音はどう見えるのか。「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」
《リサイクルされたレコード》 1981 コラージュされたレコード 直径 30.5cm
Collection of the artist
© Christian Marclay. Courtesy
矛盾してるようだけど、私は音について、それがどう聞こえるかということだけでなく、どう見えるかということにも興味があるんだ。
クリスチャン・マークレー インタビューより 『THE WIRE』 Issue 195, May 2000
アートと音楽の交差点から作品を発表し、革新的な活動を続けてきたクリスチャン・マークレーの国内初の大規模な展覧会が開催。
クリスチャン・マークレー(1955-)は、70年代末のニューヨークでターンテーブルを使ったパフォーマンスで音の実験を始めて以来、前衛的な音楽シーンの重要人物として活躍してきた。一方で、視覚的な情報としての音や、現代社会において音楽がどのように表象され、物質化され、商品化されているかといったテーマに焦点を当てた活動により、現代美術と音楽を繋ぐ、最も人気があり影響力を持った作家とみなされてきた。レコードやCD、コミック、映画、写真など、幅広いファウンドメディアを再利用しつつ、マークレーはこれまで、パフォーマンス、コラージュ、イ ンスタレーション、ペインティング、写真、ビデオなど数多くの作品を生み出してきた。日本の美術館で開催される初の大規模な個展である 「クリスチャン・マークレー トランスレーティング [翻訳する]」では、そうした彼の多様で折衷的な実践を紹介。コンセプチュアル・アートやパン ク・ミュージックに影響を受けた初期作品から、イメージと音の情報のサンプルを組み立てた大規模なインスタレーション、さらには現代社会に蔓延する不安を映し出した最新作まで、その多岐にわたる活動の全貌を紹介する。
《無題(「架空のレコード」シリーズより)》 1992 改変されたレコード・アルバム・カバー
31.1 cm × 31.1.cm Photo: Steven Probert
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
Marclay Translating…
本展では、視覚と聴覚の経験の等価性を追求し、ある感覚を別の感覚に置き換えることで世界を読み解こうとするマークレーのユニークなアプローチを「Translating [翻訳する/変換する]」という語で言い当てる。カリフォルニアで生まれ、ジュネーブで育ったマークレーは、スイスとアメリカの異なる言語・文化圏を行き来しながら成長し、その経験から、アーティストになるという決断をすることになった。彼は言う。「私は言語をあまり信用しておらず、視覚的言語や音楽など、異なる記号や認識に頼る他のタイプのコミュニケーションに興味がありました* 」。
* Jan Estep, “Words and Music: Interview with Christian Marclay,” New Art Examiner, Sept./Oct. 2001, pp. 78-83.
*展覧会リリースより引用
《アクションズ:Froosh Sploosh Wooosh Sskuusshh Splat Blortch (No.2) 》 2014 スクリーン・プリント、アクリル絵具、カンヴァス 222.2cm × 302.5cm
© Christian Marclay. Photo © White Cube (George Darrell)
マークレーの作品の多くに見られるサンプリングという技法は、既存のイメージや音を抽出し再利用するもので、ある領域から別の領域への、言語に代わる「翻訳」行為であるといえる。例えば彼のよく知られたフォトグラムのシリーズのように、イメージを作り出すために、録音された音の物質性を用いること。あるいは、私たちの日々の身の回りにあるイメージを、音楽を生み出すための楽譜として演奏家にゆだねた「グラフィック・スコア(図案楽譜)」のように、イメージを音へと翻訳すること。マークレーの実践はどれも、イメージと音という二つの文化様式の交わる地点に存在している。
本展では、声のための「グラフィック・スコア」である《マンガ・スクロール》 (2010 年)をはじめ、英語に翻訳された日本のマンガから流用したオノマトペ(擬音)に着目する作品も多数紹介。音と視覚、日常の事物と芸術、情報と物質、そして異文化の間を行き来しながら、マークレーは、翻訳という営みのなかにある創造的な可能性と矛盾について探求する。人間のコミュニケーションがいかに不確かなものであるかを明らかにしつつ、彼は、鋭い観察眼(耳)と控えめなユーモアをもって、私たちが日ごろ当たり前のものとしている感覚や認識へと光を当てていく。
《無題》 2004 フォトグラム
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
《エフェメラ: ミュージカル・スコア[部分]》 2009 28 枚の印刷物より
Produced and published by mfc-michèle didier, Paris /Brussels © Christian Marclay & by mfc-michèle didier.
Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
Translating Marclay…
一方で、マークレーの作品は、現在の時間のなかで変化し、鑑賞者によって、開かれた複数の体験へと「翻訳」されるものでもある。例えば彼の初期の代表作である《レコード・ウィズアウト・ア・カバー》(1985年)は、保護パッケージのない LP レコードで、 輸送、保管、再生の過程でつけられた傷が、録音と一体となっていくもの。
会期中には、日本在住の音楽家が彼の「グラフィック・スコア」を翻訳し演奏する関連イベントも開催。
*展覧会リリースより引用
《無題 (「グラフィティ・コンポジション」シリーズより)》 1996-2002
150 枚からなるポートフォリオより
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
音楽とアートをつなぐ最重要作家の国内初の美術館での大規模展覧会
「すべての芸術は音楽にあこがれる」という19世紀の批評家の言葉を引くまでもなく、視覚と聴覚の交差というテーマは古今東西の多くの芸術家を惹きつけてきた。音楽シーンでまず注目されたクリスチャン・マークレーは、このふたつの解きほぐせない関係を数多くの注目すべき作品を通して探求し、現代美術の分野でも最も人気のある巨匠として活躍。本展は、世界中の主要な美術館で発表を続けてきた彼が、日本の美術館で初めて開催する大規模な個展だ。
《リサイクリング・サークル》 2005 映像・音響インスタレーション Photo: Osamu Watanabe
© Christian Marclay. Courtesy Gallery Koyanagi, Tokyo.
