傑作ノヴェラ二本立て
グレッグ・ベアのふたつのノヴェラを併載した一冊。
「鏖戦(おうせん)」は原題”Hardfought”、「凍月(いてづき)」は”Heads”。邦題のセンスがじつに素晴らしい。
両作品ともいくつかのSF賞を受賞もしくは候補にあがった名作である(受賞歴については山岸真さんが巻末解説で詳述されている)。どちらも〈SFマガジン〉に訳出後、書籍として刊行されていた(「鏖戦」はアンソロジー『80年代SF傑作選』に収録、「凍月」は単独でハヤカワ文庫SF)が、とうに新刊では入手できなくなっていたので、こんかいの新版は嬉しい。
「鏖戦」は遠未来の宇宙が舞台。身体的にも精神的にも著しく変容した人類と、悠久の時間を長らえてきた古い異星種族セネクシとのあいだの戦争がえんえんとつづいている。互いに超テクノロジーと非倫理的な作戦が繰りだされ、戦闘は想像を絶するものとなっていた。そのありさまが、人類側で激しい訓練をつづけている戦闘員プルーフラックスと、セネクシで異端の実験を手がけている研究者、阿頼厨(あらいず)の視点で、交互に描かれる。
プルーフラックスも阿頼厨も同族のなかでは変わり者であり、旺盛な好奇心に駆られ、敵との意思疎通ができないかと考えている。ただし、その意思疎通とは平和的・対等なものとは限らない。彼らが内に秘めているのは、どちらかといえば暗い情熱だ。ふたりの限定された知識と思考を通して、徐々に両種族のグロテスクな歴史が浮かびあがる。プロットは激しくギアチェンジをしながら、壮絶な結末へとなだれこむ。宇宙SFならではのスペクタクルと人類変容テーマの戦きに満ちた、型破りの作品。
「凍月」は、いぜん地球が大きな勢力を握ってはいるが、すでに月や火星にも社会が形成されている二十二世紀前半の物語。月にある同族企業サンドヴァル結束集団(バイディング・マルティプル)は、水資源採掘の跡地〈氷穴〉を利用して絶対零度を達成するプロジェクトを立ちあげた。熱力学的には不可能に思えるが、ブレークスルーのカギは量子論理(QL)思考体へと委ねられる。ただし、その難解な思考は人間の言語ではクリアに把握できない。
このへんでもう危険な感じが濃厚なのだが、物語の軸足はいったん派生事業へと移る。
絶対零度プロジェクトの責任者は天才的な青年実業家ウィリアム・ピアスだが、その妻であるロウ(彼女はサンドヴァル家の直系で「月のプリンセス」のような存在)が、地球から四百十人の冷凍死体を月へ運びこんだのだ。これは百年前の人体冷凍保存ビジネスの遺物で、運営会社はとっくに破綻していた。その権利を、ロウは買いとったのだ。冷凍死体を蘇生できれば、一人ひとりが来世へ持っていくはずだった情報が取りだせる。その価値は計り知れない。これは斬新な投機なのだ。
しかし、死体蘇生にかかわる技術的・倫理的・宗教的・政治的・事業的課題が浮上する。とりわけやっかいなのは、ライバル企業(新興宗教を絆として結びついた結束集団)からの執拗な牽制だ。それに対処するのが、ロウの弟であり、なかば強引に絶対零度プロジェクトの財務部長兼資材調達部長に抜擢された、ミッキー(ミッコ)・サンドヴァルである。彼がこの作品の語り手にして主人公だ。
二十歳そこそこのミッコが海千山千が犇めくビジネスの世界で、もみくちゃにされ、いかに成長していくか。そんな出世物語のような展開がつづく。しかし、これはグレッグ・ベアの作品。終盤で本筋の絶対零度プロジェクトが驚くべき展開を迎える。ハードSFの進化形とも言えるロジックと、メタフィジカルな眩惑的イメージが混淆するクライマックスが読みどころ。
(牧眞司)
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