タペストリーのような質感の未来のお伽噺〜ラヴィ・ディトハー『ロボットの夢の都市』
ラヴィ・ディトハーは1976年生まれ、イスラエル出身でロンドン在住のSF作家。2000年代から短篇を発表していたが、とくに注目されるようになったのは2011年の長篇Osamaが世界幻想文学体賞を受賞してからで、以降、いくつもの賞を受賞あるいは候補にあがっている。本書『ロボットの夢の都市』は、2022年の作品だ。
人類が太陽系全域にまで広がった未来。大規模な戦争やテロリズムがいくどともなく繰り返され、その傷跡や遺物がまだらに残っている。物語の舞台となるのは、かつて中東の先鋭都市として新造され、いまは斜陽のときを迎えているネオムだ。
珍奇な中古品を扱うムフタールのバザールに、旧式の変なロボットが訪ねてくる。かつての戦争でさまざまなロボットが開発・投入されたが、いまやそれらは放擲され、来歴もあやふやなまま野良として彷徨っていた。このロボットもそうしたひとつかもしれない。ロボットが持ちこんだのは、禁制技術の産物ゴールデンマンのボディだった。ゴールデンマンは、かつて腕利きのテラー・アーティスト(兵器をデザインする職人)として知られるナスによって、ただ一体製造されたヒューマノイド・ロボットであり、いまではほぼ伝説と化していた。
砂漠を掘って機能停止状態だったゴールデンマンを見つけた—-というのが、変なロボットの主張だ。そして、ゴールデンマンを修理してほしい。その対価として、変なロボット自身を差しだすと言う。いにしえの兵器ロボットなのでコレクターにとってはそれなりの価値があるらしい。
ゴールデンマンを甦らせるには、動力と心が必要である。どちらも禁制技術もしくはオカルティックな秘法だ。そもそもゴールデンマンを起動させたら、とてつもない厄災を引きおこすのではないか?
ゴールデンマンをめぐる騒動は、この作品の柱と言えば柱なのだが、そう一筋縄ではいかない。
物語の中心となるひとりは、ムフタールのバザールにパートタイムで務めているマリアム。彼女はいくつもの仕事を掛け持ちしながら、ネオムという猥雑な都市を這いずるように暮らしている。
もうひとりは、ジャンク漁りを生業とする流浪民の一族のなかで、ただひとり生き残った少年サレハ。彼はこの地上を離れて、宇宙へと脱出することを夢みている。
別々にはじまったマリアムとサレハの運命がやがて交叉し、そこにゴールデンマンに秘められた謎が加わり、歴史が意外な方向へと動きだす……。
とにかく物語の質感がユニーク。遠い異国のタペストリーのごとく太い糸目を縦横に織りかさね、印象的な場面を浮きあがらせている感じだ。現在の延長線上の未来ではなく、洗練されたお伽噺としての未来である。
巻末に付された「著者あとがき」で、ディトハーが特に気に入っている未来史として名をあげているのは、コードウェイナー・スミスの《人類補完機構》シリーズだ。たしかに、本作にちりばめられたエキゾチックな用語の数々、オーソドックスなSFのリアリズムとは異なる因果構成は、スミスに近い。これまでに邦訳されたディトハー作品のなかで、いちばんの傑作である。
(牧眞司)
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