孤独を癒す地域の食堂、ご近所さんや新顔さんと食卓を囲んでゆるやかにつながり生む 「タノバ食堂」東京都世田谷区

望まない孤独をなくすには?タノバ食堂の試みと講演会、食事会に参加してきた

5月は「孤独・孤立対策強化月間」。「孤独ですか?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。現在、働いていても、家族がいても、友人がいても、内心、孤独を感じている人、将来、孤立するのではという怖れを抱いている人は多いことでしょう。今回はそんな「孤独の解消」を目的に掲げて活動する「タノバ食堂」の講演会と食事会に参加してきました。

地域ですれちがったときに会釈できる。ゆるやかなつながりが孤独を救う

TanoBa(タノバ)合同会社は、「望まない孤独をなくす」を目的に、2023年3月にヤフー・ジャパンの卒業生3名が共同出資してできました。事業の1つ「コミュニティ事業」として毎月、実施しているのが、食事をともにすることでゆるくつながりをつくる「タノバ食堂」です。タノバ食堂が実施されるのは、東京都世田谷区にある野沢龍雲寺の別館・龍雲寺会館。完全予約制で、2023年10月より毎月最終土曜日に行われており、通算5回、約100人の参加があったといいます。料金は参加者が思い思いの金額を支払う自由価格制をとっています。

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

2024年3月30日、TanoBa合同会社の設立を記念して、「望まない孤独を解消するための処方箋~自己責任社会からの脱却~」というイベントが開催されました。
トークイベントに先立ち、まず、TanoBa代表社員である宮本義隆(みやもと・よしたか)さんが、日本の社会の変化や孤独の背景にあるもの、タノバの設立と活動について紹介。誰もが起こり得る身近な問題「孤独」の解決の処方せんになり得ると話すのが「道端ですれ違ったときに会釈できる程度のゆるいつながり」だといいます。そこをつなぐのが、タノバ食堂の役割です。

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

確かにごはんをいっしょに食べると、「知らない人」から「見たことがある人」「話したことがある人」になります。そうしたゆるいつながりこそが、孤独を癒やし、生きやすい社会をつくってくれる、とのこと。また、この「タノバ食堂」で得た経験値を全国に広げて還元していきたいと話してくれました。

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

孤独問題の第一人者と名物編集者の対談は、笑いあり、学びあり、気づきあり

続いて開催されたのが、トークセッションです。登壇者は、24時間365日、無料かつ匿名で相談を受け付けているNPO法人「あなたのいばしょ」の理事長・大空幸星(おおぞら・こうき)さんと新潮社の名物編集者でもあり、出版部部長(現執行役員)中瀬ゆかり(なかせ・ゆかり)さんという異色かつ豪華な2人。会場となった龍雲寺の本堂に老若男女約70名が集まりました。

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

2020年に相談開始してから、多い時で1日に3000件、累計100万件近く、多くの人の相談に乗ってきた大空さんが、なぜ孤独が問題なのか、その背景にある風潮や思想を紹介します。

「日本では『孤独を愛せ』などというように、孤独が肯定的な文脈で使われることがあります。もちろん望んで孤独になっているという人もいますが、望んでいないのに孤独に陥っている人もいます。問題なのは、この望まない孤独・社会的な孤立です。また、孤独で苦しい、助けて、と言い出せない背景には、新自由主義的な考え方、どこか懲罰的な自己責任論、自業自得的な考え方があるように思います。非正規雇用が増え続けたこの30年間、コロナ禍を経て、ますます人々が置き去りにされ、追い詰められているのではないでしょうか(大空さん)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

続けて、メディアにもたびたび登場する中瀬ゆかりさんが、文学と孤独、人との関係について話します。

「文学と孤独は切っても切れない関係です。陽気で“ウェーイ!”という人に向けての本はあまりなくて(笑)、なにか人によりそう、生きにくさや孤独を抱えた人によりそうのが本であり、文学なんですね。「人生論ノート」などで知られる哲学者・三木清は『孤独は山にない、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。』といいましたが、つながっているように見えても誰にでも孤独は訪れます。自己責任論で片付けるにはあまりにも創造力がないし、短絡的だなと思います」(中瀬さん)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

