アメリカで2019〜2020年に一番売れたミステリーを映画化『ザリガニの鳴くところ』レビュー「ひとりぼっちの少女と雄大な自然」

本国アメリカで2019〜2020年に一番売れた本、ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(友廣純訳/早川書房)が映画となって11月18日(金)に公開されます。世界中でヒットとなった原作は、日本でも2021年の本屋大賞翻訳部門1位、「このミステリーがすごい!」と「週刊文春ミステリーベスト10」で2位を獲得するなど、国や世代を超えて多くの読者の圧倒的な支持を得ました。それだけに映像化はハードルが高かったはずですが、出来上がった作品の完成度の高さ、特に風景の美しさは期待以上でした。映像化してくれて本当に良かった!

1969年、ノースカロライナ州の湿地で村の裕福な青年が遺体で発見され、住民は騒然となります。悪意のある噂が飛びかい、警察が容疑者としたのは、6歳で家族に見捨てられて以来、湿地の小屋にたったひとりで暮らすカイアでした。住民たちはそんな少女を助けるどころか、侮蔑をこめてカイアを「湿地の少女」と呼び、疎外してきました。カイアは唯一の心のよりどころであり、ひとりぼっちの彼女に生きる術を与えてくれた大自然から引き離されてしまいます。時間は無情にも過ぎて行き、カイアが法廷で裁かれる日がやってきます。

原作で最も印象的なのは、湿地の雄大な自然の緻密な描写です。驚くべき風景とそこに暮らす生き物たちがそれはていねいに生き生きと描かれています。作者のオーエンズは動物学者で、84年に出したノンフィクションの共著『カラハリ ー アフリカ最後の野生に暮らす』は世界的ベストセラー、『ザリガニの鳴くところ』は60歳を過ぎて初めて書いたフィクションでした。

家族で幸せだった日々から、暴力的な父親との生活が始まり、そして置き去りにされても必死に生き延びたカイア。そんな彼女の人生に現れた2人の青年は、やがて残酷な運命を導いてしまいます。弱者であるカイアに降りかかった恐ろしい出来事は、悲しいことに今の時代も起きていますが、それに目を背けてはいけないとこの物語は教えてくれます。彼女を唯一気にかけてくれた人たちは忘れがたい印象を残し、何度困難にぶつかっても立ち上がっていくカイアの姿は私たちに勇気と希望を与えてくれるのです。

映画はほぼ原作に忠実ですが、いくつかの設定とラストを変えています。原作に惚れ込んだリース・ウィザースプーンが製作し、ネットフリックス『ファースト・マッチ』のオリヴィア・ニューマンが監督。出演は、映画を見た作者も絶賛したというカイアを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズ、テイト役のテイラー・ジョン・スミスをはじめ、『キングスマン:ファースト・エージェント』のハリス・ディキンソン、『ナイトメア・アリー』のデヴィッド・ストラザーンなどが脇を固めます。そしてエンドクレジットで流れるテイラー・スウィフトがこの物語のために作ったオリジナル・ソング『キャロライナ』は、原作と映画の世界観を情感豊かに表現していて必聴です。ぜひ映画と原作の両方をお楽しみください。

【書いた人】♪akira
翻訳ミステリー・映画ライター。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、翻訳ミステリー大賞シンジケートHP、「本の雑誌」等で執筆しています。

『ザリガニの鳴くところ』 (原題: Where the Crawdads Sing)
・日本公開表記:11月18日(金)全国の映画館で公開
・監督:オリヴィア・ニューマン
・脚本:ルーシー・アリバー(『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』)
・原作:ディーリア・オーエンズ/友廣 純 訳「ザリガニの鳴くところ」(早川書房)
・製作:リース・ウィザースプーン/ローレン・ノイスタッター
・出演:デイジー・エドガー=ジョーンズ(「ふつうの人々(ノーマル・ピープル)」)/テイラー・ジョン・スミス(「シャープ・オブジェクツ」)/ハリス・ディキンソン
(『キングスマン:ファースト・エージェント』)/マイケル・ハイアット/スターリング・メイサー・Jr./and デヴィッド・ストラザーン(『ノマドランド』)
・音楽:マイケル・ダナ(『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』アカデミー賞作曲賞受賞)
・オリジナル・ソング:テイラー・スウィフト「キャロライナ」

  1. HOME
  2. 映画
  3. アメリカで2019〜2020年に一番売れたミステリーを映画化『ザリガニの鳴くところ』レビュー「ひとりぼっちの少女と雄大な自然」
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。