医師はどのように性同一性障害かどうかを診断しているのか聞いてみた / 診断書の発行「詐病を完全には見抜くことが出来ない」
もしトレイや浴場に「自分とは違う性の体を持つ人」が現れたら、あなたはどうするだろうか。世間では、性同一性障害を持つトランスジェンダーたちへの理解が進んでいるものの、「性的興奮のために性同一性障害だと偽ってトイレや浴場に入ってくる無法者がいるのではないか」という不安が頭に浮かぶ人もいるのではないだろうか。
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性同一性障害だと言いつつ女性にわいせつする男が逮捕
自分は性同一性障害だと偽り、「女性に興味がないふりをしてわいせつ行為をする男」が現れてもおかしくない。事実として「体は男性だが、心は女性」「自分は性同一性障害で女性の体に興味がない」と言いつつ、女性にわいせつ行為をした男性が逮捕されている。
悪意ある「偽りの性同一性障害」は、トランスジェンダーの人にとっても、ストレートな人にとっても、極めて迷惑な行為だ。
医師はどのように性同一性障害かどうかを診断しているのか?
そこで気になるのは、医師はどのように性同一性障害かどうかを診断しているのか? という点だ。性同一性障害の診断書も、どのような基準で発行しているのか?
今回は、20年以上の経験を持つX医師に性同一性障害の診断基準や診断書について話を聞いてみた。以下は、そのインタビューの要約である。
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精神科医に性同一性障害の診断書について聞いてみた
Q. 性同一性障害だと言っている患者が本当に女性か男性かを決める明確な判断基準は医師にあるのか
医師:「日本精神神経学会は性同一性障害の診断の手順についてのガイドラインを作成しています(編集部: 下に記載)。それによると、精神科医が本人や本人とかかわりの深い方の問診を行って、病歴の詳細を把握して、性別違和の程度を明らかにして、ジェンダー・アイデンティティの判定を行います。また、性別違和感の要因となる他の精神疾患や、利得を得るために性同一性障害を自称していないことを判断して、さらに、泌尿器科医や産婦人科医による身体的性別の判定を経ての診断確定となります。2人の精神科医の診断が一致することで診断が確定するとされており、本来は診断まで時間をかけて慎重に判断することが必要です。ただし、これは性同一性障害の治療がホルモン療法や手術療法を伴うことを前提としているからで、そういった治療を直ちには必要としてない場合にはより簡便に診断されていることもあるようです。また、いくらしっかりしたガイドラインやDSMやICDといった診断基準があっても、診断基準の解釈は医師の主観が入ってしまいますし、医師の経験や能力差が大きく反映されてしまいます。患者さんも診断基準を元に演じることは可能ですので、診断までに時間をかけない医師ですと簡単に診断が下されてしまう危険性はあります」
日本精神神経学会ガイドライン(一部抜粋・一部改)
性同一性障害に十分な理解と経験を持つ精神科医が診断にあたることが望ましい。
児童思春期例の診断には、児童思春期精神医学の専門家にも意見を求めることが望ましい。
2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する。
2人の精神科医の意見が一致しない場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察を受けその結果を改めて検討する。
<ジェンダー・アイデンティティの判定>
1. 詳細な養育歴・生活史・性行動歴について聴取する日常生活の状況、たとえば、服装、人間関係、職業歴などを詳細に聴取し、現在のジェンダー・アイデンティティのあり方、性役割の状況などを明らかにする。また必要に応じて、当事者の同意を得た範囲内で、家族あるいは当事者と親しい関係にある人たちから症状の経過、生活態度、人格に関わる情報、家族関係ならびにその環境などに関する情報を聴取する。そのうえで、ジェンダー・アイデンティティについて総合的多面的に検討を加える。ただし、これらの人たちから情報を得るにあたって、当事者との関係に重大な支障を及ぼさないよう、細心の注意が必要である。
2. 性別違和の実態を明らかにする
DSMや ICDを参考にしながら、以下のことを中心に検討する。
i) 自らの性別に対する不快感・嫌悪感
自分の一次ならびに二次性徴から解放されたいと考える。自分が間違った性別に生まれたと確信している。乳房やペニス・精巣などを傷つけたり する。FTMでは声をつぶそうと声帯を傷つけたりする。
ii) 反対の性別に対する強く持続的な同一感
反対の性別になりたいと強く望み、反対の性別として通用する服装や言動をする。ホルモン療法 や手術療法によって、でき得る限り反対の性別の 身体的特徴を得たいとの願望を持っている。
iii) 反対の性役割を求める
日常生活のなかでも反対の性別として行動する。あるいは行動しようとする.しぐさや身のこなし・言葉づかいなどにも反対の性役割を望み、反 映させる。
3. 診察の期間 特に定めないが,診断に必要な詳細な情報が得られるまで行う.
