現代社会にビシッと切り込んでくる大前粟生『チワワ・シンドローム』

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 帯に書かれた「チワワテロ」という言葉のインパクトに惹きつけられた。なんだ、そのかわいい名前のテロは? チワワが突然に100匹くらいじゃれついてくるとか? 目をうるうるさせた小さなワンコたちが武器を持って人間を襲ってくるとか?

 いろんな妄想をしつつ手に取ったのだが、私の想像力など全く及ばないやり方で、現代社会の問題にビシッと切り込んでくる小説だった。インフルエンサー、迷惑系YouTuber、炎上、告発……。気がつくと日々接している事象が、次々に登場する。ネット上で知った話題を、スマホで検索しまくっているような気持ちにさせつつ、重い課題を読者に突きつけてくる。

 主人公の田井中琴美は、大手人材サービス会社の人事部に勤める入社3年目の社員である。面接を担当したり、学生たちのSNSをチェックしたりしているが、若者の人生を左右する重責にストレスを溜める日々だ。最近、マッチングアプリでフリーランスのプログラマー・新太と出会い、関係が進みそうな予感がしている。真面目に働いていて、常識も優しさもあり、真剣に自分の人生についてもちゃんと考えている感じのいい主人公である。

 琴美の親友は、人気インフルエンサーのミアだ。高校時代に転校してきたのだが、優れた容姿と頭脳が目立ち過ぎて、最初は孤立していたほどである。失恋して辛い気持ちになっている琴美を「可愛い」と言い、友だちになってくれた。ミアはファンにも優しい言葉をかけて崇拝されているけれど、琴美は特別だと言う。「いつまでも、弱くて可愛いままでいてね」と、嫌な部分も全肯定してくれるのだ。

 弱くて可愛いままでいることなんてできないよ、と私は思うが、琴美の中でも「弱い」という言葉が引っかかっている。面接で、パワハラを受けて辛かったことや、大気汚染のことを考えると体調を崩してしまうことなど、自分の弱さや傷を訴えてくる学生が、印象に残ってしまうのだ。琴美自身は彼らのことを身近にも感じるが、面接官としてどう扱えば良いのかわからない。同情を引く戦略だと先輩は言うが、そう思いたくない気持ちもある。

 そんな時に起きたのが「チワワテロ」である。800人以上の人に、気がつかないうちにチワワのピンバッヂがつけられたのだ。新太と、面接を突破した優秀な大学生で、ミアの熱心なファンでもある観月さんもその被害(?)に合う。事件の直後、新太は行方不明になる。チワワテロと何か関係があるのか。実害のないこのテロは、何が目的なのか。新太がこっそり見ていた迷惑行為通報系の『MAIZUちゃんねる』と、何か繋がりがあるのか。事件の影響で世間がチワワブームに沸く中、琴美はミアと観月さんに協力してもらい、新太の行方を探すことにするが……。

 小説の中で登場する社会学者が「現代人には、弱くなりたいと言う願望がある」と語る。強いことはそれだけで炎上や告発の対象となる。批判されたくないという感情が、チワワのように弱いものになりたいという願望として現れるのだと。

 その言葉になるほどと思いつつ、今までの私自身を振り返ってしまった。もっと強くなりたい、他人に弱みを見せまいと思っていた頃もあったが、近年は、自分の弱さも他人の弱さも受け止めることの大切さを感じるようになってきた。強い力を持った人間が糾弾されることを、小気味よく感じることもある。そのままでいいんだよ、弱くていいんだよ、というメッセージを全面に出すようなキャラクターに、違和感を覚えることもある。強く見せたかったり、弱者の立場になりたかったり、弱さを主張されると困ってしまったり……、時代の空気に、見事に振り回されている。

 どんどん複雑なことに巻き込まれていく琴美だが、最後には真相にたどり着く。強さも弱さも、一人の人間の中にあるものだ。強いだけの人間も、弱いだけの人間もいない。そんな当たり前のことを、忘れないようにしたいと思うラストだった。

(高頭佐和子)

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