そのうえで二人は、孤独の解消に必要なのは、ゆるいつながり、おせっかい、聞く力だといいます。

大空さん「孤独は普遍的な問題で、みなが経験するもの。対処法はひとつではないですし、それぞれの立場でできることをすればいいと思います。ただ、やっぱり、おせっかいも大事なんですね。『どうした?困っている?』という地域の人の声がけられるのは、大きいですよね。また、できることでいうと、私達はとにかく相手の話を聞くこと。肯定すること。ほめてあげることを徹底しています。予防という意味では、やはりゆるいつながりをたくさんもっているのがいいですよね。
また、『僕は本気の他人事』という提唱をしていて。とにかく、人を助けたいという人はがんばりすぎて、自分を犠牲にしてしまうことが多いんです。すると自分の人生を大事にできなくなってしまう。自分を大事にして、余白ができたら手を貸す。その姿勢でよいと思います」

中瀬さん「私自身、パートナーの喪失、愛猫の介護などが押し寄せ、地獄のような日々を送っていました。特にパートナーを失ってからの2年間は、毎日、誰かとご飯を食べる約束をしていたんです。誰かと食事をするとその日、1日は生きていくことができる。こうして2年くらい過ごしたら、生きている人同士だけでなく、死者ともつながりをもてるんだなということに気がついて。遺骨をネックレスにしていたんですが、パートナーの好きだった競馬場にこのネックレスを身に着けていき、競馬を見ていたらつながっているなあと実感しました。
あと、下ネタは話題や人にもよりますが、最強なのではないかと(笑)。すごいラクなんですよ、聞いているほうも話しているほうも。笑った分は救われるではないですが、しょーもない話をしていることで、気持ちがラクになる。難しく追い詰めずに笑うのが力になると思います」

時折、笑いも交えたトーク内容に、多くの人がうなずき、そしてメモをとっていました。

住職からみた「寺」とまち、孤独、つながり。普遍的な宗教の役割とは

トークイベントの最後は、タノバ食堂の場所を提供し、サポートしている野沢龍雲寺 の住職・細川晋輔さんの話です。

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂の取り組みというのは、寺院や私たち僧侶にとっても、とても大事な問題だと捉えています。孤独で、苦しみのただ中にいると『死』という選択が光・希望に見えるというお話がありました。そうでなくて、タノバ食堂が提供するようなつながり、孤独でないという思いが『光』になれたらいいなと思います。つらく悲しい選択をしなくてよいように、私たちができることからコツコツと笑顔になっていければと思います」とやさしく語りかけます。

実は、このタノバ食堂、創業者の多田大介さんが野沢龍雲寺のご近所に住んでいたこと、多田さんのいとこが細川住職と知り合いだったことから、「場所を提供する」という話がまとまったといいます。トークイベント終了後、その経緯と手応えを細川住職に聞いてみました。

「タノバ食堂のお話を聞いたときに、まず1回やってみようという話になりました。場所は無料でお貸し出ししていますが、お願いしたことはただ一つ、場所を来たとき以上にキレイにしてください、ということだけです。
本日、参加者が通算100人を超えるということでしたが、まず何千人という数の話ではなく、ムリのない範囲で背負わない程度にやっていけたらいいですよね。これを10カ所でやったら1000人になりますし、100カ所でやったら1万人になりますよ。そうしてゆっくりと、孤立の解消につながればいいですね」といい、できるペースで続けていくことが大切だと話します。

そして、寺院を広く開放するようになった背景をこう話してくれました。

「私が京都の修行を終え、お寺に戻ってきた時のことです。雪の日に子どもたちが雪だるまをつくっていたんですが、声をかけようとしたら子どもは怒られると思ったようで、話ができなくて。お寺には入っていけないと言われているし、声がけをしたら怪しまれる。時勢柄、今の社会はよいようで、やはりこれではよくない。そこで境内にベンチを置いて、花見とライトアップ、盆踊り、ヨガや座禅会なども行っています。昔のお寺にあった地域に開かれた場所というのを今、意識的に行っているんです。みなさんもカフェを訪れる感覚で、お寺を訪れてもらえたらうれしいです。東京にもたくさん寺院はありますので」(細川住職)

寺院、お寺、宗教というと、閉ざされた神聖な場所をイメージしますが、もともとは行政や病院、学校、裁判のような多数の人に開かれた場所でもありました。細川住職が理想として思い描くのは、やはり開かれて、ゆるくつながる場所としての「寺院」の存在です。

