列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー

列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)

2023年11月下旬、初雪が降った日の盛岡。筆者はどうしても来たくなり、高速バスに揺られた。

理由は2つある。一つは、筆者がかつて心を打たれた街を、もう一度味わいたくなったから。

そしてもう一つは、作家・写真家のクレイグ・モド(Craig Mod)さんにインタビューさせてもらったからだ。ニューヨークタイムズ紙に「盛岡」を強く推薦し、同紙の「2023年に行くべき52カ所」で、その2番目に盛岡を抜擢させた張本人。

インタビューでモドさんが語った盛岡の姿が頭から離れず、バスに乗ったのだ。

「ちゃんと国が国民を守ろうとしている国」

JR盛岡駅前で(写真撮影/辰井裕紀)

JR盛岡駅前で(写真撮影/辰井裕紀)

早稲田大学への留学をきっかけに、23年日本に住み続けるモドさん。各媒体に寄稿して多数の著書を発表し、これまでMediumやスマートニュースなどのアドバイザーや、イエール大学(米国)の講師を務めるなど国内外で活躍する。

そして東海道や中山道を徒歩で踏破するなど、日本の隅々まで歩くことがライフワークだ。

わかりやすい自然の要素以上に、日本の至るところにある黄色と黒のキリスト教の看板などの生活の足跡に興味をもち、雑多な旧街道沿いを「パチンコロード」と呼び、そのウラにある強大なグローバリズムを感じ取る。

新潟県長岡市で(写真撮影/辰井裕紀)

新潟県長岡市で(写真撮影/辰井裕紀)

外国人という客観的な視点を持ちながら、日本人以上に日本の姿を見つめてきた張本人だ。そんな彼は、少子高齢化や経済的な問題を抱える日本をどう見ているのだろうか?

運よく、鎌倉の自宅でインタビューする機会に恵まれた。

モドさん宅の和室で(写真撮影/桑田瑞穗)

モドさん宅の和室で(写真撮影/桑田瑞穗)

まず、モドさんは何がきっかけで日本に来たのか。

モド「地元(コネティカット州)の治安が悪かったんです。アメリカには国民保険とかもほとんどなくて、みんな苦しんで。ちゃんと充実して生きるなら離れないといけないと思って。留学するなら思い切って遠くまで行った方が面白いと思って、日本を選びました」

感情を込めて語るのが、「初めて、ちゃんと国が国民を守ろうとしているところに来た」こと。

モド「アニメや漫画、寿司も好きだったわけじゃなくて、日本を何も知らないままで来て。でもこんなに安全で、深みと味のある街で生活できるのは奇跡。アメリカ、とくにサンフランシスコとかは、『地獄の地獄のさらに地獄』まで堕ちられるし、脱出する手段がない」

それがドラッグ中毒者を生み、ドラッグほしさに暴力を振るったり、万引きしたりの犯罪天国になる。生活保護などのサポートがある日本とは大きな違いがあった。

モド「日本は貧富の差が比較的小さくて、金持ちと一般人の生活が大きく変わらない。同じ保険も手に入るし、同じ地下鉄や道路も使える」

著書「Kissa by Kissa: 日本の歩き方」(2020年発行)より(写真撮影/桑田瑞穗)

著書「Kissa by Kissa: 日本の歩き方」(2020年発行)より(写真撮影/桑田瑞穗)

そして、日本に暮らし続けられた根本的な要素が「物価の安さ」。

モド「すごく安かった。ホームステイしても1年の学費が、アメリカの5分の1から10分の1とか」

それが、「ひたすら街道を歩く」などの一朝一夕ではとても儲からないようなモドさんの活動を支えたのだ。

東京は「世界でも奇跡のように安全」

モドさんが来日から35歳まで、長らく住んでいたのが東京。どんな街か。

モド「東京、本当に奇跡のように安全で、こんなに広く人口がすごく多いのに、本当に時計のような美しい動きができる街。このスケールでスムーズに動いているところは本当に東京だけ」

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

ニューヨークやロンドンは建物の状態があまりよくなかったり、地下鉄がちゃんと動かなかったりするが、東京はその心配がないという。

モド「あと東京は(世界の大都市としては)建物やお店を比較的自由に建てられるから、いろいろな住宅やお店が混在できて、そのおかげで家賃が安くできる。柔軟にスクラップ・アンド・ビルドを行ってタワーマンションなんかを建てているから」

