地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

遠浅の海に、雲や夕焼けが映り込む“天空の鏡“と呼ばれる光景がInstagramで話題になり、年間50万人が訪れるようになった香川県三豊市の父母ヶ浜。実際に足を運ぶと、広々した海岸はほんとうに美しかった。一気に増えた観光客を受け入れる体制を整えようと、地元の民間企業11社が集まり、共同出資で新たな宿をつくることになる。ところがこの共同出資のしくみはそれにとどまらず、交通や教育、不動産などまちのベーシックインフラを整える新たなかたちになっていく。

新しいしくみの起点になった宿

2021年1月、香川県三豊市の荘内半島には絶景の海を目の前に、一棟貸しの宿がオープンした。三豊市は香川のなかでも西側、北は瀬戸内海に面し、南は讃岐山脈で徳島県と接する、人口6万人の市。北西に突き出た荘内半島の海岸沿いに、張り付くようにして立つヴィラ風の建物がそうだ。

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海が見える。日に2度の引き潮の時間だけ、砂の道が現れ、無人島・丸山島に渡ることができる。

荘内半島の海岸に立つURASHIMA VILLAGE(撮影/Fizm藤岡優)

荘内半島の海岸に立つURASHIMA VILLAGE(撮影/Fizm藤岡優)

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海と、一日に二度だけ引き潮の時につながる丸山島と浦島神社が見える(撮影/Fizm藤岡優)

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海と、一日に二度だけ引き潮の時につながる丸山島と浦島神社が見える(撮影/Fizm藤岡優)

このプロジェクトは、ただ地域に新しいホテルができたというだけにとどまらない、さまざまな意味をもっている。

一つは、外資や他地域の資本による開発ではなく、地元の企業が域内で仕事を生み出す座組が組まれたこと。宿を建てる土地探しに始まり、建築設計、施工、建材の調達。また宿の運用が始まってからの、リネンクリーニング、飲食、交通などさまざまな関連事業が地域内でまかなわれ、域内循環し始めている。そして、こうした民間企業による共同出資のかたち、座組が、観光だけでなく、交通、生涯教育、不動産……と、暮らしのインフラづくりにまで発展しつつあることだ。

同じ田舎でも、インフラが整っているまちとそうでない場所の、住みやすさの差はこれからますます開いていくだろう。現地を取材して、そんな思いを強くした。

Instagramで話題になり、年間50万人が訪れるようになった香川県三豊市の父母ヶ浜(撮影/Fizm藤岡優)

Instagramで話題になり、年間50万人が訪れるようになった香川県三豊市の父母ヶ浜(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEができるまで

その場にいた人たちが、後から「あの飲み会がきっかけだった」という場がある。振り返ると、あれが起点だったと誰もが口をそろえるような。

宿「URASHIMA VILLAGE」の構想が生まれたのもそうした飲み会が始まりだった。

このプロジェクトを事務局としての役割で進めてきたのは、宿泊施設「UDON HOUSE」のオーナーで、人材受け入れのレジデンスなども立ち上げてきた瀬戸内ワークスの原田佳南子さんと、東京からたびたび通ってきていた地域プロデューサーの古田秘馬(ひま)さんだった。二人とも初めは東京から通いで三豊に関わり、現在は三豊に住んでいる。

原田佳南子さん(撮影/Fizm加藤真由)

原田佳南子さん(撮影/Fizm加藤真由)

「飲み会は本当にただの飲み会です(笑)。秘馬さんがこちらへ来るたびに、いろんな方に声をかけて、UDON HOUSEで宴会をしていました。地域のキーマンが集まって、それぞれのやりたいことや事業の課題についてなど話す場で、未来の話にもなって。

父母ヶ浜に人が集まり始めていたのがちょうど同じころ。宿があるといいねというのを、皆さん共通認識としてお持ちでした。

大規模なホテルとなると、地域外の資本に頼って開発されるのが一般的ですが、それは好ましくない。一社では規模的に負担が大きすぎるなら、みんなでやりましょうという話になったんです」

SNSで父母ヶ浜が話題になったものの、宿泊施設が地元にないために、訪れる人の多くは高松など別の場所に泊まり、三豊は経済効果を享受できていない状況が続いていた。

出資者の一人であり、この会にも参加していた金丸工務店の代表、藤田薫社長はこう話す。

「宿泊施設があるといいねというのは、地元の多くの人がもっていた課題感だったと思います。うちは工務店ですが、空いている施設で宿泊施設を始めようと検討していたほどで。でも、宿の運用はしたことがないしノウハウもない。躊躇していたところ、みんなで一緒に宿やろうかという話が飲み会の場で生まれて。いいですね、いいですねって話になったんです」

