事を荒立てずに受け流す…… “大人の振る舞い”が悪夢を招くホラー映画に世界が共感? 『胸騒ぎ』監督インタビュー[ホラー通信]
他人の振る舞いを不愉快に感じたとき、それを指摘してやめさせたり、きっぱりと拒絶してその場を去ったりできるだろうか。その振る舞いが明確に“失礼”だと判断できるものならまだしも、曖昧ならそれはさらに難しくなる。事を荒立てずにさらりと受け流すのが“大人の振る舞い”のようにも思える。
自分の感じた不愉快さを抑え込み、笑顔で受け流す。“デンマーク史上もっとも不穏な映画”を目指して作られた『胸騒ぎ』は、そんな日常のありふれた場面から発展するホラー映画だ。俳優としても活躍するクリスチャン・タフドルップ監督が、実体験からインスピレーションを得て、どこか可笑しくもダークな本作を完成させた。
画像:主人公のデンマーク人夫婦
主人公はデンマーク人の夫婦。娘を連れたイタリア旅行でオランダ人の一家と出会い、旅先で楽しい時間を過ごす。後日、彼らの家に招待されるが、夫のビャアンは乗り気で、妻のルイーセはあまり気が進まない。でも、“断るのも失礼だから”――そんな理由で、人里離れた地にある一家の家を訪れた彼らは、次第に小さな違和感を覚え始める。
レーティングはPG12におさまっているものの、胸が悪くなるほど強烈な後味を残してくれる一作。オンラインインタビューに応じてくれたタフドルップ監督は、映画の雰囲気からは想像もつかないほど明るくチャーミングな人物だ。屈託なく笑いながら、モデルになったオランダ人の夫婦や、ホラー映画の好み、そして本作が世界各国で意外なほど共感を呼んだことなどについて話してくれた。
クリスチャン・タフドルップ監督 インタビュー
――普通のホラー映画とは違った怖さがある作品で強烈でしたし、とてもスリリングでした。
タフドルップ監督:ホラー映画は初めて作ったのですが、そう言っていただけるとすごく嬉しいですね! 僕はホラー映画でお決まりの幽霊や魔女、エイリアンやジャンプスケア的なものを全然怖いと感じないんです。それよりも人と人との関係性の中に生まれるもののほうが怖いと感じる。なので、ホラー映画として人間関係に内在するものの怖さを描きたいと思っていました。そういう意味では“我々の生活の中にホラーは潜んでいる”と言えるのかもしれません。
――日本人ははっきりと“ノー”を言うのが苦手な傾向があるので、本作にすごく共感できると思ったんです。でも、わりと色んな国で共感してもらえたそうですね?
タフドルップ監督:わははは(笑)。そうなんですよ、実は脚本を書いている時は弟(共同脚本のマッズ・タフドルップ)と二人で「この話ってすごくスカンジナビアっぽいよね」と話していたんです。上辺をとりつくろったり、礼節を重んじたり、本能的に違和感を覚えても、それをすぐには声に出さないという国民性があるから。なので、作っている時はすごくローカルな作品だと思っていました。
だけど各国でプレミアや上映が始まったら、この感覚はグローバルなものなんだと気付かされたんです。例えばアメリカ、アジア、アフリカ、東欧などで反応を伺っていても「共感できません」と言われた国が今はまだない。イタリアやスペインのような熱い国民性の国になると、もう少し感じ方は変わるかもしれないけれど。
人間的な感覚として、国をまたいで多くの方が実は同じものを持っていた。この事実がこの映画に普遍性を与えてくれているし、多くの人に共通点があるということをシェアできる作品になっていて、すごく嬉しいことでもありますね。
――色んなところで聞かれてるとは思いますが、基になった実体験はどんなものだったのですか?
タフドルップ監督:モデルになったのは、彼女と第一子と三人でトスカーナに行ったときに出会ったオランダ人のカップルです。その場では仲良くなったんだけれど、数ヶ月後に「家に遊びに来ませんか?」と招待を受けたときに、お断りしたんです。アイデアが生まれたのはそのときでした。よく知らない夫婦に招かれて、よく知らないオランダの国に行き、週末を過ごしたらどうなるか。コメディになるポテンシャルもあるけれど、同時にホラーのポテンシャルがすごくある気がしました。
自分が抱いていたイメージと、その人の実像が違うというほころびが見えてきた時に、自分だったらどう反応できるのか、あるいはしないのか? スカンジナビアはノーと言わずに笑顔でごまかしてしまう人が多い。主人公カップルも、色々ほころびが見えているのに、それを全部無視していくことによって、どんどん暴力的な状況に身を置くことになってしまう。そういう物語になっています。
――モデルになったオランダ人カップルには、そんなに警戒心を抱くような要素があったのですか?
