7歳の目線で大人が学ぶ「熱中小学校」、運動会や部活動に再燃。移住、転職、脱サラ起業など人生の転機にも 北海道「とかち熱中小学校」

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運動会も部活動もある!?大人が通う小学校「とかち熱中小学校」に一日入学してみた

「もういちど7歳の目で世界を…」を合言葉に、大人が学ぶ社会塾「熱中小学校」。2024年2月までに日本全国のさまざまな地域、さらに米国シアトルを加えた計24カ所で開校した実績があり、現在も1,000人を超える生徒が学んでいる。今回筆者は、北海道初の熱中小学校として2017年に誕生した「とかち熱中小学校」(帯広市)の授業を体験。学びに来たはずが、なぜか雪原にダイブしたり、上空800mを飛ぶことに!? 年齢や地域の垣根を超えて生徒が集う、一風変わった「小学校」に潜入します。

熊本県と北海道の距離を超え、「共生」について考えた

チャイムが鳴り、「起立」の号令がかかると、さっきまでのガヤガヤした教室のムードは一瞬でピリッとした空気に変わった。どこにでもある小学校の授業前のワンシーン。でも、ちょっと違う。そこにいるのは下は24歳から上は73歳まで年齢もさまざまな大人たちだ。
この日の「とかち熱中小学校」の会場は北海道の帯広畜産大学。階段状の教室には約50人の生徒が詰めかけていた。

筆者が聴講したのは「共生」の授業。講師は、熊本県戸馳島(とばせじま)で洋ラン農園を営む宮川将人さんだ。
授業は宮川さんの自己紹介から始まった。花農家の3代目として生まれた宮川さんは「サイバー農家」の道を切り開くため、洋ラン業界では前例のなかったネットショップ開設に挑み、日本最大級のECサイトで売上1位の商品を生み出すまでに。ところが34歳のときに過労で倒れ、生死をさまよった経験から「今日が最後の一日だったら何をするか」を自問自答。地域愛が自分の軸としてあることを悟り、地域の活性化に力を注ぐことを決意する――と、かなりかけ足で書いてしまったが、失敗談も惜しみなく披露する宮川さんの講義に、会場は終始温かい笑いに包まれっぱなしだった。そうした中でも、宮川さんが半生を振り返る中で得た教訓「成功の反対は何もしないこと」は、生徒の皆さんの胸に届いたはずだ。

「農家は楽しすぎる」と話す宮川将人さん。前向きに自分らしく、が宮川流(撮影/岩崎量示)

「農家は楽しすぎる」と話す宮川将人さん。前向きに自分らしく、が宮川流(撮影/岩崎量示)

授業後半は、宮川さんのもうひとつの顔「くまもと☆農家ハンター」の話。
農作物のイノシシ被害に向き合い、「災害から地域を守る消防団」のように若手農家有志が取り組む農家ハンター事業が紹介された。捕獲したイノシシを恵みととらえて食肉などへの有効活用を探る中で、イノシシ対策を進めながら耕作放棄地再生や担い手育成につなげるという持続可能な地域づくりのヒントが語られた。人間と野生生物との共生は、エゾシカ被害に悩む北海道にとっても共通したテーマだ。「とかち熱中小学校」の生徒には農家も多く、授業後の質問の多さからも関心度の高さが伺えた。

宮川さんの話に引き込まれる生徒の皆さん(撮影/岩崎量示)

宮川さんの話に引き込まれる生徒の皆さん(撮影/岩崎量示)

1日の授業は2コマ。この日のもうひとコマは「社会」で、こちらはSUUMO編集長の池本洋一氏が先生として登壇した。

教壇に立つ池本編集長。「メディアが取り上げたくなる」をキーワードとしながら、全国のさまざまな街づくりの事例を紹介した。よく見ると傍らにはスーモの姿が(撮影/岩崎量示)

教壇に立つ池本編集長。「メディアが取り上げたくなる」をキーワードとしながら、全国のさまざまな街づくりの事例を紹介した。よく見ると傍らにはスーモの姿が(撮影/岩崎量示)