ニューヨークやロンドンでは、集合住宅の家賃が高くて単身では借りられない人が多く、ルームシェアなどをするのが普通。「日本の物価は安すぎて、経済成長の足かせになっている」ともささやかれるが、若者にとっては、他国に比べ自由で挑戦がしやすい視点もあるという。

モド「東京だとまだ、自分の予算に合わせて住める。僕も20代で広尾・表参道・代官山・恵比寿のあたりにずっと住んでいました。6畳の和室で、月6万円とかの物件がまだ残っていますから」

モドさんがかつて住んだ恵比寿。JR恵比寿駅前の様子(写真撮影/辰井裕紀)

モドさんがかつて住んだ恵比寿。JR恵比寿駅前の様子(写真撮影/辰井裕紀)

モド「僕は20代のとき、儲からない芸術活動ばかりしていたんですが、東京だとお金のためにやりたくないことをたくさんしなくても、やりたいことがちゃんとできるし、博物館とか美術館も楽しめる。800円でおいしい昼ごはんを食べられるのは日本だけです」

鎌倉に転居して8年、今でも東京が恋しくなることもある。

モド「でも東京で困るのはね、住みたいところがありすぎて、選ぶのが難しい。谷根千(谷中・根津・千駄木)もいいし、蔵前や清澄あたりも面白くなったし……」

東京人が見ない地方の現状

そんな東京とは、一線を画す現状があるのが地方だ。アメリカの地方出身者として、モドさんは歩いてその姿を目に焼き付けた。

1万キロを超える道のりの中で幾度も見たのが、旧街道沿いにあるドラッグストアなどのチェーン店、パチンコ屋が多数連なる風景。モドさんは「今日の私たちを表現している」と語る。

モド「僕は東京から京都まで中山道で歩き、東海道も歩いたんですけど、今はパチンコ屋やギャンブル場ばっかり。でもこれ、日本だけじゃないんですよ」

愛機・ライカとともに1万キロを歩いたモドさん(写真撮影/桑田瑞穗)

愛機・ライカとともに1万キロを歩いたモドさん(写真撮影/桑田瑞穗)

アメリカでもヨーロッパでもみんな同じように、大きなチェーン店が並ぶ。

モド「これがダメとかじゃなくて、これで何を損しているのか、考えた方がいい」

こうなって我々が何を得し、何を損しているか。街道にあるのは、現在進行形のグローバリズムだ。

そして街道を越えた先には、日本人の多くが見て見ぬふりをする地方の姿がある。

モド「田舎へ行けば行くほど、“床屋(美容室)と喫茶店”しか営業していなくて、シャッター街ばかり」

モドさんの記事にも、「田舎で老人介護施設が多い」「ラブホテルを使う若い人が減ってラブホテルの廃墟が並ぶ」など、少子高齢化を示す描写が目立つ。

モド「高齢化社会って都会じゃあまり想像がつかないけど、地方を数カ月歩くと、『もう終わりと思うしかないような町や村』が多い。それはどうにか守らなきゃとかじゃなくて、もう人口や産業の有無の問題。現実として、終わりに向かう流れを止めるのは難しい」

それでも「喫茶店」が残った

限界集落が生まれ続ける地方。その中でモドさんを癒やしたのは、喫茶店だった。

モド「パチンコ屋やチェーン店ばっかりだし、残された個人店は喫茶店と床屋・美容室だけで、それで喫茶店へ行くことになって。社会の中での喫茶店の立場や、よさが見えてきた」

喫茶店で目につく料理は「ピザトースト」しかなかったので食べてみたら、意外においしく、「私の魂の食べ物」というほどになった。

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

それにしても田舎の個人商店は、なぜ床屋・美容室と喫茶店が残るのか。

モド「コミュニティのハブみたいになっているはず。高齢化社会になるほど、孤独が増える。でも喫茶店さえあれば、毎日モーニング食べて、みんなとお喋りできるから」

さらに個人の喫茶店はモーニングセットなどで、価格競争に強いチェーン店にも対抗できる価格で提供する。

モド「あとチェーンだとスタッフと仲良くなるのは難しいし、もしそうなっても、いつか担当者がどっか行っちゃうから。何十年もずっと挨拶するマスターや奥さんの方が特別です」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

