風の星、砂の星、崖の星、水の惑星〜中村融編『星、はるか遠く 宇宙探査SF傑作選』

風の星、砂の星、崖の星、水の惑星〜中村融編『星、はるか遠く 宇宙探査SF傑作選』

 熟達の翻訳家にして隠れた名作を掘りだす目利き、中村融によるアンソロジー。英米で1970年以前に発表された九作品を収録しており、うち二篇が初訳だ。

「宇宙探査SF傑作選」と銘打たれているが、それはあくまで緩やかなくくりであり、すべての作品において”宇宙”や”探査”が中心テーマになっているわけではない。むしろ、内容的にも表現的にもさまざまな傾向のものが集まっている。なので、読んでいて次に何がくるだろうかという意外性がある。

 巻頭を飾るフレッド・セイバーヘーゲン「故郷への長い道」(初訳作品のうちのひとつ)は、まさしく”宇宙”が舞台だ。冥王星を越えた遠い宙域で、未知の人工物が発見される。どうも微速で太陽方向へと移動しているらしい。調査してみると……。結末で明かされる特殊な宇宙航法が凄まじい。

 つづくマリオン・ジマー・ブラッドリー「風の民」は、星間船の船医ヘレンがたどる運命を描く。船が木と風だけが住まう惑星に着陸中、彼女は妊娠してしまい、ひとりでそこに残って出産することになる。設定こそSFらしいが、ストーリーに充満するのはインモラルな翳りを含むゴシックロマンスの雰囲気だ。

 コリン・キャップ「タズー惑星の地下鉄」は、かつて異星人の文明が存在し、いまは廃墟となった苛酷な砂嵐の惑星で考古学的調査がおこなわれる。この作品が潔いのは、堂々と表題に「地下鉄」と掲げているところだ。これが物語中盤まで登場人物たちが首を捻る謎なのだが、もちろん、それくらいのネタバレでは作品の価値は減じない。物語はテクノロジカルな議論に終始するのだが、その先に浮かびあがるイメージはスタニスワフ・レムさえも髣髴とさせる。

 デイヴィッド・I・マッスン「地獄の口」は、もうひとつの初訳作品。荒野に空いた巨大な深淵の崖を伝い、奥へ奥へとひたすら踏査するだけの話だが、異様な緊迫と眩惑感がある。シュールレアリスムと言ってもよい。

 マーガレット・セント・クレア「鉄壁の砦」は、見えない敵を待ちうける砦で、じわじわと異変が起こる。戦争SFというより侵略テーマの作品で、不条理な味わいが印象的だ。

 ハリー・ハリスン「異星の十字架」は、唯物論的でイノセントな種族が暮らす惑星へキリスト教を布教すべく神父がやってくる。皮肉で残酷な一篇。

 ゴードン・R・ディクスン「ジャン・デュプレ」は、入植者である人間と現住種族のヒューマノイドとの泥沼のような戦いのなかで、生まれ育ってきたひとりの少年の物語。ヘヴィな戦争SFとして進行するが、バックボーンに文化人類学な視点があり、物語にきわめて苦い深味をもたらしている。

 キース・ローマー「総花的解決」は、うってかわって軽妙なユーモアが楽しい。ローマーが長く書きつづけた《レティーフ》シリーズの一篇だ。角突き合いをしているふたつの異星種族のあいだに入って、地球の外交官レティーフが計略をめぐらす。

 巻末に収められたジェイムズ・ブリッシュ「表面張力」は、このアンソロジーの白眉。水の惑星に播種された種族の物語だ。彼らは遺伝子こそ人類に由来するが、身体的には環境に適応するよう調整され、淡水中で微生物と競合する生態を営む。そして、まったく白紙の状態で歴史を歩みはじめる。水面下に限定された世界観が高精彩で描写される前半も素晴らしいが、長い時間を経るうち、彼らの視野が大きく広がり、ついに外の世界へと至る後半部が感動的だ。

(牧眞司)

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