多くのアイデア・テーマを詰めこんだ林譲治の新シリーズ
本格宇宙SF《星系出雲の兵站》(全9巻)で第41回日本SF大賞を受賞。つづく《大日本帝国の銀河》(全5巻)では、ファーストコンタクト・テーマに新境地を切り拓いて話題を撒いた林譲治の新シリーズ。
人類がワープ航法を手に入れ、六十ほどの星系へ植民を果たしている時代。ただし、そのワープ航法は原理がまったく解明されておらず、技術的な運用はAIに委ねているのが現状だ。人類の進歩は全般的に停滞しており、実利的に社会が回るならそれでよいという風潮が蔓延している。
植民惑星のなかには新しいものを築こうという気風を備えているところもあるが、必要物資と高等教育を地球に依存しているために、完全な自立は果たせていない。地球中心の体制になっているのには、ワープ航法の制限もある。地球と各植民星とのルートは通っているのだが、植民星相互のルートは開けていないのだ。
そもそもこの作品におけるワープ航法は、いままでのSFで扱われたそれとは根本的に異なる。たとえば、地球から十光年離れた場所(仮にAとしておく)へワープした場合、船内時間では一瞬だが、地球時間では十年が経過している。そしてAから地球への帰還ワープでは、船内時間は一瞬だが、地球へ到着するのは地球出発時刻に宇宙船がAで過ごした時間を加えた時刻になる。つまり、帰還ワープだけに着目すると過去へ遡ることになるのだ。ワープとは距離移動がともなうタイムマシンとみなすこともできる。相対論の常識に反する結果だが、因果律に不都合はない。ちなみに、この世界で超光速通信は実現していない。
このワープ航法のありかたを説明するには新しい宇宙論が必要だが、おそらく、それがこのシリーズの大いなる伏線になっているのだろう。なにしろハードSFの達人、林譲治がやることだ。それを考えると頭がクラクラする。あまりに凄い設定ではないか。
植民惑星があるセラエノ星系で、地球から来ていた戦艦青鳳(せいほう)がワープに不具合が生じる。やがて青鳳に問題があるのではなく、セラエノ星系のすべてのワープ船に起こっていることが判明。宇宙全体がそうなのかはわからない。なにしろ、従来からセラエノ星系が直接往来できるのは地球圏だけ、そしていまはワープの不調によって地球圏とも連絡がつかないのだ。
このままワープ不調がつづけばセラエノ星系は、地球から一切の補給がない状態で、文明社会を維持しなければならない。星系の人口は一五〇万人。工業・情報産業・教育はいうにおよばず、農業や行政すらも早いうちに手を打たなければ破綻する。
シリーズ開幕篇にあたる本書の読みどころのひとつは、セラエノ星系を率いる首相アーシマ・ジャライを中心とした政府側や専門家たちが、いかに緊急事態に対応するかのドラマである。もういっぽうで、ワープ船の乗組員たちの活躍も描かれる。青鳳は宇宙軍所属(つまり地球側)だが、シリーズのタイトルになっている明石はセラエノ星系船籍の民間企業宇宙船であり、そうした違いを超えていかに協力関係を築いていくかが丁寧に描かれている。個性的なキャラクターを立たせているのも、いつもどおりの林譲治だ。さりげなくユーモラス。台詞まわしも面白い。
さて、物語は中盤で急展開する。セラエノ星系から系外へと情報を送っている謎の通信衛星が発見されたのだ。人類以外の知性体がつくったものなのは明らかだが、いままで人類はそのような知性体と接触したことはない。ワープ不調とは関係はないことが確認されるが、未知の知性体の存在はセラエノ星系を含む一定の宇宙領域における潜在的脅威であり、調査が必要である。
ワープをめぐる宇宙論、孤絶した社会を維持するための政治判断、未知の知性とのファーストコンタクト……このようにいくつもの水準の要素が同時に扱われる。これらがどのように結びついていくか、続巻が待ち遠しい。
(牧眞司)
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