<身体的性別の判定>
①身体的性別の判定は原則として、MTFは泌尿器科医,FTM は産婦人科医により実施される。染色体検査、ホルモン検査、内性器ならびに外性器の診察ならびに検査、その他担当する医師が必要と認める検査を行い、その結果を診断を 担当する精神科医が確認する(原則として文書で入手する)。
②上記診察と検査結果に基づき、性分化疾患(性染色体異常など)、身体的性別に関連する異常の有無を確認する。
注:上記については身体的性別に関する異常の有無が総合的にみて判定できればよい。上記に挙げた検査などの結果が全てそろわなければ ならないというものではない。
<除外診断>
①統合失調症などの精神障害によって、本来のジェンダー・アイデンティティを否認したり,性別適合手術を求めたりするものではないこと。注:統合失調症など他の精神疾患に罹患していることをもって、画一的に治療から排除するものではない。症例ごとに病識を含めた症状の安定度と現実検討力など適応能力を含めて、慎重に検討すべきである。
②反対の性別を求める主たる理由が、文化的社会的理由による性役割の忌避やもっぱら職業的利得を得るためではないこと。
<診断の確定>
①以上の点を総合して,身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことが明らかであれば、これを性同一性障害と診断する。
②性分化疾患(性染色体異常など)が認められるケースであっても、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致していない場合、これらを広く性同一性障害の一部として認める。
注:性同一性障害の診断に関する国際的診断基準、たとえば DSMでは、性分化疾患で性別に関する不快感を伴っているものを特定不能の性同一性障害に分類している。本人が性同一性障害に準じた治療を希望する場合には、治療から排除する理由はない。
③性同一性障害の診断・治療に十分な理解と経験を持つ精神科医が診断にあたることが望ましい。2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する。2人の精神科医の意見が一致しない場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察を受け、その結果を改めて検討する。
注:なお、2人の精神科医の診断の一致を求めているのは、性同一性障害の治療に関して、ホルモン療法や手術療法など不可逆的治療を前提としているため、診断が確実であることを要求されるからである。
身体的治療を前提としない通常の診断書の場合など、必ずしも2人の精神科医の一致した診断が必要とされるわけではない。この点については個々のケースに応じて柔軟に判断すべきである。
Q. 性同一性障害のふりをして診断書を得ることはできるのか
医師:「かなり前のことですが、性同一性障害のふりをして診断書を得た事例を見たことがあります。診断書を出した医師は、DSMの診断基準通りの問診をして、それに当てはまったら診断を下す、という機械的な判断をすることで度々問題になる医師でした。また、悪意はないまでも、自分は性同一性障害だと色んな情報に影響されて思い込み、受診をして1回の診察で診断を受けたけど数か月後に「やっぱり思い過ごしだった。」と実は誤診であった事例も見たことがあります。DSMの診断基準を何となく満たしているから、という理由で1回の診察で診断を下していました。1.の最後でも触れた通り、DSMやICDといった診断基準の解釈は医師の主観が入ってしまいますし、医師の経験や能力差などが大きく反映されてしまいます。患者さんも診断基準を元に演じることは可能ですので、診断までに時間をかけない医師ですと簡単に診断が下されてしまう危険性はあります。精神科医として20年を超える臨床経験があるものの、私自身も性同一性障害の診断経験は非常に少ないです。研修を受けて性同一性障害の臨床の実際や問題事例など知識として把握することは出来ても、詐病を完全には見抜くことが出来ないと思います。そういう意味では、詐病を見抜けなかった医師のことを頭ごなしには批判出来ません。ネットで検索すると、診断書をスムーズに出してもらえるクリニック名が載っていたりします。病院に行って詳しく話すことに抵抗がある当事者にとっては受診のハードルが下がるので嬉しい情報ではあるのですが、それを悪用して簡単に診断書を手に入れようと考える人はいるだろうなと思います」
Q. もしその医師が性同一性障害の診断書を出しているのであれば、実際にどのようなカウンセリングを行っているのか
医師:「DSM5-TRの性別違和の診断基準(編集部: その一部を以下に記載)。私が実際に見た事例では、医師は生育歴や性格などの確認していたものの、最終的にはDSMの診断基準の言葉を引用しながら質問をして、それに患者さんが「はい、当てはまっています」と答えることで診断をつけて、診断書を発行していました。その医師は他の疾患についても同様に表面的な情報だけで判断してしまう医師でした。相手の言葉をその通りに捉えてしまいがちで、その自覚が乏しい医師は、自分の診療経験が少ない疾患についての判断は特に安易になってしまうことがあります。1回の診察で詐病または本人の思い込み、別の疾患の影響など判断するのは難しいので、時間をかけて判断することが大切だなと感じています」
※性別違和とは性同一性障害のこと
DSM5-TRの判断基準(一部抜粋・一部改)
A. その人が経験し、または表出するジェンダーと、指定されたジェンダーとの間の著しい不一致が、少なくとも6か月間、以下のうち2つ以上によって示される。
(1)その人が体験し、または表出するジェンダーと、第一次および/または第二次性徴との間の著しい不一致。
(2)その人が体験し、または表出するジェンダーとの著しい不一致のために、第一次および/または第二次性徴から解放されたいという強い欲求。
(3)反対のジェンダーの第一次および/または第二次性徴を強く望む。
(4)反対のジェンダーになりたいという強い欲求。
(5)反対のジェンダーになりたいという強い欲求。
(6)反対のジェンダーに定型的な感情や反応をもっているという強い確信。
B. その状態は、臨床的に意味のある苦痛、または社会、職業、または他の重要な領域における機能の障害と関連している。
詐病を完全には見抜くことが出来ない
X医師は「医師の経験や能力差などが大きく反映されてしまいます」「詐病を完全には見抜くことが出来ない」と語りつつ、「詐病を見抜けなかった医師のことを頭ごなしには批判出来ません」とも語っていた。人が判断する以上、目の前の人が嘘をついているかどうか、完全に見抜くことは難しいのかもしれない。
偽りの性同一性障害の診断書
また、可能性として「悪用して簡単に診断書を手に入れようと考える人はいるだろうなと思います」とするX医師。そうなれば、性同一性障害の診断書があるからといって、それを素直に信じられなくなるのも事実。
性同一性障害の診断書は、今後の性同一性障害に関する法的な決定に大きく影響を与えるものになっていくのは間違いないだろう。
※記事画像はすべてフリー素材サイト『写真AC』のイメージ画像です
(執筆者: クドウ@地球食べ歩き)
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