惜しみなく全力で教えてくれる先生と、7歳のままの好奇心を持ち続ける生徒と

「とかち熱中小学校」の授業は、主に週末の午後に開かれる。半年間を1期として、授業は全8回。生徒になるには申込みが必要で、授業料は1期15,000円(※)だ。「とかち熱中小学校」の運営は主に生徒の授業料でまかなわれている。ちなみに「とかち」を謳ってはいるが、「学区」は十勝エリアに限られているわけではなく、札幌や東京にも生徒はいる。授業はZOOMで配信され、オンラインで出席することも可能だ。
※自治体から助成が受けられる町村もある。なお授業料は各校で異なる

授業の内容は毎回変わり、さまざまな分野で活躍する先生を、地元を含む全国各地から招いて実施する。現在までにのべ344名の先生が教壇に立った(2024年3月時点、課外授業含む)。「世界最高齢」プログラマーとして知られる若宮正子さんや、日本の音楽を世界に発信するピーター・バラカンさんなど、そうそうたる面々だ。

さてその先生だが、全員がボランティアと聞いて驚いた。たっぷり1時間を超える授業に加え、ここは北海道十勝。移動を考えれば少なくとも丸2日間は拘束することになる。先生を引き受ける側もそれ相応の負担を強いられるわけで、熱中小学校への理解と想いがなければ務まらない。
そうした先生の選定や調整を担うのが、「とかち熱中小学校」を運営する一般社団法人北海道熱中開拓機構だ。理事長の木野村英明さんと業務執行理事の亀井秀樹さんに話を聞いた。

一般社団法人北海道熱中開拓機構の木野村さん(左)と亀井さん(撮影/岩崎量示)

一般社団法人北海道熱中開拓機構の木野村さん(左)と亀井さん(撮影/岩崎量示)

「私たちは全国の熱中小学校と連携して350名を超える講師陣リストを共有し、各地域の学校がカリキュラムに合わせて先生をお招きしています。リストとは別に、各校が独自に先生をスカウトする場合もあります。私がお声がけするときの基準は、ワクワクできるかどうか。生徒全員がビビッと来る必要はないけれど、一人でも二人でも、その生徒の人生を変えちゃうような先生を呼ぶことができたらいいなと思って依頼しています」(木野村さん)

そもそもどうして「とかち熱中小学校」はスタートしたのか?

「最初の熱中小学校が山形県高畠町に誕生したのは2015年です。日本IBMの常務を務めた堀田一芙さんが立ち上げました。木野村さんと僕は、設立前にある講演会で堀田さんからこのプロジェクトのことを聞き、都心ではなく地域からこういう動きが生まれるのはすごいなと思って注目していました。その後、熱中小学校を全国に展開することになり、僕たちに声をかけてくれたというのが始まりです」(亀井さん)

こうして2017年春に「とかち熱中小学校」は開校(当初は十勝さらべつ熱中小学校)。半年ごとに生徒を募り、13期目を迎えた。現在は10代~80代の134名が登録する。このうち新入生は2割ほどで、2割は首都圏など十勝以外の地域から受講。平均年齢は44.7歳で全国平均(53.8歳)よりも若い。生涯学習を目的に参加する人のほかにも、起業を目指して通う人、Uターンや2拠点生活を始める前に人脈づくりをしておきたい人など、動機はさまざま。過去には、授業のたびに横浜から飛行機で通学し、ついには夫妻で中札内村に移住した生徒もいる。ちなみにその方はその後、熱中小学校で知り合った映像作家とタッグを組み、現在は広大な雪原に足跡で作品を描くスノーアーティストとしても活躍しているそうだ。

「年齢も職業も異なるいろんな人たちが集まって、刺激を受け合い、お互いにできることを補完して新しいものが生まれています。中にはここでやりたいことを見つけて脱サラし、起業に向けた準備を進めている人もいます。熱中小学校の先生に感銘を受け、その会社に就職した人もいました。一緒に学ぶ仲間がいれば心強いし、新しい挑戦にも背中を押してもらえます。ここに集まるのは、好奇心を7歳のまま持ち続けている人たちなんです」(亀井さん)

授業の後に開かれた懇親会は酪農が盛んな十勝らしく牛乳で乾杯!(撮影/岩崎量示)

授業の後に開かれた懇親会は酪農が盛んな十勝らしく牛乳で乾杯!(撮影/岩崎量示)

