心弾む普通の毎日〜古賀及子『気づいたこと、気づかないままのこと』

「本の雑誌2023年度上半期エンターテインメントベスト10」の2位に選ばれた『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)の著者・古賀及子氏のエッセイだ。帯は、小説家の長嶋有氏である。前作の帯は、岸本佐知子氏だった。絶対に私がいいと思う何かを持つ著者のはずだ。読まないわけにはいかない。

 最初に登場するのは、「なじみの間違い電話」についてのエピソードである。見知らぬ番号から電話があり、出てみると「佐藤さんですか、朝霧装飾の山下ですが」と相手は言う。違うというと、詫びる言葉があり電話が切れるが、しばらく後に同じ人物からまた電話があるのだ。

 間違い電話がなじみ? いやいや、ありえないでしょう。私なら、2回目がかかってきた時点で黙って着信拒否である。もしくは、「この前もまちがってかけてきましたよね。もうかけないでください」みたいなことを、怒り気味に言って終了とするだろう。しかし著者は、全く違う発想でこの電話に立ち向かう。着信した番号を「朝霧装飾 山下」で登録するのである。しつこく間違い電話をかけてくる会社の公式サイトを見て、親近感を持ったりもするのである。その後の展開と、著者の朝霧装飾に対する勝手な(?)想像に、ニヤニヤが止まらなくなってしまった。

 神奈川県の団地や埼玉県のニュータウンで暮らした子どもの頃の出来事、過去の恋愛、祖母と二人で暮らした日々、子どもたちとの毎日……。苦い記憶も温かい思い出もあるけれど、ものすごく特別な出来事は何も書かれていない。普通の日常に向ける視線の角度がユニークで、ハッとさせられたり、笑いが止まらなくなったり、嬉しくなったりする。好きというより、著者の書く文章に対して、一方的な友情(?)を持つという方が近いかもしれない。中学生の時に、時々面白い発言をする同級生が隣のクラスにいて、友達になりたいなあと思ったことがあったけれど、そんな感じだ。

 普通の毎日にも、愉快なこと、感心すること、大切にしたいことが、本当はたくさんあるのだと思う。それはわかっているのに、私の視線は時々、虚しさとか怒りとか疲れとか、そういうことばかりに向いてしまう。そういう時には、古賀及子氏のエッセイを読めばいいのだ。そんなふうに思えるエッセイストとの出合いに、心が弾んでいる。

(高頭佐和子)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 心弾む普通の毎日〜古賀及子『気づいたこと、気づかないままのこと』

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。