【東京建築祭レポート】レトロな名作が最先端デザインで生まれ変わったリノベーション建築が面白い! 6万5千人が参加した大盛況を実行委員長・倉方俊輔さんの想いとともに振り返る
去る2024年5月、東京で初となる大規模な建築公開イベント、「東京建築祭」が開催されました。東京を代表する有名建築や知る人ぞ知るレトロなビル、小さな商店建築など18の建築が無料で特別公開されたほか、有料のガイドツアーも好評を博し、初回にして延べ6万5千人超が参加する大注目のイベントとなりました。
本記事では、事前のインタビューで実行委員長の建築史家・倉方俊輔さんから東京建築祭の見どころを聞いていた筆者が、その言葉を頼りに建築祭を巡った様子をレポートします。別記事では、残念ながら筆者は外れてしまったガイドツアーの様子も含めたレポートも公開されていますので、ぜひ併せてご覧ください!
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エネルギッシュなリノベーション建築がアツい
1932年竣工の堀ビル。通常非公開の1階部分が公開され、人気を集めた(筆者撮影)
堀ビル階段室に下げられた照明。細かな細工が施されたレトロな装飾や家具、調度品を目的に参加する人も多数見られた(筆者撮影)
堀ビル内部で思い思いに過ごす参加者たち。建設当時そのままの箇所、新しく手を加えられた箇所が混在している(筆者撮影)
「人もお金も集積する東京には、その分さまざまなアイディアも集まる」と倉方さんは言います。特に古い建築を現代のニーズに合わせて使い続けていくためには、時に既存の建築を大胆に改変する工夫が必要になることも。こうした古いものの価値を残しながら新しい価値を付加するリノベーション建築が、今回の建築祭でも複数取り上げられていました。
その中で特に注目したいのが、建物が完成した後に建築基準法が改定されたことにより最新の基準法に適合しなくなった“既存不適格”と呼ばれる建築物をリノベーションして適法化させた「岡田ビル」です。
岡田ビル外観。剥き出しになったコンクリートの荒々しさと洗練されたカフェのデザインが対比され、新鮮な風景を生み出している(筆者撮影)
このビルを取得したオーナーは、建物を活用するにあたって建築家にリノベーションの設計を依頼しました。依頼先はその名も再生建築研究所。代表の神本氏は既存ビル高層階の床を部分的に解体し、建物の重量を低減して耐震強度を向上させるとともに、空いた空間を外階段として活用することで適法化させ、また外部の共有スペースとしても活用することで建物全体の魅力も向上させるようデザインしました。
外階段部分、解体された壁の端部がそのまま残され、デザインのアクセントとなっている(筆者撮影)
1階カフェのオープンテラス。隣接するビルの共用部分と一体化し、自主的な公共空間が生み出されている(筆者撮影)
カフェ2階の吹き抜け。コンクリートの梁が存在感を放っている(筆者撮影)
改修後の建物の1・2階にはカフェが入居し、都心の路地裏に憩いの空間を生み出しています。解体部分をあえてそのまま露出させたデザインはさまざまな外観のビルが建ち並ぶ東京においても見慣れないもの。多くの参加者が、外階段を上り下りしながら細部まで観察していました。
もう一つ、注目のリノベーション建築が「安井建築設計事務所 東京事務所」です。創業100周年を迎えた歴史ある設計事務所、安井建築設計事務所はオフィス移転の際に築約60年のオフィスビルをリノベーションしました。
知らないと素通りしてしまいそうな一見よくあるオフィスビル。建築祭当日は関西支社からも社員が駆けつけ、案内をしていた(筆者撮影)
2階の床を解体した吹き抜けの階段。明るく開放的な空間に生まれ変わった(筆者撮影)
