恐竜と蟻の互恵的共生と殲滅的戦争~劉慈欣『白亜紀往事』
《三体》シリーズが爆発的にヒットし、名実ともに世界のSFシーンを牽引する存在となった劉慈欣。本書は、彼がブレークする前の2004年に発表された、短めの長篇である。
人類があらわれるより遙か以前に台頭した、二種類の知性のもつれにもつれた運命が描かれる。ひとつは恐竜であり、もうひとつは蟻だ。どちらも単体では知性を文明にまで昇華させる力はなかった。恐竜には器用な前肢がなく、原始的な工具以上のものは操れない。いっぽう、蟻は集団でこそ知性が生じるが、その知性は融通がきかない創造性に欠けるものだった。
しかし、この二種類の知性は、偶然にも互恵的な共生関係を結び、支えあうようにそれぞれの文明をかたちづくっていく。最初は蟻が恐竜の歯を掃除し、恐竜があまった食物を蟻に提供するという程度だったものが、やがて高度な医療、文字による意思疎通、情報の記録、蒸気機関の発明、輸送技術の進歩……と発展。恐竜も蟻も、それぞれの巨大帝国を打ち立てる。
互恵関係に亀裂が生じたのは、宗教論争だった。神はどのような御姿をしているか? 恐竜は恐竜の具象、蟻は蟻の具象を主張し、一歩も譲らなかった。この論争が、第一次竜蟻戦争をもたらしてしまう。恐竜は恐竜の武器と戦略、蟻は蟻の武器と戦略で相手を叩きのめそうと試み、互いに多大の犠牲をはらうことになる。
繰り返される戦争、それを挟んでの文明と社会の高度化、科学技術の暴走的とも言える飛躍……。恐竜と蟻の栄枯盛衰は、人類社会の風刺のような部分も多く、そこは寓話的味わいとして楽しめる。しかし、知性と文明をめぐるテーマは、あくまで恐竜と蟻、それぞれの生物としてのありように立脚する。そのあたりはさすが劉慈欣だ。
また、恐竜と蟻との戦争(和平交渉も含めて)の描きかた、とくに超兵器のディテールと悪魔のごときゲーム理論は、『三体』に通じるものがある。コンパクトにまとまっているのも嬉しい。
(牧眞司)
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