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

地域内に仕事が生まれ、お金を生み続ける「域内経済循環」

集まっていた中には、地元のスーパーや工務店、建材屋、バス会社、宿泊業などさまざまな事業者がいた。偶然か必然かはわからないが、藤田さんいわく
「それぞれ、前向きに面白いことをいろいろやってらっしゃる会社だった」という。

結果、11社が一社あたり一口500万円ずつを出資し、2019年に「瀬戸内ビレッジ株式会社」を設立することになる。

「飲み会の翌日にはもう、出資候補の会社の名前が入った企画書ができていました。秘馬さんは皆に『出資するって言いましたよね?』と送って。でもみんな一度賛同していることだから悪い気はしないわけです。役員会を通すのでデータくださいと具体的な話になっていって。ああ、新しい事業ってこうやって生まれていくのかと思いました」(原田さん)

バス会社、建設会社が2社、建材兼不動産を営む会社、タクシー会社、レンタカー会社、スーパー、自然エネルギー、宿泊業など、市内および近隣の会社が集った。
集まった5500万円で足りない分は銀行から融資を受け、1.5億円をかけてURASHIMA VILLAGEを建設した。

大きなポイントは、関わっている11社すべてが、宿の建設設計や使う建材に始まり、ホテルの運用が始まった後も、本業として関わることのできる事業者ばかりという点だ。

「何かしらこの宿に貢献できる本業をお持ちであることが出資の条件になりました。土地を探したのは、喜田建材の不動産部門。設計・建設施工は金丸工務店。

いま、宿の運営に携わっているリネンのクリーニングは、地域で100年続く木材加工会社、モクラスが新規事業として引き受け、食事を提供してくださっているのも地元のショッピングストア今川です」(原田さん)

(撮影/Fizm加藤真由)

(撮影/Fizm加藤真由)

「瀬戸内ビレッジ株式会社」には代表以外正社員はおらず、部屋の清掃だけアルバイトを雇っているが、それ以外の仕事はすべて株主に発注しているという。

しかし500万円といえば、それなりの大金だ。ビジネス的な勝算があるなど、よほどの説得力がなければ、企業として出資は難しいのではないか。しかも11社も頭があると、思うようにいかなかった時の方針決めなどもフットワークが重くなりそうだ。
金丸工務店の藤田さんは言う。

「うちも最終判断を下すには時間がかかりました。でも逆をいえばリスクは出す分だけです。それぞれに、その後仕事としてかえってくるというメリットもありました」

出資者の中には同業者同士もいる。競合と手を組むことに躊躇はなかったのだろうか。

「普段からお付き合いのある会社ばかりで、敵対している関係の会社は一社もありません。皆さん前向きでね。うちより大きい建設系の会社もあるので実際に建物を建てるのは別の会社がやるのかなと思っていたら、皆さんすでに決まっている仕事で手いっぱいだったのか、うちに任せるわって言ってくださって。任されてもかえって責任重大なのでプレッシャーで。そこが不安ではありましたね。

でも結果として、あの建物を建てたことで、ウッドデザイン賞(※)などたくさん賞もいただきましたし、続々とほかの仕事につながりました」(藤田さん)

※木の良さや価値を再発見できる製品や取組について、特に優れたものを消費者目線で評価し、表彰する顕彰制度

ウッドデザイン賞受賞を祝う会の様子。写真手前中央が藤田さん(提供/藤田さん)

ウッドデザイン賞受賞を祝う会の様子。写真手前中央が藤田さん(提供/藤田さん)

11社のうちコミットの仕方は会社によって濃淡がある。だがそれぞれができる仕事を担うことで、地域の事業者間でお金がまわる。レンタカーやタクシー、バス会社など交通系の会社にとっても、移動手段を売るだけでなく、行き先のロケーションを持つことになる。

宿の反響はどうかといえば、オープンしたのがコロナ禍の真只中だったにもかかわらず、一棟貸しの3棟という形態から、かえって家族などの集まりや旅行に使われることになり、稼働率は順調に推移してきた。2023年の夏、7月8月は稼働率が9割を超えている。
4年目からは、金額は大きくないが、出資社に配当も出るようになった。

