「被害者」と「加害者」を超えた物語〜川端志季『木洩れ日のひと』
同居する二人の若い男女。家族ではない。友達でも恋人でもない。だが彼女は、身体の自由が利かない彼の世話を一手に担っている。そんな奇妙な関係は、10年前のバイク事故から始まった。
物語の開始早々、見開きで描かれた事故のシーンが目に焼き付く。血を流して横たわる男性は、国⺠的アイドルグループのメンバー・烏墨真弘(うすみまひろ)。何らかの理由で路上に飛び出した彼を轢いたのは、当時17歳の女子高生・白瀬皓子(しらせこうこ)。友人から借りたバイクに乗り、雨の中を帰宅する途中の出来事だった。
人気絶頂だった真弘と、三代続く政治家一家の娘である皓子の事故は、メディアの注目を浴びる。参議院議員を務める夫の体面を第一とする母に、皓子はその命で罪を贖うよう申し付けられる。死を前にした皓子が母に願ったのは、真弘の唯一の血縁者である祖母・マチの元へ出向き、昏睡状態が続く真弘について謝罪することだった。
のっけから重めの展開といびつな家族関係、そして多くの謎がつづられる。しかし不思議と暗さは感じられない。それは事故から10年後、奇跡的に目を覚ました真弘と、彼が眠っている間、彼の祖母と共に同じ家に暮らし、祖母亡き後も献身的な介護を続けてきた皓子が、互いに恨みを抱いていないことに由来するのかもしれない。また自らの不運を嘆くのではなく、相手の立場から事故を捉え、過ぎた時間と向き合っていく二人の姿にも、その理由は垣間見える。彼らの日常の中で描かれる他愛ない笑いも、いい味を出していた。
本作は女性誌の『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載されている。著者は以前、少女誌の『別冊マーガレット』(集英社)で『宇宙を駆けるよだか』や『箱庭のソレイユ』などを連載していた。その後、女性誌の『YOU』や『Cocohana』(ともに集英社)、『Kiss』(講談社)での連載を経て、現在に至る。
さて、回想と現在の描写が交差する中、二人がそれぞれに抱える過去と謎は少しずつ明かされていく。本心とは異なる言葉を発すると鼻血が出てしまう皓子の体質や、幼い頃に実母に置き去りにされた真弘のトラウマ、そして抜け落ちた事故前後の彼の記憶と行動が、要所でキーとなっている。
二人の関係は、いわゆる「被害者」と「加害者」を超えている。仲間たちの理解とサポートを受けながら、皓子の贖罪の意識はどう救われ、真弘の記憶と身体の回復はどこまで進むのか。互いに寄り添い進む先は、いったいどんな形に行きつくのか──続きが気になる一作だ。
(田中香織)
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