謎の自然現象、球電を追う現代的なハードSF
大人気シリーズ《三体》の前日譚がついに登場!
作品の執筆は本作品のほうが先で、ごく一部のキャラクターが共通するだけで物語としては完全に独立している。ただし、基本設定のところで《三体》に深くつながる部分があるが、それは物語を通して読まないとわからない仕掛けだ。
球電。それは実際にある自然現象だが、稀にしか発生せず、いまだメカニズムが掴めていない。
主人公の陳(チェン)は、十四歳の誕生日に球電を目撃する。球電は壁をすり抜け、彼の両親を一瞬にして灰に変えた。陳は以降の人生を球電研究に捧げることになる。彼の研究は球電の純粋な数理モデルの構築の試みにはじまり、研究資金を調達するための軍事的応用をめぐる葛藤を経て、過去にロシアでおこなわれた秘密プロジェクトへと接近し、そこで大きな挫折を味わうことになる。
しかし、陳は挫折後もけっきょく球電から離れることはできない。もはや球電をめぐる研究は彼個人の興味を超えて、国防上の重要案件になってしまっているからだ。
陳とは違うかたちで球電研究にのめりこんでいくのが、国防大学新概念兵器開発センターに所属する女性将校、林雲(リン・ユン)である。彼女はいっけん冷静沈着な秀才だが、じつは兵器のスリルに取り憑かれており、目的のためには手段を選ばない。林雲のエキセントリックな性格設定が、この作品を際立たせている。《三体》にもそういうところがあったが、アニメや特撮番組を思わせるキャラクター造形だ。
さて、球電を発生させる実験がいくたびも繰り返されるが、いっこうに再現性が得られない。また、偶然に球電が発生した場合でも、まったく制御が不能だ。陳は、球電は電磁気的な現象というよりも、未知の空間構造ではないかとの仮説を立てる。そうなると、いまの研究チームでは手におえない。かくして、世界的理論物理学者の丁儀(ディン・イー)が招聘される。彼は《三体》で重要な役割を果たすことになる人物だ。
丁儀の主導により、球電研究は新しい局面を迎える。次々に新アイデア、新ガジェットが繰りだされる展開はまるでドミノ倒しのようだ。
凝った構成の《三体》にくらべると、物語は直線的(ときおり回想が挿入されるが)で、たいへんに読みやすい。グレッグ・イーガンばりの宇宙論や量子力学などの現代物理のアイデアを、それこそE・E・スミスやジョン・W・キャンベルの直系とも言えるゴリゴリとしたハードSFのテイストで語りきるところが、この作品の魅力だろう。一気読み必至。
(牧眞司)
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