シングルマザーの賃貸入居問題、根深く。母子のためのシェアハウスで「シングルズキッズ」が目指すもの
ひとり親世帯の住まい探しでは、オーナーや不動産会社から収入面に不安を持たれたり、子どもだけで過ごす時間が多く危ないのではないかなど、偏見から入居を断られるケースもあり、容易ではありません。中でも、母子世帯の住まい探しは父子世帯よりも困難だといいます。こうした問題を少しでも軽減して、親子が共に楽しく幸せに暮らすことをミッションにかかげる企業があります。
シングルマザーとその子どものためにシェアハウスを提供する「シングルズキッズ」の代表取締役である山中真奈さんに、母子シェアハウスの仕組みや、事業を立ち上げた背景、現在そしてこれからの取り組みについて話を聞きました。
都道府県を越える引越しも検討。ひとり親が求める住まい
日本でのひとり親世帯は、年々急増しています。内閣府発表の「男女共同参画白書 令和元年版」によると、ひとり親世帯は1993年から2003年までの10年間で、94.7万世帯から139.9万世帯と約1.5倍に増加し、それ以降、同水準で推移しています。
その中でも、母子世帯数は父子世帯と比較して増加傾向にあり1993年はひとり親世帯の約8割だったところ、2016年には8.5割まで増加しています。
(画像出典:内閣府「男女共同参画白書 令和3年版」)
また所得格差も課題です。厚生労働省が発表した「2021年度(令和3年度)ひとり親世帯等調査結果報告」によると、父子世帯は518万円であることに対し、母子世帯の平均年間収入は272万円と約2倍近く開きがあることから、収入格差もうかがえます。さらに母子世帯の4割以上は非正規雇用であるため、一般の賃貸住宅に入居したくても入居審査が通らないなど、住宅探しは困難を極めます。一方の公的賃貸住宅(公営住宅や地域優良賃貸住宅、URなど)に入りたくても、母子世帯の声として多く挙がるのは「希望の公営住宅に当選しない」というものです。
こうした母子世帯の住まいの問題を解決するために立ち上げられたのが東京都の世田谷区上用賀にある「MANAHOUSE(マナハウス)上用賀」。シングルズキッズが運営する母子シェアハウスの一つです。1軒家の中には、全部で9室あり、ここに入居する人たちはひとり親世帯の母子と単身女性。さまざまな事情を抱えた母子が一同に集まり暮らす賃貸型、地域開放型のシェアハウスです。ここで山中さんは、悩み苦しみながらも立ち上がろうとする母子たちを真摯にサポートしています。
なぜこのような取り組みをしているのでしょうか。そこには自身の苦しい体験がありました。
「複雑な家庭で育ち、親への愛情を求めて苦しみながら青年期を過ごしました。大人になり、友人の子どもたちが離婚によって両親の間でたらい回しになっているところを見て、“親の理不尽な都合で子どもたちが傷つく様子をなんとかしたい”と強く思ったんです」(山中さん、以下同)
シングルズキッズ代表取締役の山中真奈さん。提供したいのは、家というただの箱ではなく「人のつながり」だと話す(画像提供/シングルズキッズ)
さらに、不動産仲介会社に勤務しているとき、シングルマザーが家を借りることがあまりに難しいという場面に何度も直面したことが後押しし、山中さんは“私にできること”として、「シングルズキッズ」を立ち上げたのだそうです。
山中さんによれば、「入居したい、話を聞きたいと問い合わせをくれる人には、世田谷区外の人、地方から上京を検討している人も少なくない」と言います。子育て世帯の多くが子どもの保育園や小学校への通いやすさや友人関係などを考え、現居住地の周辺で住まいを探す傾向があることとは少しギャップがあるようです。
「例えばDV被害者であれば、現居住地の周辺で避難をしても相手や家族から追い続けられるリスクがあります。遠方に引っ越すなどして完全離別ができないと問題の解決に繋がりづらいんですね。こうした事情から、今暮らす場所から離れた拠点を探すひとり親世帯がいます」
全部で9室ある「MANAHOUSE上用賀」の間取図。2階建ての戸建をシェアハウスとして利用している(画像提供/シングルズキッズ)
また、仕事を求めて地方から上京を検討する人も少なくありません。母子だけで生活するには、まとまった生活費の確保が必要です。しかし、仕事を探しても、地方では母子で生活するのに十分な給与が得られる仕事の選択肢が少ないことも。そこで首都圏に移転して就職し、給与水準を上げることで母子だけでも暮らしていけるようにしたいと考え、首都圏にあるシングルズキッズのシェアハウスへ転居を希望するのです。
地域に合わせて育つ、シングルズキッズの母子シェアハウス
シングルズキッズが運営する母子シェアハウスは、現在5カ所。同じ賃貸型母子シェアハウスでも、それぞれ個性があります。
「MANAHOUSE上用賀」の共用リビング。入居者や近所に住む人、サポートする人たちが出入りすることもある(画像提供/シングルズキッズ)
例えばMANAHOUSE上用賀は、家賃とセットで共益費4万5000円(入居する子どもの数に応じて追加)を支払うことで保育・家事サービスを受けられます。管理人として70代シニアや主婦の方が勤務しており、食事の提供、保育園のお迎えサポートの他、多様なサポートを行っています。他の4カ所は住まいの提供のみで、お母さんたち同士で共同生活を営んでいます。
シングルズキッズの代表取締役・山中真奈さん(左)と、保育士資格を持つMANAHOUSE上用賀の元管理人・関野紅子さん(右)(画像提供/シングルズキッズ)
山中さんは「困っている人のために提供している場所であるとはいえ、シェアハウスは、合う人・合わない人がいる」と話します。生活を続けるために、入居を希望する者にとって家賃負担が重すぎないかどうかも確認しているそう。