授業は帯広畜産大学の教室を借りて行われるが、帯広畜産大学に通う学生にとっても良い影響があると語るのは、同大学の学長であり、「とかち熱中小学校」の校長を務める長澤秀行さんだ。
「うちの学生は約7割が道外からやってきます。何も知らずにこの土地に入ってくる。そうしたときに熱中小の先生や生徒とつながることはすごく大切です。学生にはできるだけ熱中小に参加してもらいたいので、学生は無料で授業が受けられるようにしています。そして一方で、十勝を代表するような企業や、十勝を拠点にがんばっている企業の社長さんにも先生として来てもらっています。最高のキャリア教育の場です。学生たちにはローカルの魅力にたくさんふれて、十勝、北海道が大好きになり、卒業後もここに残って暮らしたい、地域で活躍したいと思ってくれたらうれしいですね」

「十勝には前向きで好奇心旺盛な人が多い」という長澤さん(撮影/岩崎量示)

「十勝には前向きで好奇心旺盛な人が多い」という長澤さん(撮影/岩崎量示)

大人が本気で雪遊びを楽しむ熱中雪中運動会

「とかち熱中小学校」には、学校と同じく運動会もある。
授業の翌日、取材チームは雪中運動会に参加した。氷点下の雪原で行うクレイジーな運動会に。

雪の中の運動会とあって競技も極めてユニークだ。チームでひたすら雪玉をつくる「雪玉づくり競争」(十勝のパウダースノーはサラサラ過ぎて固まりづらい)、玉入れならぬ「雪玉入れ」、ビーチフラッグスをモチーフにした「スノーフラッグ」、ソリを引くスピードを競う「ソリリレー」といった具合に。ルールづくりをはじめ、運営は「とかち熱中小学校」の生徒が主体的に行う。そのねらいを木野村さんに聞くと、次のように話してくれた。

「テーマはチームビルディングとルールメイキングです。毎年、実行委員会を一から立ち上げて運営する。そして競技のルールを決める。自分たちがつくったルールに基づいて、意図したとおりにみんなが動いてくれるか。動いてくれないのか。チームビルディングとルールメイキングを学ぶ実践の場として、運動会は一番手っ取り早いんです」

足元の不安定な雪の上での雪中綱引き。応援にも熱が入る(撮影/岩崎量示)

足元の不安定な雪の上での雪中綱引き。応援にも熱が入る(撮影/岩崎量示)

クイズの答えが書かれた旗をもぎ取るスノーフラッグ。明日は筋肉痛確定(撮影/岩崎量示)

クイズの答えが書かれた旗をもぎ取るスノーフラッグ。明日は筋肉痛確定(撮影/岩崎量示)

ご近所さんも、初めましての人も、同じチームに。いつしか芽生える団結力(撮影/岩崎量示)

ご近所さんも、初めましての人も、同じチームに。いつしか芽生える団結力(撮影/岩崎量示)

実行委員長を務めた小谷文子さんに話を聞いた。小谷さんは更別村の大規模農家コタニアグリの奥さまで、「とかち熱中小学校」の立ち上げから関わる「コア生徒」の一人だ。
「この日のために3カ月前から準備を進めてきました。熱中小学校の生徒29名が今回の実行委員会に参加していますが、みんな仕事がある中で何度も会議を行い、協賛金を集め、広報活動をしてきました。それぞれ得意なことを役割分担して、みんなで知恵を出し合って、今日を迎えました。忙しくても協力を惜しまない、全力で楽しむというのは熱中小学校ならではですよね。今回、5年目にして初めて参加者が100名を超えました。雪中運動会が地域に受け入れられてきているのを実感しています。熱中小学校の関係者だけじゃなく、いろんな人を巻き込んで、つながって、楽しさを広げていくことが大事だと考えています」

実行委員長の小谷文子さんは、「いい天気で本当に良かった」と胸をなで下ろす(撮影/岩崎量示)

実行委員長の小谷文子さんは、「いい天気で本当に良かった」と胸をなで下ろす(撮影/岩崎量示)

……飛んでる?(撮影/岩崎量示)

……飛んでる?(撮影/岩崎量示)

参加者みんなで「ハイ、とかちー!」。子どもも大人もがんばった!(撮影/岩崎量示)

参加者みんなで「ハイ、とかちー!」。子どもも大人もがんばった!(撮影/岩崎量示)

こうした課外活動は雪中運動会にとどまらない。熱中小学校には生徒が自主的に取り組む部活動もある。これまでにピザ部、クレヨン部、豆研究会などさまざまな部活動が生まれた。今年度は新たに雪像部が結成された。

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

「おびひろ氷まつり」の会場にスーモ、スモミ、ドンスーモが! 雪像部の皆さん、ありがとうございました!!(提供/とかち熱中小学校雪像部)

「おびひろ氷まつり」の会場にスーモ、スモミ、ドンスーモが! 雪像部の皆さん、ありがとうございました!!(提供/とかち熱中小学校雪像部)

上空800mを新しい観光地に!

