幕末から近現代まで、食の流行をたどれば時代の変化や社会情勢が見えてくる
「食」が私たちにおよぼす影響はとても大きいものです。個人の生活だけではなく、ときには社会情勢や政治体制にまで結びつくことすらあります。ということは、そのときそのときの食の流行をたどれば、当時のさまざまな状況も見えてくるのでは……? こうした食の文化を、背景にある社会と照らし合わせながら伝えるのが阿古真理さんによる書籍『おいしい食の流行史』です。
全部で13章からなる同書。第1章から第8章までは、幕末の開国期から20世紀の終わりにかけて、洋食や家庭料理といったテーマとともにそれぞれの時代の食トレンドを解説。第9章から第13章では、平成以降の食の流行の移り変わりがテーマごとに紹介されています。
たとえば、第2章のテーマになっている「パン」。パンは明治時代に開国してから入ってきた食品で、最初は日本にいる外国人目当てにパン屋が開かれたそうです。その後、日本人向けに作られたのが、まんじゅうをヒントにした「あんパン」。さらにはジャムパン、クリームパン、昭和に入ると初の総菜パンとなるカレーパンなど、次々に庶民向けのパンが誕生しました。ただし、メロンパンはどこの誰が開発したか発祥が定かではないというから興味深いですね。これほどまでに日本でパンが発展した背景について、「戦前の誕生史をひもといていくと、異質な西洋文化を何とか受け入れて自分たちの生活に取り込んでいった、先人たちの苦闘の歴史が浮かび上がる」(同署より)と著者は記します。
さて、同書で注目したいのが、女性の社会進出と食の関係についても触れられている点です。日本でいわゆる”主婦”が圧倒的に増えたのは第二次世界大戦後。戦前はサラリーマンが労働者の1割にも満たなかったため、主婦になれる女性も限られていたのだとか。しかし戦後、産業の急速な発展とともに日本は一気にサラリーマン社会に。高度経済成長期には、夫が稼ぎ、妻が家事や育児の責任を担うという性別役割分担が基本となりました。著者は戦後の家庭料理のトレンドやキッチン事情などを紹介しつつ、こう考察します。
「この頃から、食のトレンドには、女性が果たす役割が大きくなっていきます。女性たちは、家事の担い手として期待される一方、自分自身が人生の主役となって仕事などで活躍する、あるいは必要に迫られて家計の一端を担うなど、いくつもの役割が期待され、また自分自身も求めるようになり、葛藤していく」(同書より)
特に専業主婦だった女性が自己実現欲求を叶えるひとつとなったのが「家事や子育てに力を入れること」であり、「料理はその中でも成果が見えやすい分野の一つ」(同書より)でした。しかし今、こうした主婦業メインだった母親の背中を見てきた女性たちのなかには、家事や子育てと仕事をどう両立するかというロールモデルが存在せずに悩んでしまう人も多いものです。このあたりは今後まだまだ議論され、模索が続く問題かもしれません。いずれにせよ、主婦が家庭の食事を担ってきた日本において、「食」は女性の問題とも密接に関係していることがわかります。
このほか、1980年代のエスニック料理ブームや平成のスイーツブーム、日本での韓国料理史、「食ドラマ」の変遷などについても取り上げている同書。「食」を切り口に日本の近現代史を横断する、他にはないユニークな一冊と言えるでしょう。
[文・鷺ノ宮やよい]
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