《コンチネンタル(「ボディ・ミックス」シリーズより)》 1991
ふたつのレコードカバー、木綿糸 54.6 cm × 33 cm Photo: Steven Probert
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
音楽、アート、マンガ、映画…。サンプリングという表現手段
1970年代からサンプリングやコラージュという手法を発表してきたマークレー。音楽、アート、マンガ、映画、街のグラフィティまで、彼が既存の世界をどのように翻訳し、リミックスしてきたのか。初期から最新作まで、その全キャリアを振り返る作品だ。
《叫び(オレンジと青の振動)》 2019 多色刷り木版画 220.1 cm ×121.5 cm
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
《フェイス(恐れ)》 2020 コラージュ 30.2 cm × 30.3 cm
© Christian Marclay. Courtesy Gallery Koyanagi, Tokyo.
大規模インスタレーションによって体感する、音とイメージの交差
「音を見る/イメージを聴く」という未知の体験へと鑑賞者を導くマークレーの大規模なインスタレーション。映画のシーンをサンプリングし四つの連続する画面に視聴覚作品として構成した最高傑作のひとつ《ビデオ・カルテット》(2002年)や、マンガから切り取ったオノマトペの文字が、それぞれの言葉の音響的特性を示すような動きのついたアニメーションとなり、音の大洪水として降り注ぐ《サラウンド・サウンズ》(2014-2015 年)などを展示。
《サラウンド・サウンズ》 2014-2015 映像インスタレーション
Photo: Ben Westoby
© Christian Marclay. Courtesy White Cube, London, and Paula Cooper Gallery, New York.
関連イベント
∈Y∋、大友良英、コムアイ、巻上公一、山川冬樹らが、クリスチャン・マークレーの「グラフィック・スコア(図案 楽譜)」を演奏するイベントを、会期中複数回にわたって開催。また、この演奏のために、ジム・オルークを中心とするバンドも結成される(ジム・オルーク(ギター)、山本達久(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス))。1986年の初来日にはじまる、日本の実験音楽シーンとマークレーとの特別で継続的な関係に新たな1ページが記される。(詳細は後日美術館ウェブサイト等でお知らせします。)
フォノギターを弾くクリスチャン・マークレー 1983 Photo: Steve Gross
© Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.
クリスチャン・マークレー
Photo by The Daily Eye
クリスチャン・マークレーは1955 年アメリカ・カリフォルニア州に生まれ、スイス・ジュネーヴで育った後、ボストンのマサチューセッツ美術学校で美術学士を取得後、ニューヨークのクーパー・ユニオンで学ぶ。長年マンハッタンを拠点に活動してきたが、近年はロンドンに暮らす。1979年にターンテーブルを使った最初のパフォーマンス作品を発表。レコードをインタラクティブな楽器として扱う先駆的なアプローチにより、実験音楽シーンの重要人物として一躍知られるようになる。1980 年代以降には、即興の演奏のほか、聴覚と視覚の結びつきを探る作品で、美術の分野でも活躍する。
代表作のひとつ《ザ・クロック》(2010)で第54回ヴェネチア・ビエンナーレ(2011)金獅子賞を受賞し、公式展示のなかで最も優れたアーティストとして評価される。ロサンゼルス・カウンティ美術館(カリフォルニア州)(2019年)、 バルセロナ現代美術館(スペイン)(2019年)、アールガウアー美術館(スイス・アーラウ)(2015年)、ホイットニー美術館(ニューヨーク)(2010年)など世界各国の主要な美術館での個展を開催するほか、音楽の分野でも重要な活動を続け、『Record Without a Cover』(1985 年)、『More Encores』(1988年)、『Records』(1997年)などのリリースのほか、これまで、ジョン・ゾーン、エリオット・シャープ、ソニック・ユース、フレッド・フリス、スティーブ・ベレスフォード、オッキュン・リー、大友良英ら数多くのミュージシャンと共演、レコーディングを行っている。
クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する] Christian Marclay Translating
会期 2021 年 11 月 20 日(土)-2022 年 2 月 23 日(水・祝)
休館日 月曜日(1 月 10 日、2 月 21 日は開館)、年末年始(12 月 28 日-1 月 1 日)、1月 11 日
開館時間 10:00-18:00(展示室入場は閉館の 30 分前まで)
観覧料 一般 1,800 円 / 大学生・専門学校生・65 歳以上 1,200 円 / 中高生 600 円 / 小学生以下無料
会場 東京都現代美術館 企画展示室 1F
東京都現代美術館 〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
ハローダイヤル 050-5541-8600(9:00-22:00 年中無休)
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
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