実は雪中運動会が行われた日の早朝、取材チームは亀井さんの勧めで熱気球フリーフライトを体験した。それというのも、熱中小学校の生徒さんがパイロットだからだ。

左から2番目が「十勝空旅団(そらたびだん)」代表の篠田博行さん(撮影/岩崎量示)

左から2番目が「十勝空旅団(そらたびだん)」代表の篠田博行さん(撮影/岩崎量示)

篠田さんはパイロット歴36年のベテラン操縦士。長年趣味で熱気球を楽しんでいたが、3年前から副業で観光フリーフライトを始め、2023年3月に32年間勤めた郵便局をすっぱり辞めて本格事業化した。熱気球のフリーフライトサービスを行う民間企業は、十勝でも2社しかないという。ほとんど前例がない中での船出(離陸?)だった。

「昔は競技に夢中になった時期もあったんです。ただ、競技用のバルーンはスムーズな上昇や下降が求められるので機体が小さく、基本は一人乗りなんですね。競技そのものは楽しいけど、空の上では一人きり。一人でボウリングをやって、ストライクを取っても振り向いたら誰もいない、みたいな。『空を共有したい』というのが、観光事業を始めたきっかけです」

球皮の中の空気を温めて浮力を得る熱気球。準備段階から体験できるのがうれしい(撮影/岩崎量示)

球皮の中の空気を温めて浮力を得る熱気球。準備段階から体験できるのがうれしい(撮影/岩崎量示)

球皮の中に特別に入れてもらって記念撮影。一番右は、今回の先生を務めた宮川さん。楽しんでます(撮影/岩崎量示)

球皮の中に特別に入れてもらって記念撮影。一番右は、今回の先生を務めた宮川さん。楽しんでます(撮影/岩崎量示)

事業を始めて気づいたことがある。「お客さんの9割は道外の方です。800mの上空に行くとみんな、だだっ広い畑やまっすぐの道を見て感動するんですね。『何もなくていい』。東京の人はそう言います。ここで育った僕にはその価値がわかっていなかったんです」

音更の街並みを眼下に上昇する熱気球。この日は日高山脈が美しかった(撮影/岩崎量示)

音更の街並みを眼下に上昇する熱気球。この日は日高山脈が美しかった(撮影/岩崎量示)

篠田さんは2023年秋、知人に誘われて「とかち熱中小学校」に入学した。
「自分が知らない世界、知らないキャリアの話を聞くのはびっくりの連続ですよね」

熱中小学校が縁で新しいプロジェクトもスタートした。
「熱中小でこれよりも大きな気球を持っている方がいて、共同で新しい熱気球ビジネスを開発中です。10人乗りの熱気球にシェフを乗せて空の上でレストランを開店したり、スノーアーティストと組んでサプライズプロポーズを演出したり。空の上から大地を見たら雪原に『WILL YOU MARRY ME?』なんて描いてあったら盛り上がるでしょ。空を飛ぶ楽しさをどんどん広げたいし、どんどんたくさんの人と共有したい」。篠田さんの夢も大きく膨らむ。

「とかち熱中小学校」の一日入学(+課外授業)を体験して印象的だったのは、先生も生徒もごちゃ混ぜになって心底、学校を楽しむ姿だった。年の差を超えて笑い合い、地域差を超えて共通の話題で盛り上がる。多様性という言葉がぴったりな同級生たちが磁場となって、これからも十勝管内はもとより、東京や札幌からも人を引き寄せていくのだろう。「十勝に熱中小学校があることが地域の強みになるように、こうした場を提供し続けることが大切」と亀井さんは言う。

2024年4月に7周年を迎える「とかち熱中小学校」。5月には初めての学校祭も計画している。「内容はこれから」とのことだが、ユニークで熱い学校祭になることだけは間違いない。

●取材協力
とかち熱中小学校

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