「恐竜博2023」の会いに行けるアイドル、赤ちゃん恐竜「チーロ」(辛酸なめ子)

国立科学博物館(東京・上野公園)で開催中の特別展「恐竜博2023」。地球の大先輩の姿に学ばされることは多そうです。今回の目玉の恐竜は、ズール・クルリヴァスタトルという、体中からトゲが生えたイカつい鎧竜や、ズールと対峙した肉食恐竜ゴルゴサウルス。そして新種の肉食恐竜メガラプトル。メジャー系ではティラノサウルス・レックスなど、強そうな恐竜がひしめいています。

そんな中、かわいい系恐竜として注目の存在が! 3月24日から追加展示された貴重な実物化石は、「奇跡の赤ちゃん恐竜」のもの。世界に一体しか存在しないスキピオニクスのホロタイプ標本です。

先日、イタリアから、スキピオニクス研究の第一人者、クリスティアーノ・ダルサッソ博士(ミラノ自然史博物館)が来日し、取材会が行なわれました。

実際の展示を見る前に、スライドを映しながらスキピオニクスについて説明。この化石は1980年(発見者の記憶違いで1981年という説もあり)、イタリア南部の石灰岩層で化石コレクターのトデスコ氏によって発見されました。しかしトデスコ氏はそのまま倉庫に入れて放置。1991年に、何となく取り出してクリーニングしたものの、その時は魚かトカゲの化石だと思っていました。

でも1993年に、子どもと一緒に「ジュラシックパーク」を観に行ったら、その映画に登場するヴェロキラプトルという恐竜が「うちの化石と似てるかも」と気付いたそうです。ミラノ市立自然史博物館に連絡し、口頭で特徴を伝えたところ、3本の指は肉食恐竜の特徴なので、恐竜という判定に。イタリアに恐竜は存在しないとされていたそれまでの説がくつがえされました。そしてこの恐竜は「チーロ」という愛称がつけられ、ダルサッソ博士が研究を重ね、論文として発表されました。

「奇跡の恐竜」と呼ばれる由縁は、内蔵なども含めて化石になっている、という点。化石というと骨のイメージがありますが、チーロは気管、肝臓、胃、腸、血管などが残っています。しかも胃腸にはトカゲや魚などを食べた痕跡も残っていました。恐竜は、自分と姿が似ているトカゲを食べるというのを知りました。

チーロは生後10日前後と推定され、嵐かなにかで親とはぐれてしまい、ラグーンの浅瀬で溺れて死んでしまったという説が。化石を見ると、人間の赤ちゃんと同じく、まだ頭蓋骨が完全にくっついていません。まだ歩きもおぼつかず、暴風に飛ばされてしまったのでしょう。お母さん恐竜が必死で赤ちゃん恐竜を探す姿もまぶたに浮かびます。赤ちゃん恐竜が溺れたところは太陽の光が強く、石灰の成分が早く固まったため、内臓も化石として残ったとか。そのため、生後間もない時期に亡くなったチーロ、1億1000万年以上も原形をとどめ、人間たちに観察されることに。

実際に展示室に行き、スキピオニクスの化石と対面。レリーフのように石にプレスされていて、骨だけの標本と比べて内臓があるので、ミイラに近い密度と存在感が。しかし上を向いて苦しげな体勢なのが、溺れた当時をしのばせます。3本の爪は肉食恐竜の特徴を物語っていて、食欲も旺盛で、きっと生きていれば2mくらいの体長に成長したのでは、と思わされます。

同じ部屋にはティラノサウルス「タイソン」「スコッティ」の骨格が展示されていて、小さい赤ちゃん恐竜を見守っているようでした。

チーロはイタリアからはじめて国外に出てきて展示されたそうです。日本の手厚い保険や輸送体制が可能にしました。赤ちゃん恐竜のはじめての海外旅行だと思うと、暖かい目で見守りたくなります。日本が好きになってまた来てくれることを祈りつつ……。

(イラスト・文:辛酸なめ子)

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