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂さんが目指すように、やはりご近所さんとは会ったら挨拶できる関係がよいかなと思います。散歩している人には結構、喋りかけることも多いですね。もちろん返してくれない人、嫌がる人もいますけど(笑)。この根底にあるのは、『まわりに迷惑をかけていけない』という考え方なんでしょう。でも、いいんです、迷惑をかけて。生きるっていうことは迷惑をかけることなんです。迷惑をかけてもいいと思えば、みなさん少しラクになるのではないでしょうか」と、細川住職。

私たちの多くは、小さなころから何度も「まわりに迷惑をかけるな」といわれて育ちます。だからこそ、迷惑をかけずにひっそりと暮らさなくてはいけない、苦しくても助けてといえない、「静かな圧力」になっている側面もあるのでしょう。ご住職の「そもそも人は迷惑をかけるもの」という捉え方に、肩の力が抜ける思いがします。

老若男女が食事を楽しむ。会話が苦手な参加者も自然になじむ

トークイベント終了後、場所を「龍雲寺会館」に移し、「タノバ食堂」が17時30分から開店しました。今回は常連さんから初参加者に加え、大空さんと中瀬さんを含め、老若男女で食卓を囲みます。メニューはちらし寿司など春を感じさせるもので、今回はアルコールはなしですが、アルコールが飲めることもあります。

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

「いただきます!」の挨拶をしたら、参加者は思い思いの会話をし、盛り上がっていました。参加していたのは40人ほどで、年齢性別、属性も異なり、講演会に参加していた人からさらにバラエティー豊かな顔ぶれに。その様子はまるで古くからの友人のよう。初対面の人に話しかけたり、名前と顔を覚えたりするのが苦手な筆者からすると、「みなさん、コミュニケーション能力高すぎでは?」と思っていました。ただ、食事会にも参加した大空さんによると、そうでもないようです。

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

「僕と同じテーブルになった方は、実はコミュニケーションが苦手で今日、ここに来るかどうかもすごい迷ったらしいんです。ただ、ここは食べるのがメインだから、あんまり重く受け止めなくていいと言っていました」と大空さん。会話が苦手な人はおかずを取り分けたり、会話の聞き役にまわったりとなじんでいるよう。みなさん会話が得意な人というわけではなく、あくまでも「食事メインだから」というのがよいようです。

途中、今回が2回目の参加という30代女性に話を聞きました。
「前回が楽しかったので、2回目の参加です。1カ月に一度というペースもちょうどよいですし、孤独というテーマにも興味があって。手づくりの食事を食べて盛り上がるだけなので、がんばらずに参加できるのがいいなと。リアルのつながりと、オンラインのつながり、どちらも大切。居場所があるといいなと思います」と感想を教えてくれました。

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

また、地元町内会で、毎回、「タノバ食堂」に参加しているという70代女性によると、この世田谷区野沢という地域は「まだつながりが残っている」とのこと。

「ご住職さんともつながりがあるし、近隣での声がけもまだ残っている地域です。ただ、この数年、コロナ禍で人と会えなくなり、だいぶ寂しかったですね。高齢だと人と会わず、話さなかったことで、気持ちも足腰も弱まり、元気を失ってしまった人もたくさんいるんです。タノバ食堂のように、地域の人、そして普段会わない人が集えるのはとてもいい。いつものメンバーだと会話もあきてしまうでしょ(笑)。新鮮な気持ちになるし、元気をもらえる。続けて参加して応援できたらと思います」といい、地域の協力・理解も得られているようです。

第二次世界大戦後から高度経済成長期、バブル経済崩壊などを経て、家族のあり方、ご近所付き合い、親戚づきあい、自治会や町内会、学校やPTA、会社の社員同士など、今まであったつながりも急速に衰えてしまいました。助けて、と言えない「孤独」「孤立」は、まさに誰もが陥るのだと思います。ただ、一方で、「ご近所と仲良くなりましょう」「助け合い」「絆」といわれてしまうと、「合わない人がいるかも」と気が引けてしまいます。「月1度、ご飯を食べるだけ」そんな気楽な会であれば、きっとつながれる人もいることでしょう。

仏教に由来する言葉のひとつに、「袖振り合うも多生の縁」という言葉があります。「多生」は仏教語で前世を意味し、袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、過去の縁によって起きるという考え方です。自分も大事にしながら、人や人との縁を大事にしていけたら。そう考えれば、未来は今より少しだけ生きやすいものに変えていけるのかもしれません。

●取材協力
タノバ食堂

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