「作ること」を丁寧に描き出す〜坂上暁仁『神田ごくら町職人ばなし』
マンガ雑誌で連載されている作品の1話目が、web上で読めるようになって久しい。「ためし読み」と呼ばれるそれは、書店で働いていた折、1巻の仕入数を決める時に重宝していた。一読者となった今では、自分の好みと合うかどうかを試す最初の機会になっている。
一方、理由はさまざまながら、1話目で読むのを止めてしまうこともある。私にとって実は本作がそうだった。「たぶん続きも面白い。でも先を読むのはまたでいいか」と。だが立ち寄った店頭で、友人の書店員から「今読むべき」と背中を押された。くわえて、手に取った本書のサイズはA5判。絵が大きく見える仕様で、表紙のカラーも浮世絵のような彩色が映えている。心が動いた。
物語は江戸時代の神田が舞台、手に職を持つ人々が主人公だ。桶屋に始まり刀鍛冶、紺屋(こうや)、畳刺し、左官といった職人が登場する。1話を除き、そのほとんどが女性だったのは意外だった。彼女たちのような活躍が実際にあったのかはわからないが、それぞれの職や場の描写はとてもリアルで目を見張る。
たとえば2話目の「刀鍛冶」では、冬の鍛刀場(たんとうじょう)が描かれる。ある雪の日、品川でさらし首にされた男は、往来の邪魔をしたという理由で侍に我が子を切られた親だった。彼は侍の刀を奪い取り、仇とばかりまっぷたつに切り裂いた──そうささやき合う鍛刀場の弟子たちの前に、刀匠が帰宅する。
本作では、「作ること」が物語の主軸を担っている。用語や使われる道具、人々の動きに作業の過程。それらを一から丁寧に描き出すことで、セリフやモノローグがなくとも、画面は何より雄弁となる。漂う緊張感が心地よい。
さて弟子たちは刀匠の指示通り、造鋼(つくりはがね)を熱して平らにし、鋼と柔鉄(なまかね)に分類していく。鍛錬が進むにつれ、ふだんとは異なる刀匠のふるまいに首をかしげる弟子たち。刀匠は真意を語らないが、その理由は後日推察されて──。
1994年生まれの著者は、2017年に『死に神』で第71回ちばてつや賞に入選した。本作は初連載で、初単行本。発売日には即重版が決まったというから、読者の期待と注目度の高さがうかがえる。連載開始は雑誌『コミック乱』で、現在は「トーチweb」にて掲載されている。
なお1巻に収録された話のうち「畳刺し」と、連作として描かれた「左官」もよかった。前者は畳を刺す針の音や、張り替えた後の畳の匂いまでもが、紙面から伝わってくるかのよう。手触りのある紙の本で読むのが、こんなにも合っていようとは。webで読んでいる時にはわからなかった。薦めてくれた友人に感謝したい。
(田中香織)
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