ここで行ったのが、社内の設計スタッフからデザイン案を募る社内コンペ。いくつかのチームに分かれて案を出し合った中で選ばれたアイディアを元に、リノベーションを進めていきました。そのコンセプトとなったのが、「まちとつながりながら、私たちも自らやりたいことを実現する」1階、「自ら働き方を組み立てる」2・3階という、新しい働き方のイメージでした。天井が高く開放的な1階、仕切りを自由に開閉できるブースや小ぶりな会議室が並ぶスペースなど多用途に対応できる2階が今回の公開部分。それぞれに事務所がこれまで手掛けた代表的な建築物のパネルが陳列され、オフィスの来訪者に事務所の設計思想をプレゼンテーションする発信拠点としても機能していました。期間中は社員によるミニレクチャーなども行われ、多くの方に安井建築設計事務所のことを周知する機会として積極的に活用。リノベーション時のコンセプトが体現されている様子が伺えました。
2階、カーテンで空間を仕切る会議スペース。リノベーションのプロセスを紹介するパネルなどが展示されていた(筆者撮影)
2階、ガラス壁で区切られた会議スペース。会議室のサイズに応じて廊下幅が変わり、街路のような空間になっている(筆者撮影)
東京のリノベーション建築を代表する東京駅。1914年竣工の3階建ての駅舎は、空襲で屋根部分を損傷し応急的に2階建ての状態で使用され、2012年に当初の姿に復原された。今回、2階回廊が公開された(筆者撮影)
かたちだけじゃない。背景を知る面白さ
倉方さんが強調していた建築の面白さ、それは「建物のデザインや空間の面白さだけでなくそれを支えている人びとの魅力に触れること」だと言います。
面白い建築の背景には斬新なアイディアを求めた発注者がいて、それに応えた建築家がいて、普通とは違う建築を工夫しながら使っている所有者がいて、と、人の面白さが建築の醍醐味なのだと。特定の時代の建物や著名建築家が設計したものなどといった括りに囚われず、多様な建築物が取り上げられたのは、人の面白さにフォーカスしたからでしょう。
その言葉を体現するように、東京建築祭は発注者、建築家、所有者、それぞれの立場で建築に携わる方々が登壇するトークイベントで幕が開かれました。
JINSホールディングスのCEOでありながら、前橋のまちづくりに携わり数々の建築家とタッグを組んで前橋に新しい拠点をつくり続けている田中仁氏。その前橋で古い旅館を再生した白井屋ホテルを設計し、現在大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーも務める建築家の藤本壮介氏。東京建築祭の参加建築の一つ、三越日本橋本店の三越劇場副支配人・齊木由多加氏。実行委員長の倉方氏。それぞれの視点で見た建築の魅力や、建築を通してどんな未来をつくっていくことができるのか、可能性あふれるビジョンが力強く語られる会となりました。
三越劇場で行われたキックオフイベント。万博の会場デザインを説明する藤本氏(筆者撮影)
背景の面白さ、という点で注目したいのが、およそ100年前に建てられた3階建ての町家をリノベーションした井筒屋。関東大震災以前から建つ古民家が、戦災、またその後の高度成長期やバブル期のスクラップアンドビルドの波からも免れてそのまま残っているというだけでも驚きです。
1日限りの公開ということもあり、人気が殺到した井筒屋(筆者撮影)
甘味処として使われていた井筒屋、建設当初はななめ向かいに建っていた劇場「新富座」御用達のお店でもあったそう。
お店が廃業した後は家主も離れ、外壁に落書きされるなど荒廃していましたが、現在建物を管理している株式会社the design laboの代表、板坂諭氏が蘇生を決意。建物が愛され活気あふれていた大正時代の建具や照明などを集め、往時を思い起こさせる姿に再生しました。
現在はthe design laboのオフィスとして使われているほか、ギャラリースペースとしても貸し出しており、空間に合わせた展示が行われています。
2024年5月31日(金)~7月5日(金)開催のポール・ケアホルムとオリエンタルラグ展。3階の屋根裏スペース(筆者撮影)
1階奥、炊事場だった場所はバーに生まれ変わった。石のカウンターを用いるなど、大正時代にもあり得た改修が意識されている(筆者撮影)
