ブギウギ第8週振り返り:「六郎の出征」「ツヤの死」「スズ子の熱唱」…… 説明過多と説明不足が目立った?

20日から始まった『ブギウギ』第8週が終わった。六郎(黒崎煌代)の出征と母・ツヤ(水川あさみ)の死、そしてスズ子(趣里)の成長が描かれた。

出征できる喜びに満ち溢れていたはずの六郎も、やはり死の恐怖におびえていた。スズ子はそんな“弟”を慈愛を込めて抱き締めながら、翌朝見送る。そこへ舞い込んだツヤの危篤の知らせ。だがスズ子は舞台に立つことを決め、悲しみを微塵も感じさせない熱唱ぶりを見せる。
 
その後、ツヤのもとに駆け付けたスズ子は、その枕元で涙ながらに『恋はやさし野辺の花よ』を歌い上げるのだった。そしてツヤ亡き今、梅吉(柳葉敏郎)は“はな湯”をゴンベエ(宇野祥平)と光子(本上まなみ)に任せて、スズ子ともに東京で暮らすことになる。

ネットでは、
・「死にとうない」とスズ子にすがりついてきた六郎。 なんだかんだ言っても、かわいい年下の男の子なんだな‼️
・あさみちゃんのツヤさん….涙いっぱいの笑顔でスズ子の歌聴いてるとこ涙止まらんかった..
・ブギウギ一気見しておうおう泣いた。最後のごんべーさんのくだりあまりにもご都合主義で爆笑

といった声が寄せられている。

窮地に立った“はな湯”に光子が、ゴンベエを訪ねて来てのは確かにタイミングが良すぎる。

また今回、個人的に言うと、全ての出来事を「描きすぎ」な気がする。それが如実に出ていたのが、22日放送の第38話でスズ子が、母が危篤状態にあることを梅丸楽劇団(UGD)に伝えるシーン。

これに対して演出家・竹田(野田晋市)が「酷なようですが舞台を生業にしている者は、親の死に目に会えないと思っていただきたいのですね。何よりお客様にとって福来君の代わりはいないと思うのですね」と説得している。

一方、羽鳥善一(草彅剛)は「僕は帰ってもいいと思うけどね大阪に」としながらも、「家庭の事情は観客は知る由もない。ステージに立つ以上は関係がない」と訴えた。そして「自分の苦しい心持ちを味方にして“いつもより良い歌だ”なんて言われるぐらいじゃなきゃ僕は駄目だと思う」と主張。

それに心打たれたスズ子は「ワテ……残ります。歌わせてください」と決意。この後、舞台の袖からステージへと歩いていくシーンに切り替わるのだが、理想は、羽鳥の言葉があったら、シーン的にはスズ子は、すでに舞台の袖にいても良かった気がする。全てを描くから感動の振り幅がない。

ただツヤの危篤の知らせを聞き、下宿屋の女主人・チズ(ふせえり)から「(大阪に)帰ってあげな」と言われても、「せやけど舞台が」と言って梅丸に向かったはずのスズ子が、なぜ竹田から「親の死に目に会えないと思っていただきたい」と説得されているのかが分からない。すでにステージに立つ気持ちで梅丸に向かったのではないのだろうか? しかもスズ子は、すでにメイクもして衣装も着替えたままであった。ステージに立つ準備はしたものの、やはり逡巡していたため、相談したということだろうか。

史実はどうだったのか? こんな指摘を見つけた。

また史実でホントホント申し訳ないですけど
実際は帝劇に電報が届いてスタッフが実家に帰る段取りつけてくれたけど、笠置さんのほうからステージに穴開けられない(たまたま別のスターが入院中だったそうで)ステージに立ったほうが母が喜ぶと言ったと
もうホントまんまでいいのに

https://twitter.com/shinyamada2022/status/1727116520885772711

謎が解けた気がした。確かにどうして史実に沿う形にしなかったのだろうか。いずれにしても、同作に対する感動はまだ“さざ波”という感じで、物語に十分入り込めていないのが本音である。次週に期待したい。

(執筆者: genkanaketara)

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