3棟あり、それぞれが一棟貸し。すべての棟から海が見える。宿泊棟「timeless 時」(撮影/Fizm藤岡優)

3棟あり、それぞれが一棟貸し。すべての棟から海が見える。宿泊棟「timeless 時」(撮影/Fizm藤岡優)

宿泊棟「visionary 幻」の寝室(撮影/Fizm藤岡優)

宿泊棟「visionary 幻」の寝室(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEがもたらした、一番大きなもの。地域が変わった

地方の片田舎に新しい宿を建設して、経営していく。それだけでもリスクを伴うように見えるけれど、加えて11社を巻き込むことへの怖さはなかったのだろうか。
共同出資会社、瀬戸内ビレッジの代表に就いた、古田秘馬さんに聞いた。

「あの立地や環境に加えて、集まった11名をみても成功するイメージしか湧かなかったですよね。周りも応援するだろうし、話題になる。

でも重要なポイントは、宿泊事業の売上だけじゃなくて、各事業者さんの事業につながっていることです。単純な投資と配当の形ではなくて、皆さんの事業を生み出すためのしくみですよねって話です。それぞれスーパーに飲食をお願いするとか、ショールームが欲しいなどのもともとあった要望を叶えたり、新しく事業を始めたところもある。

誤解しないでいただきたいのは、一点突破でこの宿さえ当たればまちが活性化する!みたいな博打をしているわけではなくてね。大成功するかはわからないけど、失敗しない方法をきちんと仕込んでおく。

でもお金だけじゃないよねと。みんなでやりたいよねとか、まちのブランディングにつながったねとか。一粒で5個も6個も美味しいって準備をしていく」

古田秘馬さん。地元スーパー今川の、今川宗一郎さんの似顔絵入りのTシャツで(撮影/Fizm藤岡優)

古田秘馬さん。地元スーパー今川の、今川宗一郎さんの似顔絵入りのTシャツで(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEの成功が、この共同出資のしくみをほかの分野へ転用する動きにもつながっていく。

「URASHIMA VILLAGEの効果として一番大きかったのは、『自分たちでやるものだ』というマインドセットが地域にできたことだと思うんです。

たとえば、父母ヶ浜に今は、スーパー今川の宗一郎がやっている『宗一郎珈琲』がありますが、スターバックスなどの有名店が出店するほうが経済効果は大きいし、楽なんですよね。でも経済はうるおっても、外の資本がまわっているだけで、自分たちで新しいものを生み出そうとする力や動きがなくなってしまう。スタバができたら次は◯◯というふうに、既存の店を呼ぶだけでどこも同じような街になって、まちのオーナーシップが自分たちの手からなくなってしまう。だから外の大企業がいなくなった時に地域が疲弊するんです。

まちの側でオーナーシップをもって、ここにしかない、オリジナリティのあるものをつくっていったほうがいい」

三豊では新しく、耕作放棄地を利活用した農業のプロジェクトも始まっている(撮影/Fizm藤岡優)

三豊では新しく、耕作放棄地を利活用した農業のプロジェクトも始まっている(撮影/Fizm藤岡優)

共同出資の座組を、教育と交通に応用。「暮らしの大学」「暮らしの交通」

面白いのは、URASHIMA VILLAGEがうまくいったことで、三豊ではこうした「地域の民間企業による共同出資」の形で、暮らしのインフラを整える動きが始まっていることだ。

交通、生涯教育、不動産……といった分野でも、地元の企業が出資しあい、どんな形のサービスがまちに必要か?を検討し、実証実験する取り組みが次々に始まっている。

古田さんは言う。

「誤解を恐れずに言えば、第2の行政的なものを目指しています。いま行政はセイフティネットにあたる、全ての人をすくうための施策を行っていて、それはそれですごく大事。必要です。ただ、たとえば義務教育以外にも、大人になっても学べる場があるといいよねとか、コミュニティバスはあるけど早く移動したいとき別の手段もあるといいよねと。違ったレイヤーに、生活を豊かにするインフラサービスを充実させていこうと」

都会であれば学ぶ場はいくらでもあるし、タクシーのサービスがなくなることは考えにくい。ただ地方ではそもそも享受できないサービスも多く、いまある事業もどんどんなくなっている。そこを地域で支え合いながら充実させていこうとする試みである。

