異質な存在とのコンタクト──レム版の『宇宙戦争』
《スタニスワフ・レム・コレクション》の最新刊。副題のとおり、珍しいレムの初期作品を集めている。目玉はなんといっても、この作家の最初のSF『火星からの来訪者』(1946年発表)だ。
第二次世界大戦でドイツが降伏したころ、火星からの飛来物がアメリカに落下し、なかから発見された奇妙な生命体(機械のなかに有機組織が格納されている)は研究所に運びこまれる。各分野の専門家からなるチームは、この生命体をアレアントロポスと名づけて調査をおこなうが、その機構や挙動は既知の科学では説明のつかぬことばかりだった。一度は厳重に隔離されていたはずなのに不可解な方法で脱走し、非常に強い放射線と圧倒的なパワーで外界に脅威をもたらす。研究チームはからくもアレアントロポスを確保するが、その後の研究もつねに危険と隣りあわせだ。
レムは明らかにH・G・ウエルズ『宇宙戦争』の影響を受けてこの作品を書いているが、ウエルズ作品が物語展開の軸足を”侵略”に置いていたのに対し、『火星からの来訪者』はファースト・コンタクト(他の知性との意思疎通)がクローズアップされる。それと関係して重要なのは、ウエルズが火星人を「人類が進化した先の未来像」として考えていたのに対し、レムのアレアントロポスはまったく異質な存在として描いていることだ。
本書の解説で沼野充義さんは『火星からの来訪者』について、「『ソラリス』を思わせる点が少なくない」と指摘する。私がこの作品を読んで感じたのは、『天の声』へ通じる部分だ。各分野の専門家たちによって、異質な知性との相互理解の根本的な不可能性をめぐる議論が交わされる。
『火星からの来訪者』の魅力は、こうしたテーマ面だけにとどまらない。『捜査』『エデン』『ソラリス』……と、レムは1960年前後から次々に傑作群を送りだしていく。そららに比べると、確かに『火星からの来訪者』は素朴なところも多い。それでも英米SFとはまったく違う、いわば重低音が響くような感触はレム一流だ。
ほかの収録作について簡単にふれておこう。
「ラインハルト作戦」は、ナチス占領下のポーランドを舞台にしたリアリズム作品。若い医師がユダヤ人と誤解されて強制移送される。「自分はアーリア人種だ」という彼の叫びが虚しい。おぞましい非人道的行為が、混乱した光景のなかで生々しく描かれる。
「異質」は、作動原理がわからぬまま、永久機関を実現した少年の物語。寓話でもなくユーモア小説でもなくガジェットSFでもない、たんたんとした筆致が印象的だ。少年は、人間とは異なる存在が生きる、物理法則すらも違う世界を予感する。
「ヒロシマの男」では、広島への原爆投下が迫っていることを知ったイギリス諜報機関の中尉が、広島に潜入中の同僚(日系のイギリス人)の身を案じる。1947年の発表であり、世界的に見ても最初期の原爆文学だ。
「ドクトル・チシニェツキの当直」では、第二次世界大戦直後のポーランドの産科病院における、あわただしい一日が綴られる。「ラインハルト作戦」と同様、レム自身の体験が反映されたリアリズム作品だ。
「青春詩集」は、1947年から48年にかけて書かれた全十二篇。青春をうたいながら、表現の端々に独特な宇宙ヴィジョンがのぞくところが、レムらしい。
(牧眞司)
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