盛岡のような中核市にはチャンスがある

道行く人たちと挨拶を交わしながら、数々の街を通り過ぎたモドさん。こんな考えが芽生えた。

モド「小さい村はどうしても、たぶん守れないと思うけど、中核市ぐらいだと、チャンスはある」

ニューヨークタイムズに盛岡市(岩手県)を推薦したのはその思いからだった。また、東北にはインバウンドの観光客の0.9%しか行かない※。経済的に応援したい気持ちもあった。※観光庁「宿泊旅行統計調査」に基づく、2023年3月の外国人宿泊者ブロック別シェアより

モド「でも、盛岡は何度行ってもすごく充実している。にぎやかで若者が頑張ろうとしている姿をたくさん見られる街。大きい街が近くにないのに、盛岡だけはすごく充実感がある。10カ所の中核市を巡るプロジェクトで街を歩きましたが、その中でも盛岡は街並みもきれいだし、岩手山もきれいに見えるし。川もきれいで気の流れがいいし、市民に余裕を感じた」

杜の大橋から望む雄大な岩手山(写真撮影/辰井裕紀)

杜の大橋から望む雄大な岩手山(写真撮影/辰井裕紀)

モド「加えて、喫茶店も面白かったし、大正時代の建物も残っているし、大学生のエネルギーもあるし。バランスのある街だと思って推薦しました」

モドさんが推薦した盛岡の喫茶店、リーベ。筆者もモーニングを注文し、2階席の平和な静寂を味わった(写真撮影/辰井裕紀)

モドさんが推薦した盛岡の喫茶店、リーベ。筆者もモーニングを注文し、2階席の平和な静寂を味わった(写真撮影/辰井裕紀)

岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館。東京駅の設計でも知られる辰野・葛西建築設計事務所によるもの(写真撮影/辰井裕紀)

岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館。東京駅の設計でも知られる辰野・葛西建築設計事務所によるもの(写真撮影/辰井裕紀)

そして、モドさんの尽力により盛岡がニューヨークタイムズの「2023年に行くべき52カ所」の2番目に選ばれ、2023年は膨大な数の取材依頼が相次いだ。

とてつもない数の取材に応対し続けた理由に、「中規模や小規模な町でも快適で大事な人生を過ごせると伝えたい」との思いがあった。

モド「私も中核市に近いアメリカの工業都市が地元だったんですが、工場が中国へ行くなどして産業がなくなって。みんなの苦しみばかりを子どものころに見てきたから」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「盛岡の個人のお店は重要なコミュニティで、文化もつくっている。そういうお店が、個人で実現できるのを見ると感謝するし、私の地元から見ると、本当に奇跡のような状態だから」

盛岡のような、元気な中規模都市は少ないのか?

モド「少ない。寂れているところがほとんどです」

盛岡は、なぜそうならなかったのか?

モド「結構大きいのは大学があること。『大谷翔平モデルの時計』も作っている盛岡セイコー工業も近郊にあるし、ものづくりの仕事がある。あと、新幹線が停まるのも大きい。新幹線が停車する街と、そうじゃない街は全然違う。中山道を歩くとすごく感じる」

なお、東洋経済が1993年から発表している「住みよさランキング」の北海道・東北編で、2023年版の2位に盛岡市がランクイン。年間小売販売額と同1人当たりの販売額は北東北では1位という。

盛岡と各地をつなぐ新幹線はやぶさ号(写真撮影/辰井裕紀)

盛岡と各地をつなぐ新幹線はやぶさ号(写真撮影/辰井裕紀)

ちなみに筆者も盛岡の老舗のバーで、「今まさに世界的企業を相手にしている盛岡のものづくり文化」をマスターから力説され、ある自動車関連部品メーカーの活躍を紹介いただいた。南部鉄器からその精神は脈々と受け継がれているのだ。

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

それは、さまざまな問題に直面する日本のヒントにもなるという。

モド「本当に盛岡みたいなところが、あるんですよ。ほかにも山口市(山口県)とか松本市(長野県)とか尾道市(広島県)とか、そういった感じの街が守られたらいいと思う。東京で大きい会社に勤めなきゃとかばっかりじゃなくて、個人で本屋とかジャズ喫茶とかバーやりたいと思っている方が、できるスペースがあれば。中核市だとちょうどやりやすいから」

なお、2024年のニューヨークタイムズの「2024年に行くべき52の場所」で、山口市の選出にも関わったモドさん。選んだ理由をこう語っている。

「山口市は盛岡の魅力と同じ特質を多く備えています。若い起業家を惹きつける、人間的なスケールで充実した生活ができる街。京都、金沢、広島が日本の『レコードのA面』なら、山口と盛岡は『B面』で、控えめな天才性が含まれることが多い面です」