たとえば「瀬戸内暮らしの大学」。生涯教育を提供している市民大学で、やはり地域内外、18の企業や個人が出資をする形で2022年6月に開校した。

校舎として場所を提供したのは、株主でもある地元のタクシー会社。もと営業所だった建物を、暮らしの大学の校舎としてリノベーションした。その設計施工を行ったのも株主の一社だ。

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

一般会員は月1万2000円ですべてのクラスを受講できる。月2万円の法人会員枠もあり、地域内の小中高校生は無料。ビジネス系のクラスもあれば、DIYなどライフスタイル系のクラスもある。法人会員や出資会社は、社員教育の場としてここを活用できる。

「暮らしの交通」お年寄りのためのコンシェルジュ機能も見据えて

2022年9月には、地元のタクシー会社3社が中心になって、関連企業を含む計12社が出資者となり「暮らしの交通株式会社」も誕生した。

「mobi」という「エリア定額乗り放題の相乗りサービス」を利用して、新たな移動サービスが始まっている。

アプリや電話で簡単に車を呼ぶことができ、半径約2km内を、出発地から目的地へと効率よいルートを探り送迎してくれる。相乗りになることもあるが、限りなくタクシーに近いサービスである。学生の通学、高齢者の通院や飲酒後の移動に、活用されている。

社長を担うのは、20代の田島颯さんだ。

田島颯さん。探究学習の普及や教員研修のために三豊に移住。交通による教育格差を感じていたことから、代表に就任(撮影/Fizm加藤真由)

田島颯さん。探究学習の普及や教員研修のために三豊に移住。交通による教育格差を感じていたことから、代表に就任(撮影/Fizm加藤真由)

「自分はもともと教育関係の仕事で三豊に来ました。共働き世帯が増えて、親が送迎しないと教育にアクセスできないといった移動格差が、教育格差につながり始めている。親が送迎できなければ、習い事にも行けない。コミュニティバスもあるけれど縮小傾向ですし、本数が少なくて不便だったり、学生が大勢乗ることでお年寄りが乗れなくなったりという弊害もあります」

一般会員は30日で6000円、学割会員は3000円。月額制のほかに、単発でも乗車できる「ワンタイム乗車」が500円。観光客などに利用されている。

アプリを使うため、いまは高専の学生の利用率がもっとも高い。それによって従来はタクシーは使用していなかった新たな層の発掘にもなっている。さらにこの後、高齢者の利用も増やしていくために、「御用聞き」などのコンシェルジュサービスをセットで始める予定だ。

一見すると既存のタクシーの競合になるサービス。日本でライドシェアなどのサービスがなかなか進まない背景には、既存の交通会社の反対がある。なぜ、三豊では地元のタクシー会社がこうした動きに参画しているのだろう?

「三豊ではドライバーの数が足りなくて、持っている車両の3分の1も動かせていないのが現実です。高齢化でドライバーの数が足りない。稼働できる時間も限られるんですね。

結果、売上としてしんどくなっていて、コミュニティバスの運行委託などでかろうじて成り立っていますが、コミュニティバス自体も縮小傾向にあります。

その危機感を、皆さん自身が感じていて、半分怖いけど、生き延びていくためにも変化しないといけないと強く思っていらっしゃったところから、始まった取り組みだと思います」

まちで配られている「mobi」のパンフレット(撮影/筆者)

まちで配られている「mobi」のパンフレット(撮影/筆者)

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「くらしの不動産」住民も出資できるファンドを

さらに共同出資のしくみを発展させて、住民からも出資できるようにして、よりまちを能動的に動かしていくファンドづくりも始まっている。

URASHIMA VILLAGEの出資者の一社でもある喜田建材は、地元に100年以上続く老舗企業。建材以外にも、自社ショールームの1階で雑貨のセレクトショップを運営し、不動産業も手がけ、リノベした空き家でショールーム兼ゲストハウスを何軒も運営していたり。なんとラーメン屋まで営業している稀有な企業である。

ここで不動産部門の担当をする島田真吾さんが話を聞かせてくれた。

「うちの営業先は工務店なので、工務店が受注をとれないと建材が売れない。工務店の受注がどうしたら増えるか?をヒアリングした結果、家を建てる土地が決まらないということだったんです。それなら僕らが不動産屋をやって、土地を探してくれば工務店も受注が取れるし、家も建てられる。その先で建材も売れるよねと」

喜田建材で不動産部門の担当をする島田真吾さん(撮影/Fizm加藤真由)

