け込んだりといったことが増えています。

はじめのころは不思議な目で見られることもあったFLAT STANDや「たまれ」の活動ですが、最近は何かあったら相談できる場所として、訪問看護ステーションの窓口として、地域の方に頼りにされているなと感じています。

まちで顔見知りも増え、往来で声をかけられることも多くなりました。僕らの活動が地域に馴染んできたことを実感できるのは、嬉しいことです」

今年で2回目を迎えた「たまれ万博」は、地域に開かれた「たまれ」の文化祭のようなイベント(写真提供/シンクハピネス)

今年で2回目を迎えた「たまれ万博」は、地域に開かれた「たまれ」の文化祭のようなイベント(写真提供/シンクハピネス)

FLAT STANDや「たまれ」などのフラットな場で医療者と市民が顔馴染みになる機会は、在宅医療を行う上でも大切なものだと、糟谷さんはいいます。

「患者さんの暮らしというのは訪問先での1時間だけではなかなか見えてきません。1日の中の他の23時間のことも視野に入れて行うのがケアの本当のあり方だと思うのです。

その人の暮らし、大切にしているもの、普段の態度などを窺い知れるという点でもLICとFLAT STAND、そして『たまれ』、その3つのバランスを大事にしています」

医療者と患者、そして地域の人々がフラットにつながれる場を目指して(撮影/片山貴博)

医療者と患者、そして地域の人々がフラットにつながれる場を目指して(撮影/片山貴博)

それぞれの「いい感じ」の実現を目指して

訪問看護テーション、居宅介護支援、カフェ、そしてコミュニティづくり。これまで多くの事業の運営・発展に尽力してきた糟谷さんが、目指すのは関わる人皆が幸せになること。

糟谷さんの会社名のシンクハピネスとはSynchronize Happiness、つまり「幸せを同期する」という意味です。こうした理念を体現するために意識していることがあると言います。

「『いい感じ』というキーワードを、僕はいつも心に留めています。でも、その感覚は人それぞれ異なるものです。僕の『いい感じ』は他人には押し付けられない。誰かにとっての”楽しい”は誰かにとっての”悲しい”かもしれませんから。

だからこそ楽しいとか嬉しいという感覚だけじゃなく、悲しい、恥ずかしい、辛いといった感覚も同時に存在することが必要だと思うんです。誰もがその人なりの『いい感じ』でいられるようなコミュニティづくりができたらなと思います」

元気な人の「いい感じ」は、バリバリと仕事をしたり、プライベートの楽しみに邁進したりすることかもしれません。一方で病気の人の「いい感じ」は、痛みが和らいだり、今日のご飯を美味しく食べられたりすることかもしれません。

どちらの「いい感じ」も尊重し、お互いを思い遣りつつ共に暮らす――糟谷さんがシンクハピネスの事業で志す、医療と地域が手を取り合うコミュニティづくりは、これからの地域の「いい感じ」を模索するうえで、注目すべきモデルになりそうです。

●取材協力
糟谷明範さん
株式会社シンクハピネス 代表取締役 理学療法士 一般社団法人CancerX 共同代表理事
2006年に理学療法士免許取得。総合病院、訪問看護ステーション勤務を経て、2014年に株式会社シンクハピネスを創業。現在は、訪問看護、居宅介護支援、カフェ&コミュニティ事業を軸に東京都府中市をベースに活動している。

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