山口市の米屋町商店街(写真撮影/辰井裕紀)

山口市の米屋町商店街(写真撮影/辰井裕紀)

快適で大事な人生を過ごせる街・住まいを

あらためて、中核市ならではのよさは何か。

モド「東京だと疲れる。大きすぎて、ときにコミュニティをつくりづらい。少し地方に行けば、自分の好きなことがやれるくらいの町のリソースがありつつ、それでいて疲れない。鎌倉に住んでいる人たちは、みんな『もう東京行けなくなっちゃった』とか言っていますよ」

モドさんはさらにニュースレターの中で、「(盛岡のような)こうした小規模なビジネスの有り様は、大規模なデベロッパーによる東京の巨大開発と対極にある。そこには、巨大な構造物の中に似たような店ばかりが並び、小規模事業者には手が届かず、個性のかけらもない。盛岡は、盛岡にしかない個性や趣にあふれている」と語っている。

もりおか歴史文化館前の庭にて(写真撮影/辰井裕紀)

もりおか歴史文化館前の庭にて(写真撮影/辰井裕紀)

そんなモドさんは、8年前に東京から鎌倉に転居した。

モド「東京の観光客が増えすぎて、疲れた。鎌倉も多いんだけど、観光客が行くところは同じ。八幡宮、小町通り、大仏にしか行かないから、一本離れればすごく静か」

鎌倉の海を望む(写真撮影/桑田瑞穗)

鎌倉の海を望む(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「鎌倉の大きい家に引越してきて、最初の晩に超泣いた。東京で住んでいた6畳の部屋じゃなくて、本当はやっぱりこれぐらいの広い家がほしかったんだなって」

ご近所さんも優しく、「みんな面白い人生を過ごしている」という。

モド「僕はご近所のみなさんより3、40歳ぐらい年下だけど、たぶん『モドさんは何者?』とずっと思われてたんじゃないかな。今年いっぱいテレビに出始めたら、優しくなった(笑)」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

さらに、鎌倉は交通の便もいい。

モド「東京まで50分ぐらいで、グリーン車も500~1,000円くらい(※)でスタバのコーヒー1杯くらいの値段。1本で渋谷、池袋まで行けるし、吉祥寺に住むよりずっと楽だと思ったんです」

※2024年3月16日よりJR東日本は価格改定

鎌倉でモドさんがお気に入りの「甘縄神明宮」(写真撮影/辰井裕紀)

鎌倉でモドさんがお気に入りの「甘縄神明宮」(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「鎌倉は企業の社長やクリエイターなどの面白い人もたくさん住んでいる。山歩きもできるし、海を眺めながら癒やされるし、おいしいお店もあるし……」

そして、人々の暮らしの中にいい人生に必要なものは何かを探し続けるモドさん。今、それをどう考えているか。

モド「『充実感』を感じることです。自分が興味があって、少し上手にできる活動に集中すると充実できる。この前も日本刀の職人さんを見学して、それを実感した。過酷な状態でずっときつい作業をしているんだけど、すごく充実していい日々を過ごしている、と。その充実した生活や仕事で、快適で大事な人生を過ごせるか……」

そんな充実したことに没頭できる街こそ、いい街のはずだ。

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

最後に「住むなら、どんな家がおすすめか?」について、モドさん流のアドバイスをもらった。

モド「コミュニティが感じられるところに住むのが、大事。古いアパートでも、周りでコミュニティをすごく感じられるなら、100倍くらい、いい人生は過ごせるから」

◇ ◇ ◇

「小さい村はどうしても、たぶん守れないと思うけど、中核市ぐらいだと、チャンスはある」

膨大な数の田舎を歩いて見てきたモドさんの、現実的な見識。初めて47都道府県すべてで日本人の人口が減った今、日本のどこなら人生の大切な思いを実現して住めるか……自らにもう一度問いかけた。

モドさんの仕事場(写真撮影/桑田瑞穗)

モドさんの仕事場(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

●取材協力
クレイグ・モドさん (Craig Mod)
2021年に紀伊半島を約30日間踏破した回想録「Things Become Other Things」が発売中。
「漁師、口の悪い子ども、そしてひどく悲惨で素晴らしいコーヒー」たちに出合った記録が叙情的な写真とともに記されているThings Become Other Things
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