喜田建材で不動産部門の担当をする島田真吾さん(撮影/Fizm加藤真由)

不動産の担当になった島田さんは、その足で地元をまわり、耕作放棄地や空き家のある場所をマッピングしていった。地図はピンで真っ赤になった。

「これだけ空き家や空き地があるのに、ほかの不動産会社が扱わないのは、土地も家も安いので、仲介手数料が少ないからです。業者として売上にならない。

そこで不動産が儲けられるしくみをつくろうと、リノベーション再販を始めました。空き家を買い取って、リノベして売るモデルです。すると、ボロボロだった築45年の古い物件が、想像できないくらい素敵な家に変化する。ボロボロの状態で売るより仲介手数料が上がるので、地域の不動産屋が積極的に流通するよう動くし、地域の空き家が減り、工務店さんの仕事は増え、建材も売れるといういい循環が生まれます。それでも、買う側からすると、新築より圧倒的にイニシャルコストもランニングコストも抑えられる」

リノベーション前の家。これが下の写真のように変化する(提供/喜田建材)

リノベーション前の家。これが下の写真のように変化する(提供/喜田建材)

リノベーション後。リノベーション前はなかなか売れなかった物件が、元値の20倍近い金額で発売から2日で売れたりする(提供/喜田建材)

リノベーション後。リノベーション前はなかなか売れなかった物件が、元値の20倍近い金額で発売から2日で売れたりする(提供/喜田建材)

仮に、100万円で買った物件が2000万円で売れるとなれば、取り扱う不動産会社も増えるだろう。

ただし、こうした物件を、一不動産会社が自社物件として購入し、売るのは、リスクもある上に、数が広がりにくい。そこで、いま進めているのが「ファンド」を活用した、空き家のリノベーションである。

地域ローカルファンドとして、「つくるファンド」「育てるファンド」「持続させるファンド」の3つのファンドを用意した。

(1)
「つくるファンド」は、ひらたくいえば、地域に住む人が増えるよう、住居を増やすためのファンドである。地域住民や地元の企業などが出資し、ファンドで空き家を買い取ってリノベーションして販売する。売れれば、その利幅を出資者で分配する。
ポイントは、一社のみでリスクを負わないで済む点。仮に100万円で買った物件が、2000万円で売れるとなれば(100%そううまくはいかないだろうが)、出資する人も増えそうだ。

(2)
次に、家を増やしても、その地域自体が魅力的でなければ住む人が増えないため、地域に魅力的な事業(店)を増やすのが、「育てるファンド」。シェアアトリエをつくりたい、民泊、カフェを始めたいといった人がスタートアップしやすくする。ファンドでリノベーションした家を起業者が借りることで、イニシャルコストを抑えられる。たとえばパン屋、焼き鳥屋、居酒屋……など、「この地域にこんな店がほしい」と思う住民が応援の意味もこめて出資する。

(3)
最後に、「持続させるためのファンド」。ある企業が何億円かの投資をして事業を始めた場合、借金を完済するまでは、次の事業に手を出しにくい。そこで、最初に投資した不動産の所有権だけをファンドに売却するという方法だ。

3つのファンドの目的と区別(提供/喜田建材)

3つのファンドの目的と区別(提供/喜田建材)

3つのファンドと地域の関係者を表した図式(提供/喜田建材)

3つのファンドと地域の関係者を表した図式(提供/喜田建材)

URASHIMA VILLAGEのようなケースも、所有権だけがファンドに移り、これまでの運営チームは、ファンドから賃貸で物件を借りて運営する形になる。実質の運営はこれまでと変わらないが、ファンドに不動産の所有権だけを買ってもらうことで銀行への返済が済み、次の事業に手を出しやすくなる。

実際に、「つくるファンド」はすでに動き始めており、一棟を買い取って、2023年11月から改修が始まっている。「育てるファンド」も事業者が決まり、2024年にはスタート予定。

「『持続させるファンド』は何億円という規模になるので、大企業が地方に出資するような形を想定しています。いまは地方に視察にきて、いいですねという話にはなっても、それ以上関わるしくみがないんですよね。

一口5万円で投資できますというアクションにつなげられれば、今までは関係人口で終わっていたところが、「株主人口」として、もっと深い関係性を地域とつくることができるようになります」(島田さん)

(撮影/Fizm加藤真由)

(撮影/Fizm加藤真由)