今でも引き出しのすべりがよくそのまま使用されている桐箪笥(筆者撮影)
この建物をどのように活用していくかを検討するにあたり、板坂氏はこうした寂れた古民家もきちんと手を入れれば魅力的な場所に生まれ変わらせることができるのだと多くの人に知ってほしいと考えたそう。一企業で独占的に使用するのではなく、街に開くことを考えた結果、現在のような使い方をしていくことを決めたのだとか。
建築祭当日は見学希望者が殺到し、入場開始時刻よりも前倒しで受付を締切るほどの人気となりましたが、ギャラリーの会期中は事前予約制で見学可能ですのでぜひ訪れてみてください。
建築祭の後日訪れた際の様子。ほかの見学者もおらず、スタッフさんに1対1で展示を案内していただいた(筆者撮影)
建物の背景を知るにはその建物の建設や運用に携わった方や、研究者など建物の歴史に詳しい方から直接お話を聞くのが一番です。
東京建築祭では数多くの識者が務める有料ガイドツアーが設けられ、高倍率の人気企画となりました。
会期終了後も、通年で会員限定プログラムを展開している建築祭オフィシャルクラブでは引き続きガイドツアーが開催されているほか、特に公共の建築物などでは独自で見学会を開催している場合もありますので、そうしたツアーに参加するのもおすすめです。
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こちらも入場制限が掛かった江戸屋。大正期に刷毛(はけ)屋として建てられ、なんと現在でも刷毛屋としてそのまま使用されている。通常時も一般客として訪問が可能(筆者撮影)
継続してこそ意味がある。東京建築祭の今後
開催前から、「実行委員長の使命は、次年度以降も継続的に開催できるシステムを構想し、実現させること」と宣言されていた倉方さん。
「東京建築祭は数日間だけ街の景色を変える祭りです。日常の中に新たな楽しみを見出すことで、建築や都市により意識が向けられていくでしょう。しかし、建物に無限の人間が入ることは物理的に不可能です。今回、スケジュールが合わなかったり、抽選に漏れたりして悔しいという思いが、来年こそはという期待に変わる。それを受け止められるような持続的な開催の仕組みを提供することが、われわれの務めです」
その言葉通り、会期中は参加建築の前に入場待ちの列ができ、またカメラを構えてさまざまな角度から外観を撮影する人たちが集まり、東京の街を一変させるイベントとなりました。
築地本願寺。写真右手の人だかりは特別公開された貴賓室への入場待ち列(筆者撮影)
「社会的に良いことを持続させるためには、経済的にもサステナブルでないといけない」と話されていましたが、クラウドファンディングによる支援、企業協賛、有料のガイドツアー、アーツカウンシル東京の助成によって、初年度から運営を成立させることができたそう。デザイン性に優れたパンフレット数万枚を無料で配布し、イベントのメインである特別公開は無料で行われたにもかかわらずです。
東京建築祭は、親しみやすい入口を備えた、理念あるイベントとして計画されたからこそ、幅広い支援を集めることに成功し、多くの人びとの心を捉えたのではないでしょうか。
今後、さらに魅力的な建築の活用が一般化していくかもしれません。また建築に関心をもつ人が増えていくことで新しく建てられる建築がより工夫が凝らされたものになっていくかもしれません。まだ見ぬ建築の楽しみ方が新しく生まれ、育っていくかもしれません。
そのような可能性を開いてくれた東京建築祭、来年はどのようなプログラムが用意されるのか、今から楽しみですね。
丸石ビルディングエントランスのライオン像。熱心に撮影する参加者たち(筆者撮影)
●参考記事
建築祭オフィシャルクラブ
建築祭ニュース(登録制のニュースレター)
●取材協力
東京建築祭実行委員会
株式会社the design labo
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