「東京建築祭」レポート。名建築の意外な裏側など12件の詳細や参加者の声まで、特別公開プログラムを追体験! 来年の予習にも
2024年5月26日に終了した「東京建築祭」では2通りの楽しみ方がある。ひとつは、限定イベントに参加して深く楽しむ方法だが、申し込むタイミングが合わなかったり抽選に外れてしまったりで、必ずしも参加できるとは限らない。そこで、予約なしで誰もがその日に見学できる、18の「特別公開」プログラムをどう楽しめるかレポートしたい。
「東京建築祭」の特別公開で好きな建築を選んで見て回ろう
公開日時であれば、予約なしに無料で見学できるのが「特別公開」プログラムだ。今回は、「日本橋・京橋」「大手町・丸の内・有楽町」「銀座・築地」「神田周辺」のおおむね4つのエリアに点在する18の建築が対象だ。
まず、ライブ配信「東京建築祭の歩き方」が公開された。YouTubeで見逃し配信もされていたので、最初にこれを見ておけば、各建築の見どころを東京建築祭実行委員長で建築史家である倉方俊輔さんの解説で理解できる。そのうえで、見学するコースを決めたり、見どころをメモして出向いたりすればよいのだ。
出典:東京建築祭公式サイトより
さらに、「東京建築祭オーディオガイド」も用意されている。公式サイトの特別公開のそれぞれの概要説明の下部に「オーディオガイド」の情報が掲載されている。すべてではないが、おおむね「外観」と「内観」について1分程度の倉方さんの解説が聞ける。これを事前に聞いてもよいし、アプリ「まいまいポケット」をスマホにダウンロードしておき、その場でオーディオガイドを聞くこともできる。アプリには地図もあるので便利だ。
建築の専門知識があまりない場合、「見学に行ったけど、どこを見たらよいのかよくわからなかった」ということもありがちだが、こうした解説を利用すると楽しめるだろう。
そして、最後にSNSに投稿するという楽しみ方もある。自身の感想を書いたり、ほかの人はどこを見学してどこに着目したかを探してもよい。知らない人たちだが、建築祭という枠で何となくつながっているというのもよいものだ。
出典:筆者のFacebookより
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平日に先行公開の建築を3つ見学、ちらほら見かけた建築祭の見学者
さて、特別公開のメインは5月25日(土)26日(日)の週末だが、先行して5月21日(三越劇場)や5月23日~25日(国際ビルヂング・新東京ビルヂング・明治生命館)に公開したものもあった。筆者は5月23日に大手町で仕事があったので、立ち寄ることにした。
平日の午後ということもあって、ビルを利用する人の出入りが多く、東京建築祭の見学者が押し寄せるという状況ではなかった。が、筆者が滞在している間に何組かが熱心に撮影したり、建築資料の解説ボードを熱心に見たりしていた。これは東京建築祭の見学者に違いないと、何人かに声をかけた。
国際ビルヂングのエレベーターホール(筆者撮影)
新東京ビルヂングのエントランスホール(筆者撮影)
明治生命館(丸の内 MY PLAZA)外観(筆者撮影)
国際ビルヂングで話を聞いた人は、建築好きなので東京建築祭にとても興味があるが、週末や三越劇場の21日には予定があって来られないので、23日に3つのビルを見学しようと思ってやってきたという。来年実施されたら、もっと多くを見学したいとも。
また、新東京ビルヂングで話を聞いた建築関係の仕事をしている男性は、夫婦で開催期間中に9つを回る予定だという。9つを選んだ基準は、まだ見ていないもの、通常非公開部分が見られるもの、そして今後見られない可能性のあるものだそうだ。たしかに、国際ビルヂングは帝劇と一体的に建て替えることになっているし、有楽町周辺のビルで建て替え予定のものも多い。今のうちに見ておくべきだろう。
本番当日、レンタサイクルでホンキモードの見学
5月25日は別の記事にまとめたガイドツアーの取材もあったので、カメラマンに同行してもらい、終日見て回れるだけ見学することにした。移動しやすいのはレンタサイクルだと思い、自転車に乗るのは20年ぶりと渋るカメラマンの内海さんにも自転車を借りてもらった。
特別公開の最初の見学先は「堀ビル」と決めていた。新橋で気になる外観のビルであったことに加え、古い住宅を見に行くと、錠前や建具の金物に堀商店の金物がよく使われているので、堀商店のビルということへの関心もあった。行ってみると入場待ちの列ができていたが、あまり待たずに入場できた。
スクラッチタイルと窓がつくる水平線が特徴の堀ビルの外観(撮影/内海明啓)