タフドルップ監督:正直ちょっと怖い感じがしたんですよ。男性の方はパトリックといって――名前もそのまま映画で使わせてもらっちゃったけど(笑)。すごくユーモアがあって魅力的なんだけど妙に話が大きくて、なんだか怖いところがあるんです。実際にお誘いを受けて、「滞在先で話すには楽しい人たちだけど、彼らと週末ずっと一緒に過ごすとなったら、どうだろう……?」と疑問が湧いた。
自分たちの趣味でもないテクノパーティーに誘われたり、そういうちょっとした違和感がいくつかあったんですね。映画での話はもちろん想像をふくらませたもので、すごく誇張しているけれど、彼らからかなりインスピレーションを得たことは間違いありません。あの出会いがなければこの映画は生まれていないでしょうしね。オランダの彼らがこの映画を観たかどうかは、まったく分かりません(笑)。
画像:劇中のオランダ人カップル
――劇中のオランダ人カップルの振る舞いが、露骨に恐ろしすぎず、こっちが気にしすぎているだけなのかも?と思わせる絶妙なラインですよね。あの振る舞いはどういうプロセスで作っていったのでしょうか。
タフドルップ監督:まさしくそのラインを常に意識しながら脚本を書いていきました。主人公カップルの状況に置かれたとき、やはり「これは脅威なのか、それとも単なる誤解なのか?」と悩みますよね。人間の傾向として、“自分の思い込み”だと考えがちなんじゃないかなと思っています。
初期段階の脚本では、彼らの振る舞いが明確に脅しのようになってしまっていた。そうした状況では逃げないほうがおかしいので、そのあたりのレベルを落とす作業をしていきました。例を挙げると、劇中に登場する“ベジタリアンだと伝えたはずなのに肉を勧められる”というエピソード。単に伝えたことを忘れてしまっているのか、あるいはあえて挑発しているのか分かりませんよね。
これは作っていて難しい部分でもありましたが、大事なことは、少しずつその脅威レベルを上げていくことなんです。誤解なのか、そうでないのかを主人公カップルに考えさせつつも、レベルを明らかに上げていくことによってサスペンスを作りたかった。観客にも同じ感覚を味わってもらいたいと思っています。2つの可能性を感じさせるような状況で、1時間10分もたせる。そして最後にはその答えが分かるのです。
――今回「デンマーク史上もっとも不穏な映画を作りたい」という想いがあったそうですが、そのアイデアはどこから?
タフドルップ監督:まずデンマークってホラー映画が全然作られないんですよ。何十年かの間に2~3本しか作られてないんじゃないでしょうか。日本やアメリカに比べてホラージャンルはあまり人気がないのかもしれませんし、資金集めが難しいという側面もあります。助成金をもらう上で、好まれるのはリアリティや社会性のあるドラマ。現実的なものが多いんです。
でも今回はダークな物語を掘り下げてみたいと思っていました。出資側からはエンディングについて色々と口を出されて、私もちょっと悩んでしまったのですが、弟とその度に顔を合わせて「この映画に関しては最初に二人で約束事を決めたよね」と。それが“デンマーク史上もっとも不穏な映画を作ること”です。なので、単なるアイデアにとどまらず、自分たちがそこからブレないように掲げた目標でもあったんです。
――さっきも少し触れていましたが、監督の好みに合うホラー映画はどんなものでしょうか?
タフドルップ監督:「そもそも僕はホラーが好きなんだろうか?」と思ってしまったこともあります。というのは、エンタメ性が高くてもキャラクターがフラットだったり、ストーリーがあまり良質でないホラー映画が多々あるから。
好きなのは70年代の映画が多いかな。ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』、『エクソシスト』や『赤い影』。現実的な世界が淡々と描かれていく中で、異質なことが少しずつ起きていって、水面下でそれが積み上がっていくというのが好きなんです。
クライマックスだけでなく、序盤からずっと緊張感が保たれているものが好きなので、今回もそういった構造の作品にしたかった。地に足のついたリアリズムがありながらすごく恐怖を感じる映画ですね。
――今回の映画はブラムハウスによるハリウッドリメイクがすでに決まっていますが、その提案を聞いてどう思ったのでしょうか?
タフドルップ監督:最初は冗談だと思いました(笑)。サンダンス映画祭のワールドプレミアが終わってすぐにリメイクの提案の電話がかかってきたんです。そのとき、「リメイク版を監督したいですか? 我々としてはお勧めしませんが」と言われて可笑しかったですね(笑)。そのままリメイクするのではなく、彼らなりに解釈したものを作りたいようだったので、もちろん僕は監督しないことにしました。
アメリカ映画なので、商業性など様々な理由で色んな部分に変更を加える必要があるでしょう。特に僕の映画のエンディングは物議を醸しましたしね。実際撮影現場に行ったり、相談に乗ったりということはしていましたが、クリエイティブな形で関わることはほとんどしていません。
もちろん、リメイク版を皆さんに気に入ってもらえたら嬉しいけど、「オリジナル版のほうがよかった」と思ってもらえたらもっと嬉しいです(笑)。
『胸騒ぎ』
5月10日 新宿シネマカリテほか全国公開
© 2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
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