『VORTEX ヴォルテックス』ギャスパー・ノエ監督インタビュー「私の実体験を元に描いた、教育的な映画だと思っているよ」

『カノン』や『アレックス』等、暴力とセックスに彩られたセンセーショナルな作品で知られるギャスパー・ノエ監督の最新作は認知症を患う妻と心臓病を抱える夫という老夫婦を描いた『VORTEX ヴォルテックス』。これまでの作品とは打って変わり、スプリットスクリーンの手法を使い、静かに淡々と老いを描いた物語は、誰しもが一歩ずつ死に向かって行くという事実を残酷なまでに突きつける。

夫役を演じたのはホラー映画の帝王、ダリオ・アルジェント。妻役を演じたのは『ママと娼婦』の娼婦役で衝撃的な映画デビューを飾ったフランソワーズ・ルブラン。事実だからこそ何よりも怖いテーマを描き切り、新境地を見せたギャスパー・ノエ監督のインタビューをお届けします。

──『VORTEX ヴォルテックス』素晴らしかったです。

ありがとうございますね。涙は出ましたか?

──じんわりとした気持ちになりました。

特にどのシーンが良かったですか?

──夫婦の結びつきの強さが余韻としてすごく残りました。

そうでしたか。生きていた頃の写真がどんどん映し出されていくシーンで泣く人が多いみたいですね。私の場合は、お孫さんが車のおもちゃをテーブルに叩きつけたらフランソワーズさんが演じる妻が自然と泣いてしまって、「なんで泣いてるの?」と聞くと「わからないけど泣きたくなった」と答えるシーンが妙に泣けました。

──わかります。冒頭の「心臓より先に脳が壊れるすべての人へ」というメッセージが強烈です。監督は体と脳、どちらが先に死ぬ方が幸福だと考えていますか?

おそらく99%の人は先に体が亡くなることを願っているのではないでしょうか。映画の中で描いている妻の認知症はたまに混乱してしまうというレベルのものですが、同じく認知症を患っていた私の母の場合はもっと暴力的で、なおかつその状態がずっと続いているっていう状態でした。「夫や子供に殺される」という誇大妄想に悩まされていました。脳が常に興奮状態で、本人だけでなく周りの人も眠れない状態だったんです。だから、世話をするのが大変でしたね。私が『CLIMAX クライマックス』で描いたようなクレイジーな状況が数ヶ月間続いたのち、亡くなりました。『VORTEX ヴォルテックス』はそこまでのレベルではないソフトな認知症を描いています。

──お母さまの状態よりソフトな認知症を描いたのはどんな意図があったんですか?

老いや死を取り上げる上でいくらでもショッキングに描くことはできましたが、今作はクラシカルな映画にしたかったので少し抑えました。人間は生きてる間は精神的なことを語ることが多いですが、亡くなる直前は肉体や精神が機能しなくなる、あるいは分解されます。最後は何も残らず消えてしまうという形で死を表現したかったんです。私が突然脳出血で倒れた時、生き残る確率は5割で、後遺症が残る確率が35%、健康な状態で復帰できる確率は15%だと言われました。例えば後遺症が残ったりハンディキャップを負ってしまった場合、どうしても周囲に負担がかかります。そうならないように生きたいと思い、病気から復帰してからは健全な生活を心がけています。

──『VORTEX ヴォルテックス』は希望と絶望どちらを描いた映画だと思いますか?

希望を与えようとも絶望を与えようとも思っていません。私の実体験を元に、「こういう物事が起きることがあるんだよ」ということを描いた教育的な映画だと思っています。ある日突然親が認知症になったとして、みんなそれに対して心の準備ができてないと思うんです。でも、それは誰にでも起こり得ることです。

──血の繋がりのない二人が生涯を添い遂げるという夫婦という関係性の特殊さを改めて感じました。それについてどう考えていますか?

私の両親は50年間ずっと一緒に暮らしていました。私はそういう長きにわたるラブストーリーは好きです。母の最期は辛いところがありましたが、何も問題を抱えていない夫婦はいないと思いますし、母の病気により夫婦の絆は深まったことは感動的だと思いました。遺伝子コードには夫婦間で忠誠を誓うということは刻まれていないと思っていて、でも50年間も一緒に暮らせるということは、人間にはそれができるということ。そこが素晴らしいと思っています。

──共に老いた夫婦の生活は、支え合っている面もあれば、足を引っ張り合っている面もあると感じましたが、それは今おっしゃったことに繋がると思いますか?

夫に愛人がいて浮気をしているという設定は当初ありませんでした。ダリオ・アルジェントに「あなたが演じるのだから、あなたの作り上げた人物像でお願いしたい」と言ったら、「奥さんが認知症なら恋人がいてもおかしくないよね」と言われて、「じゃあ誰を恋人役にしようか」という話になり、衣裳係の方に演じてもらうことになりました(笑)。夫は妻に隠れて家の中で愛人に電話をしていますが、どんな家族にも秘密はあります。愛人の存在のおかげで映画に良いスパイスが加わり、より重層的な作品になったと思っています。

──監督が本作で描かれている「誰もが老いて死に向かう」という残酷さを意識したのはいつだったんでしょう?

死ぬことは自然なプロセスなので「怖い」という感覚はありません。私の祖父母が亡くなった時は遺体を見る機会はありませんでしたが、母は私の腕の中で亡くなりました。生から死への移行をまざまざと体験したんですよね。私は死後の世界や生まれ変わりを全く信じていません。例えば「病気になりたくない」とか「災害が起きてほしくない」といった恐怖を感じるのは、それが起きると痛みや苦しみを感じるからで、生きているからこそ恐怖を感じるんだと思います。死というのはそういった恐怖からの解放でもあるので、精神の解放とも言えます。だから私は死を恐れていません。日本では、がん治療の一種に緩和ケアがありますよね。フランスの場合、モルヒネやケタミンといった一種の麻薬を投薬するので、亡くなる前にサイケデリックな感覚を覚え、ハッピーな気分で亡くなっていく人も多いんです。

【取材・執筆】小松香里
編集者。音楽・映画・アート等。ご連絡はDMまたは komkaori@gmail~ まで
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『VORTEX ヴォルテックス』
監督・脚本:ギャスパー・ノエ
キャスト:ダリオ・アルジェント、フランソワーズ・ルブラン、アレックス・ルッツ
2021年╱フランス╱フランス語、イタリア語/148分/カラー/スコープサイズ╱5.1ch╱原題:VORTEX/字幕翻訳:横井和子
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

●提供:キングレコード、シンカ 配給:シンカ
●公式HP URL:https://synca.jp/vortex-movie/
●公式X:@vortexmovie_jp
#ヴォルテックス #VORTEX
■本予告:https://youtu.be/wjh8WnczXnE

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