堀ビル(goodoffice新橋)は、竹中工務店が堀ビルのオーナーからマスターリース契約で長期間借りて、シェアオフィスとして改修し、それをグッドルームが運用している。スタッフの方に声をかけると、建築祭のスタッフだけでなく、竹中工務店のCOT-Lab(共創拠点)やグッドルームの人たちもスタッフとして参加しているという。受け入れる側のホンキ度もかなりのものだ。
シェアオフィスの1階部分が今回の特別公開エリア。青銅製の両開きドアは堀商店ならでは(撮影/内海明啓)
さらに、事前の抽選による予約が不要なサプライズツアー(先着順の予約が必要)を4回実施するという。オープン前にすでに140人ほどが並んでいたということで、1時間ほどでサプライズツアーの予約が埋まってしまったのだそうだ。そこで、サプライズツアーを取材させてもらうことにした。
サプライズツアーのガイドはCOT-Lab新橋代表の杉本照彦さん(撮影/内海明啓)
堀ビルが完成した後に、道路の下を地下鉄銀座線が通ったこともあって、地盤沈下の跡が見られるといった話に始まり、屋上から地下1階まで各階を案内してもらった。特に4階は堀家が住まいとして使っていたこともあり、和室の趣きが残る部屋や寝室の暖炉が残る部屋など個性的な部屋が多かった。また、2階の共用廊下では、もともとオフィスのドアの前に設置されていた金物格子扉を取り外して、天井の照明として使っている。
堀ビル2階の金物格子扉を活用した天井照明(撮影/内海明啓)
エレベーターがないので、戦後GHQに接収されなかったという点も、建物の保存にプラスに働いた。竹中工務店が、使ってきた建物の歴史を残すように、外観をそのまま維持できるように、さまざまに工夫して改修したことが伝わる解説だった。
さて、サプライズツアーに参加した後は、再び自転車で新橋から銀座を抜け、日本橋方面へ。次に寄った「旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)」も、その次の「日証館」も、いずれも入場の行列ができていた。ただ日証館では、エントランスホールの混雑具合と行列の長さを見て、東京建築祭スタッフが柔軟に入場人数を調整したようで、長い割には列が動いて、それほど待つことはなかった。
解体を免れて改修された旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)(撮影/内海明啓)
品格のある外観の日証館(撮影/内海明啓)
日証館ではQRコードでオーディオガイドにアクセスできるようになっていた(撮影/内海明啓)
次は、川を越えて「三井本館」へ。ここはかなり長い行列ができていた。
アメリカン・ボザール・スタイルの三井本館(撮影/内海明啓)
三井本館は、東西と南の三方が道路に面しているが、今回は西側の日銀通りに面した合名玄関が特別公開された。筆者が行ったときには、西側から南側までびっしりと列ができ、東側に折れるところまで続く長さだった。建築祭スタッフに聞いたところ、午後になるほど列が長くなったという。
三井本館の次はさらに北上して、「丸石ビルディング」へ。行列がわずかだったのは、内部の撮影が禁止だったため、入退場の回転が速いからだろう。天井のレリーフや照明、床のタイルなど、撮影できないのが残念なくらいに美しかった。それでも、ロマネスク様式の外観を多くの見学者が近くから遠くから、何枚も撮影していた。
この外観の魅力は、異なる素材でさまざまな表情を見せたり、入り口の両脇にねじり柱やライオン像があったりして、親しみやすさを感じさせることだ。と、偉そうに書いてみたが、「まいまいポケット」アプリの倉方さんのオーディオガイドの受け売りだ。解説が具体的でわかりやすいのも、活用を勧めたい点だ。
ロマネスク様式の丸石ビルディング(撮影/内海明啓)
スマホのアプリでオーディオガイドを聞く筆者(撮影:内海明啓
さて、本日の最後は「江戸屋」に決めて移動した。老舗の店舗だけに、入場できるキャパは少ない。行ってみると行列はできていたが、10人程度を入れ替える形で混乱なく見学していた。建築祭のスタッフが、次の入場グループを店舗前に誘導し、注意事項を説明して待機させたり、それ以外の人たちを別の場所に並ばせるなど、適切な誘導とルールを守る見学者の様子に感心した。
看板建築の好事例。軒先から突き出た6本のラインは刷毛を表現しているという(撮影/内海明啓)
江戸屋の見学者に今日はどこを見学してきたか聞いてみた。年配の女性二人組は、「カトリック築地教会」でハルモニウムの演奏を聴くのが楽しみだったので、最初に演奏時間に合わせてカトリック築地教会に行き、近くの「築地本願寺」「井筒屋」「三井本館」「江戸屋」と回ったという。残念ながら、井筒屋は入場制限で入れず、三井本館は行列が長すぎて断念したが、ハルモニウムの演奏が聴けたので良かったという。
このように、特別公開は自由に見学できるが、行列が長いこともあれば入場制限がかかることもある。井筒屋はキャパオーバーになって入場制限がされて、そのことをX(旧ツイッター)で知らせていたが、気づかずに行った人も多いようだった。
