静と動を備えたシリーズ前日譚〜青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス4』
アンファル3こそ青崎有吾の代表作。
そう言い続けてしばらく経つ。アンファルこと『アンデッドガール・マーダーファルス』は講談社タイガで刊行されている謎解き+伝奇アクションのシリーズだ。『3』はシリーズ初の長篇で、青崎の大衆小説作家としての美点がすべて発揮された傑作である。どれだけすごいかは後でまた説明する。そしてこのたび『アンデッドガール・マーダーファルス4』が出た。おそらくはフジテレビ〈+Ultra〉枠でアニメーションの放映が始まったのに合わせての刊行だろう。五篇が収められた作品集で、うち三篇は『小説現代』に掲載された。
巻頭の「知られぬ日本の面影」は一八九七年の日本・東京から始まる。物語の主人公は輪堂鴉夜(りんどう・あや)、それに伝える真打津軽(しんうち・つがる)と馳井静句(はせい・しずく)の都合三名が〈怪物専門の探偵〉を名乗ってヨーロッパを経巡るというのが『1』〜『3』の内容であった。初めて日本が舞台になったというのには訳があり、これは一行がトリオになって初めて請け負った仕事に関する話なのである。依頼者はラフカディオ・ハーンこと小泉八雲である。鴉夜たちを見かけた八雲は興味を抱いて話しかけてくる。鴉夜をろくろっ首だと思ったのだ。世界を周って各地の怪異譚を収集してきた八雲は、当然のことながら日本のお化けにも関心を抱いていた。
残念ながら鴉夜はろくろっ首ではなく、生首である。ただし〈不死〉という冗談のような属性を持っている。十四歳のときに老いることを止め、そこから千年近くも生きている。ある事件において首から下の胴体を奪われた鴉夜は、従者である静句と共にそれを取り返すための旅を始めた。静句は代々鴉夜に仕えてきた馳井一族の生き残りで、スペンサー騎兵銃に同じ長さの刀身を装着した〈絶景(たちかげ)〉という業物を使いこなす腕利きである。その二人が見世物小屋にいた真打津軽と出会い、鴉夜が彼と主従の契りを交わした直後、というように冒頭で説明される。
八雲の依頼は、教え子・田辺隆次に関するものだった。彼にはせんという妻がいるのだが、彼女の前に夜な夜な、隆次の許嫁で肺病のため命を落とした、とよ子の霊が出るのだという。単なる悪夢ではなく、八雲が教え子のために雇った用心棒が霊によって首を斬り落とされてしまったのだ。取り殺すのではなく、斬り殺す霊というのは穏やかではない。
この依頼がおもしろい方向に転がっていく。有名な古典探偵小説の本歌取りに化けるのである。そこであれをもってくるか、と感心させられる。しかもそれだけでは終わらず、背後ではかりごとを巡らせるものとの壮絶な戦闘も描かれる。青崎は格闘場面の巧みな作家だが、単に肉体や武器の描写に長けているだけではなく、アイデアが豊富なことに唸らされる。この短篇で言えば、前段で仲間になったばかりの津軽と静句が腕試しのように闘うという場面があり、そこで起きたことの知見が後半に活かされることになるのである。30分ものの特撮番組で、Aパートに出てきた怪人・怪獣との闘いがBパートの見せ場への伏線として使われるのと同じ仕組みだ。そして最後に明かされる意外な動機と、言うことなしの構成である。
間を飛ばして最後の「人魚裁判」は一行がノルウェーで遭遇した事件という設定である。人魚が町の名士を襲って溺死させたという容疑で裁判にかけられる。たまたま通りかかった鴉夜が弁護人を引き受け、その無実を証明するという内容だ。シリーズ初の法廷ミステリーで、ごく短い話ではあるが一つの証拠からするすると真相が導かれていく過程が鮮やかである。「知られぬ日本の面影」が動とすれば、こちらは静の青崎有吾だ。人間以外の動物が被告として裁判にかけられるというのは奇を衒った設定ではなく、中世ヨーロッパにおいてはしばしばあったものである。
この二篇がミステリー要素の強い話で、あとの三篇は完全な伝奇小説である。
さきほど説明しなかった真打津軽は、もともと妖怪狩りの部隊にいた普通の人間だったが、鬼の力を強制的に植え付けられてしまったという過去がある。その〈半人半妖〉が誕生した経緯を描くのが書き下ろしの「鬼人芸」だ。おかしな名前のとおり、津軽はいつも下手な落語を口にし続けており、いつか自分もちゃんとした真打の芸を見たいと願っている。その芸人への尊崇の念がなぜ生まれたかということが織り込まれており、見事なキャラクター小説になっている。言ってみれば、へらず口の物語なのである。へらず口を叩く者は、他に武器がないから、それでも自分は屈していないのだということを確認するためにあえてそれを声に出す。背景にあるのは明治政府の打ち出した〈怪奇一掃〉という方針で、前近代の遺物である妖怪を国から排除するため、やはり前近代の遺物である浪人やまつろわぬ者たちを充てて闘わせるということが行われた設定になっている。その〈鬼殺し〉だった津軽が鬼にされてしまうという残酷さがいい。
もう一篇の書き下ろし「言の葉一匙、雪に添え」は馳井静句が主と交わした契りの物語で、これと「輪る世の彼方へ流す小笹船」を併せ読むと、輪堂鴉夜がどのような存在で、なぜ不死になったのかが見えてくる。ここは説明しないので、ぜひ現物を。ちなみに表紙絵で艶然と微笑んでいるのは「輪る世の彼方へ流す小笹船」に登場する蘆屋道満である。道満と鴉夜の関係は、まあ、読めばわかる。びっくりすると思う。
こんな感じで、シリーズで言えば前日譚にあたる話なので、本書から読んでもまったく問題ない。中篇集である『1』と『2』から始めるのが最も手頃だと思うが、歯ごたえのある『3』からでもいい。これは人狼伝説を題材にした内容で、閉ざされた村で起きる殺人事件の謎解きが扱われるのだが、並行して鴉夜たちと対抗する二つの組織との三つ巴の闘いが描かれる。そちらに目を奪われてどんどん読んでいると、後半であっと驚く事実が明かされるのである。クローズド・サークルものだからこそ成立する仕掛け、とでも言うべきか。とにかくこれもびっくりすると思う。
青崎有吾は前回、ノンシリーズ短篇集『11文字の檻』に収録された「恋澤姉妹」を激賞したが、とにかくあれは傑作であった。短篇における代表作は「恋澤姉妹」、長篇ではこの『アンデッドガール・マーダーファルス3』というのが今のところの私の意見である。もちろんそれ以外にも秀作がたんまりあるので、とにかく読まないと駄目なのだ。
現代を代表する大衆小説作家の一人になりつつある。いや、もうなったかもしれない。なった。そういうことにしておこう。
(杉江松恋)
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