去って行った人の思い出に向き合う〜桂望実『残された人が編む物語』
亡くなった人は戻らない。身近にいたはずだった家族でも、仲がいいと思っていた友だちでも、亡くなってみて初めて知ることがこんなに多かったのかと驚かされる。まして、何年も顔を合わせていなかった相手なら。
本書は、「行方不明者捜索協会」という民間企業に依頼をしてきた人々と、彼らの担当者となった西山静香の物語である。例えば「第一話 弟と詩集」で、弟が行方不明になったと依頼してきたのは実母を亡くしたばかりの上田亜矢子。ずっと疎遠だった弟の和也には、生前の母の希望により亡くなったことも知らせていなかった。しかし、遺産相続の手続きが必要になり和也に連絡をとろうとしたものの、母から教えられていた住所にあるはずのアパートは10年も前になくなっていたことが判明する。途方に暮れて行方不明者捜索協会を頼った亜矢子は、警察のホームページに掲載されている遺体で発見された身元不明者の所持品情報から和也にたどり着く。和也は病死で、晩年はホームレスとして暮らしていたのだった。気持ちが揺れ動く亜矢子は、”亡くなった行方不明者が亡くなる前にどのような生活を送っていたかを依頼者と一緒に調べるなどのサポートサービスを行っている”という静香の言葉を思い出す。
子どもの頃から喧嘩っ早かった和也は、中学生になると家の中で暴れるように。もっぱら物に当たる和也は、亜矢子や母に暴力の矛先を向けることはなかった。しかし一度だけ、テレビを壊そうとしていた和也を止めようとして、亜矢子の頭の横にテレビの角が当たってしまったことがあった。そのことが原因で、亜矢子は右耳の聴覚を失う。静香に同行してもらって弟が最後に住んでいたと思われる川の近くを訪れた亜矢子は、生前の彼を知るホームレスから和也が親切に接していた新入りは耳が不自由だったと聞く。
いずれの短編の依頼人たちも、行方不明者とはしばらく顔を合わせていなかった。家族や友人知人がひんぱんに連絡を取り合いいつもなかよくしていられれば、もちろんそれは理想だろう。しかし、すれ違いによって相手と距離を置いてしまうようなことは、状況次第でいくらでも起こり得る。何よりもつらいのは、探していた相手が亡くなっているということだろう。生きていてくれさえすれば、いつかは関係を修復できるかもしれないという望みがつながる。たとえ関係の修復が不可能となってしまったとしても、少なくとも自分の思いの丈をぶつけることはできる。けれども相手が亡くなってしまっては、もはや言葉を尽くすこともできない。
最終話の主役は静香。彼女のサポートがあったからこそ、依頼人たちは行方不明者たちとの思い出に向き合うことができたといえるだろう。実は静香にも、自分のもとから去って行った人がいた。依頼人たちに対してはきめ細やかに心を配る彼女が、自分のこととなると周りがよく見えていなかった部分も多く(若い頃にはよけいに難しいことだが)、自分の支えとなってくれていた人たちの気持ちをくみきれなかったというのが印象的だ。静香は自分の心にうまくかさぶたを作ることができたのか、ぜひ読んで確かめてみていただきたい。
どの短編も甘い話ではない、というかどちらかというとシビアな話ばかりだが、それでも残された人はかすかな光を見出して生きていくしかないのだ。生きている者たちにできることは、つらくても亡くなった人々の存在を忘れずにいることではないだろうか。
「本の雑誌」〈2022年上半期エンターテインメント・ベスト10〉にて第5位となった本書、著者の新たな代表作といえよう。まだお読みになっていないファンにも、初めて桂作品を手に取られる方にも、うってつけの一冊。
(松井ゆかり)
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