まだまだ見学、リノベーションビル3連チャン
5月26日も神田周辺のビルを3つ見学した。事前にXをチェックして、それほど混雑していないことを確認して出かけた。共通するのは、いずれも既存のビルをリノベーションして活用していること。まず行ったのが「神田ポートビル」だ。
神田ポートビル外観(筆者撮影)
印刷会社の旧社屋をリノベーションして、地下は「サウナラボ神田」、1階は写真とデザインの「ゆかい」、2・3階は「ほぼ日の學校」、4~6階が印刷会社という文化複合ビルに生まれ変わった。
地下1階のサウナラボのフロア(筆者撮影)
サウナラボで枯葉の束を見ていたら、サウナで使うヴィヒタだと教えてくれた、サウナ好きの大学生に出会った。建築学部ではなく政治経済学部だが、都市経済学を勉強しているので、都市の発展や構造という観点で東京建築祭に興味を持ったという。そして、特別公開の神田ポートビルに来てみたら、かつて利用したサウナがあるビルだと知ったという。目的があるとそこにしか目が行かないが、改めて建築という視点で見ると違うものが見えてくるだろう。
また、事前に前日の状況をXで調べて、三井本館は朝イチで行くのがよさそうで、築地本願寺はランチタイムが空いていそうだと、予定を立てて回っているという人もいた。SNSは、情報収集に有効に使えるという面もあるので、上手に活用したい。
次に行ったのが「岡田ビル」。現在の法規制に合わなくなった古いビルを、大胆に「減築」することで生まれ変わったビルだ。1・2階は日本初出店のthink coffee、3~6階はオフィスだが、減築により光と風が通るようになり、快適な空間になっている。
左:岡田ビル外観 右:吹き抜けになった減築部分(筆者撮影)
減築という珍しい手法ということもあってか、屋上で出会った3人組は大学院の修士課程で建築を学んでいる院生だった。法規制をどのようにクリアしたか、既存の躯体をどのように使っているかなどに興味を持って、見学に来たという。
そして筆者が建築祭の最後に訪れたのは、「安井建築設計事務所 東京事務所」だ。築約60年のオフィスビルをリノベーションし、その中に東京事務所を移転。「美土代クリエイティブ特区」と名づけた、まちにひらき人とつながる空間をデザインした、ユニークなオフィスだ。
(筆者撮影)
ここで16時から20分程度の設計者による特別プレゼンテーションがあるというので参加したが、立ち見も多くてざっと200人を超えるほどの人が集まっていたと思う。熱心にメモをしたりプレゼンの画面を写メしたりする人もいたので、建築に関心の高い人が集まったようだ。
そういえば、25日(土)に見て回った際には、6~7割が女性、しかも若い人から年配の人まで幅広いというのが筆者の印象だった。建築好きの女性がここまで多いのかと、驚いたものだ。ところが、26日(日)に見た神田周辺の3つのリノベーションビルに限れば、明らかに若い人が多い。リノベーションによる活用という点で、建築知識のある人や学んでいる人がより興味を持つテーマなのだろう。
このように、建築の知識がそれほどない人でも、専門性のある人でも、それぞれで楽しめるというのが建築祭の魅力なのだと思う。今回改めて分かったことは、建築にはとてつもなくパワーがあるということだ。
クロージングイベントもあると聞いて、のぞいてみた。キックオフで倉方さんは、やってみないとどれだけ人が集まるかわからないので、「不安半分・期待半分」と言っていたのが、クロージングでは「都心の風景を変えるほどの人が集まった」と表現した。つまり、東京初の建築祭として大成功だったようだ。来年以降も継続すると宣言してもらったのが、なによりうれしい。
クロージングイベントの様子(筆者撮影)
さて、建築祭が終わってしまったのに、いまさら楽しみ方の記事を読んでも……と思う人もいるかもしれない。でも、東京の都心には、まだまだ魅力的な建築が数多くある。三井本館で行列に並んだ人は、隣の三越日本橋本店の美しさに気づくだろうし、公開された玄関の向かいの日本銀行も名建築で知られている。日本銀行本店では解説付きで見学ができるし、三越劇場も劇場主催で有料のガイドツアーをたまに開催している。
また、ガイドツアーに漏れてもその外観を見学することはできるし、東京建築祭で得られた情報は、自身で見て回る際にも役立つだろう。秋には大阪や京都、神戸でも建築祭が開催される。こうして建築見学に慣れていくうちに、来年の東京建築祭がやってきて、さらに楽しめるようになる。そのように考えて記事を見ていただけるとうれしい限りだ。
●関連サイト
東京建築祭公式サイト
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