こうしたファンドの取り組みは、まだ始まったばかりだけれど、クラウドファンディングをリアルかつ地域密着で行うようなものだ。住民にとっても「暮らすまちをより住みやすくする」ための出資と考えれば、大きな可能性を秘めているように思う。

喜田建材のこのファンドの話には、古田秘馬さんもブレインとして関わっている。より地域や自分たちの生活にかえってくるようなお金の使い方をしようという発想ですよね?と古田さんに問うと、こんな答えがかえってきた。

「まさにそうです。住民も『もっと地域に関わろうよ』っていう。それに、大企業や出入りしている人など、ふわっとした関係の人たちが株主として関わることで、よりしっかりした地域との関係になる。

いまは、どうしても資本を入れた大企業がオーナーシップをもつ形になってしまいます。でも本来、地域の側がオーナーシップをもってものごとを進めるのが一番いい。資本は入れてもらっても、自分たちで運営していくしくみをつくろうってことですね」(古田さん)

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

仁尾のスナック「ニュー新橋」とまちに関わる4つの階層の話

URASHIMA VILLAGEの取り組みを、地元の人たちがどんな温度感で見ているかというと、またちょっと違った視点もある。三豊市と一口にいっても、香川県内で3番目に人口の多い都市であり、高瀬町、山本町、三野町、豊中町、詫間町、仁尾町、財田町の旧7町が2006年に合併してできた市だ。
住民のアイデンティティは、市にあるというより、旧町にある人が多い。

出資者の一人である「スーパー今川」の今川宗一郎さんは、こう話す。

「URASHIMA VILLAGEに関わっているのは、地元でも名士と言われる、影響力のある企業の方々。地域では資本を持っている人たちが勝手にやっているという印象もあると思いますが、その役割の人たちだからできることで、それはそれで大切。

僕は、地域が変化していくために必要な4層があると思っていて。一番外側が観光客だとすると、その一つ内側が、外から関わってくれる秘馬さんや原田さんのような関係人口。そして一番内側に完全ローカル層の住民があるとしたら、内から二番目が重要なんじゃないかと。

地元の人間だけど、外の人とちゃんとコミュニケーションできる。そこを僕ら地域の若手が担えればと思っています。バリバリローカルの仲間とも話せるけど、秘馬さんや外の人たちと仕事の話やビジョンの話までちゃんと共有できる」

今川宗一郎さん(撮影/Fizm藤岡優)

今川宗一郎さん(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEの方法に影響を受けて、今川さんたちは、仁尾のローカルに、まったくメンバーの異なる地元の仲間数人と出資をしあい、「ニュー新橋」というカラオケパブを始めた。本記事の写真を撮っている藤岡優さんも、今川さんの仲間で、ニュー新橋の出資メンバーの一人である。

この店は「観光客のためというより、自分らで自分たちの暮らしを楽しくする」ことを目的にしていて、出資者自らシフト制で店に立つこともある。

ニュー新橋の様子。先述の田島さんも、移住してきてすぐこの店の常連になり、地域に打ち解ける入り口になったという。(撮影/Fizm藤岡優)

ニュー新橋の様子。先述の田島さんも、移住してきてすぐこの店の常連になり、地域に打ち解ける入り口になったという(撮影/Fizm藤岡優)

「僕らはもともとよく集まっては地域を何とかしなきゃと話していたけど、どう動いていいかわからなかった面もあって。いま振り返れば、泳ぎたいけどプールに入らずに本を買ってきて勉強しようみたいな温度感だったんだと思います。それを秘馬さんはまずは水に浸かれと。それで失敗しても、本当に失敗かどうかはその後次第だと。それを一番に教えてもらった」

スーパー今川は、旧仁尾町の地元民にすれば、生活になくてはならないスーパーだ。その後継ぎの今川さんが、URASHIMA VILLAGEにも参画し、自ら別会社で「宗一郎珈琲」を始め、同時に仁尾の街中の通りを商店街として再生させようとしていることは、三豊市という大きな単位でなく、仁尾町という小さな単位の“地域”からみても、大きな意味をもっている。

地域の企業、住民が、自らの暮らしのなかで何を大切にして、しくみを確立し、暮らしていくのか。新しい試みが、すでに始まっている。

●取材協力
URASHIMA VILLAGE
金丸工務店
「瀬戸内暮らしの大学」
「暮らしの交通」
喜田建材「暮らしの不動産」
スーパーいまがわ

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