「私たちは母子の金銭面や生活面など、全面支援をするシェルター事業とは異なります。各々が自立して生活をする共同生活支援なのです。そのため、入居の際にメリット・デメリットをきちんと話したうえで、お互いに協力が必要なことなどについても確認をしています」
シェアハウスは共同生活。互いに気持ちよく暮らすために、心得とルールをしっかり守ることが求められます。そして「言った言わない」で揉めないためにも、ルールを目で見てわかる形で示し、相互に確認できるようにしているそうです。
「入居後に困ったときやトラブルが発生しそうなときには、メンタル面でのサポートに力を入れます。ここが一番力を入れたいところであり、難しいところ。オーナーシップが求められると感じています。
お母さんたちはこれまで心身に逃げ場がない状況で生きてきたのです。母子シェアハウスは共同で暮らすメリットがある一方、問題や揉めごとが起きると再び厳しい精神状態に追い詰められてしまうことも。そんなときは私が一家の主(あるじ)として父親のような役割を担います。方針を示しながらみんなの前に立って根気強く向き合って解決すること。住まいを提供する以上に、心の面で寄り添いながらしっかりサポートすることは、お母さんたちが自立して生活するために最も必要としているものです」
「デコ」と「ボコ」がハマる関係を家主と共につくる
シングルズキッズでは母子だけではなく、シニアや学生など多世代の人がシェアハウスの運営に関わる取り組みも進めています。
「世代やお互いの課題、ニーズが異なることによって、お互いにできること・できないこと、得意なこと・苦手なことがある。お互いの凸凹(デコボコ)がうまくハマると、感謝につながり、良いコミュニティになります。だからこそ、同じ課題の人を集めたハウスではなく、多世代型のシェアハウスが求められていると思います」
サポートするシニアの人が母子たちの夕食づくりをする(画像提供/シングルズキッズ)
日々「やったほうがいいけれど、行き届かずにこぼれ落ちてしまう」家事や育児などを、リタイアしたシニア世代が「社会参画」の一つとしてサポートしたり、子どもとの触れ合いに興味がある大学生がボランティアとしてサポートしたり、と互いが支え合っていくのです。
シニアのサポーターは「甘えさせてくれるおじいちゃん・おばあちゃんのような存在」で、子どもたちに大人気。抱きつかれて大喜びする姿が印象的(画像提供/シングルズキッズ)
ひとり親家庭、特に母子家庭が貧困や孤独に苦しみながら生活している事実は、十分には知られていません。
「日本の母子家庭における母親の就労率は、諸外国よりも高いのに、母子家庭貧困率が非常に高い。子どもの貧困が7人に1人といわれていて、その多くは母子家庭なのです」
こうした事実を知り「自分ごと」と捉え、何かできることはないか、と手を差しのべる人も多いそうです。2023年6月にシングルズキッズが管理・運営をサポートする形で新たに立ち上げる「みたか多世代のいえ」はシニア世代が“最期まで私らしく暮らす“をテーマにした多世代型シェアハウス。オーナーの村野氏はシニア世代の在宅医療(訪問診療)を行っている医師で「シニア世代に子どもや社会と関わり合いながらイキイキと暮らしてほしい。日常的な関わりができるようシングルマザーも住めるようにしたいのでサポートしてほしい」と山中さんに協力依頼をしてくれたのだそうです。
「みたか多世代のいえ」のイメージ。開かれた家で、地域の人たちやシニア、子どもたちとの交流にあふれる家を目指す(画像提供/シングルズキッズ)
「みたか多世代のいえ」には、カフェライブラリや吹き抜けのある遊び場、シニアの部屋も備える(画像提供/シングルズキッズ)
「お互いさま」の社会で、子どもたちをハッピーに
シングルズキッズが運営する母子シェアハウスでは、自然発生的に起きるコミュニケーションや関係性を大事にし、ルールでがんじがらめにするのではなくできるだけ居住者に運営を任せるようにしています。
「シェアハウス内で共同生活をしている際に“ルールは守りましょう”と話しますが、関わり方は実にそれぞれなんですよね。シェアハウス内で、“小さな子どもが好きだから”と、他の子どもたちのお世話をする中学生もいれば、“1人になりたい”と部屋にこもる子もいる。でも、それで良いのです。関わりたい人が関わり、お互いに助け合う。そういう関係が生まれる環境が、1人で頑張っているお母さんを救ってくれるし、子どもたちもイキイキと暮らすことできると思うのです」
子どもたちも一緒に食事づくり。まわりの大人や子どもと自然に協業していく(画像提供/シングルズキッズ)
さらに今後の展望について山中さんは続けます。
「日本の社会課題の一つとして母子家庭も高齢者も“孤立”してしまうことが挙げられると思います。ひとり親に限らず多世代・多コミュニティが互いを支え合う環境になれたら、孤立せずに大人も子どもも楽しくハッピーに過ごせますよね。そのために最も大切なことの一つが暮らす環境を整えること。そして幸せに暮らす多世代の姿をたくさん眺めることが私の夢です」
異なる年齢の子どもたちが、ボランティアの学生と共に遊ぶ(画像提供/シングルズキッズ)
山中さんは「私が何か助けてあげている訳ではない。みんなが“お互い様”」「明日は我が身」だと言います。突然身寄りがなくなったり、心身が不自由になったりすることもあれば、離婚してひとり親家庭になったり、暴力やDVを受けたりすることもあるかもしれません。そのようなときに、シングルズキッズの営むシェアハウスのような支え合いの仕組みがあれば、きっと心強く、そして楽しく暮らしていけるのではないでしょうか。
●取材協力
シングルズキッズ株式会社
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