芦屋道満から式神を受けついだ土着の陰陽師
時代は室町。主人公の呂秀(りょしゅう)は、播磨国(はりまのくに)の僧で、和尚の命で薬草園をあずかっている。彼には植物栽培の才のほか、物の怪が見える能力があった。そんな彼のもとに一体の異形が訪れ、「わしを使わぬか」と持ちかける。そいつは三百年以上前の伝説の陰陽師、芦屋道満に仕えた式神だった。
芦屋道満は、伝承のなかでしばしば安倍晴明のライバルのように扱われてきた。道満は播磨国の出身であり、都にのぼるとき、式神を政争に巻きこまないようにと、彼をこの地に残していったのだ。
呂秀は式神の申し出を受けいれ、「あきつ鬼」という名前を与える。
あきつ鬼は式神として呂秀の意に染まぬことはしないが、かならずしも人間界の決まりや慣習に従うわけではない。この世から逸脱した存在である。式神のくせに、妙に偉そうな口ぶりなのが面白い。
あきつ鬼と対照的なのが、呂秀の兄、律秀(りっしゅう)だ。彼は漢方に詳しい薬師(くすし)であり、その思考やふるまいは徹底して合理的だ。呂秀のような超常能力はないが、人間的なスキルは優れている。
あきつ鬼が属する異界と、律秀が生きる現世。その境界をまたぐように呂秀がいる。この関係が面白い。
律秀には鬼が見えず、鬼の考えていることもわからないが、弟の話を聞いて、「この世には、理だけで解けぬ事柄もたくさんある。鬼は、そのようなときに役に立つに違いない」と頷く。
この作品は、近隣でおこる謎めいた事件を、呂秀・律秀のふたりが解いていくかたちで進む。ひとつひとつの事件は別個だが、そこで結ばれた人間関係や因果はゆるやかにつながり、全体としてゆたかな物語を構成する。
あきつ鬼と律秀が対照を成したように、物語の背景として、いくつかの双極的な構図がとられている。たとえば、地方(播磨国)と中央(都)、土俗と体制、死者と生者、海と陸……といったことである。これらの対は葛藤はするものの、排反的ではない。呂秀のような両者を橋渡しする存在があるからだ。二話目のエピソードで猿楽一座が登場し、それがのちのちまで物語にかかわってくるが、この芸能も異界と現世をまたぐところがあるようだ。
静かな風趣が流れる幻想小説。
(牧眞司)
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