鑑賞者が自らのオリジナルな「視線」を再発見する。細倉真弓 個展「Sen to Me」




Takuro Someya Contemporary Art は9月4日(土)より、細倉真弓の個展「Sen to Me」を開催中。
本展覧会は、今年4月にTSCAで開催された映像の展覧会「ジギタリス、あるいは一人称のカメラ|石原 海、遠藤麻衣子、⻑谷川億名、細倉真弓」を企画した細倉の、TSCAでは初めての個展となる。
「ジギタリス、あるいは一人称のカメラ」で展示した映像作品「digitalis」シリーズに加え、フォトグラムに機械刺繍を施した新しいシリーズ「Sen to Te」を発表。




近年、細倉真弓は、視線が交差するフィールドとしての作品に興味を持ち制作してきた。
2019 年に発表された「NEW SKIN」では、男性身体に注がれる複数の視点を、デジタル・コラージュで異な るいくつかの媒体の写真を重ねることで可視化している。
本展覧会「Sen to Me」を構成する「digitalis」と「Sen to Te」の二つのシリーズでは、写真のコラージュやレイヤーはシンプルなものに変化し、鑑賞者が自らのオリジナルな「視線」を再発見する装置として提示されている。
「digitalis」シリーズは、日々、細倉が撮りためてきた写真をコラージュした一枚の巨大なイメージの中を、カメラがゆっくりとスクロールしていく映像作品。イメージの個々の要素は、細倉の視点が反映されたものだが、映像のゆっくりとした、というよりも遅すぎる横移動は、焦れた鑑賞者の目線のさまよいを促す。本作は単なる映像でも写真でもなく、静止している写真をスクロールさせることによって、わたしたちの目がその遅さに耐えられないということを気づかせるのだ。
新作「Sen to Te」は、フォトグラムのプリントに刺繍を施した作品であり、近年の細倉が行ってきたデジタルによる制作プロセスが、アナログで物理的な空間へと移行されている。フォトグラムとは、「カメラを使わない写真」といわれる技法であり、暗室の中で感光する性質を持つ印画紙にものや手を置いて上から光をあて、影となった部分を白く痕跡として残すことでイメージを作り出す。撮り手と被写体の関係を緩やかに解きほぐすフォトグラムは、写真が光によって作られることを示す最もプリミティブな技法だ。フォトグラムの手法では、印画紙に光を当てる時間を数十秒ほどに設定することによって、その一定の時間の手の動きを影として1枚のイメージに残すことができる。今回、細倉は一貫して自らの手の影を用いて制作しているが、その影の形は現像するまで確認できない。自らの意思で手を動かしながらも、そのイメージはコントロールから独立した偶然のあらわれだ。 細倉は、このフォトグラムを「写真のドローイング」のようなものと位置づけている。細倉にとってフォトグラムの手法は、身体の運動をそのまま痕跡として支持体に定着させるという点において、ドローイングと似た性質を持つ。また、線を描くという意味でも本展覧会の「視線」の問題と密接な関係を持つといえるだろう。
本作ではさらに、アナログな写真技法であるフォトグラム上に、デジタルミシンで刺繍を施している。写真のプリントつまり、「ものとしての写真」は、アーカイブや展示においてもデリケートな扱いを前提としている。しかし、細倉が「Sen to Te」で行うプリントへの刺繍は、無慈悲にも写真に無数の穴を開けていくもの。 また、刺繍は「人の手」、特に女性の手を想起させる工芸だが、本作における刺繍は機械によって生成されたいわばドライな刺繍と言える。現代ではデジタルデータと強く結びついている「写真」をアナログかつ一点物のユニークにすること、そして、いまだに根強く人の手を想起させる刺繍を、デジタル・データで 出力することによって、本作ではメディウムが持つ条件を転覆している。





アーティストステイトメント


古着店「OASIS II」とのコラボレーションによって刺繍で描かれた線は、制作の段階ではフォトグラムを見たときの視線の動きを再現していたと細倉は言う。しかしながら制作を進めるにつれて、その線は視線の動きに先行する、いわば視線を誘導するものに変化していった。 確固たる対象を持たないこと、偶然によって作られたイメージ、共同制作などはスケッチドローイング的な 不確定な要素を作品にもたらす。
細倉は人々が同じひとつの作品を見ていても、それぞれの視点によっては全く異なるものを見ているかもしれないということに関心を寄せている。本展覧会は、そうした作家の関心を経験として鑑賞者に提供する、自らの「視線」を見つめる空間といえるだろう。


「線と目」
ここにある映像たちはとても「遅い」。 同じ映像を見ていてもその「遅さ」の中では、見ている個人の体の中の記憶がその「遅さ」よりも早く映像 へとフィードバックされる。一つの映像の中に無数の個別の体験を内包させること、そしてその別々の体験 を携えながら共に見ること。
そういった自分と他者の共有できない孤独な体験に面白さを見出している。
一方でフォトグラムと刺繍のシリーズは、その行為を圧縮したようなものだ。
刺繍は京都の古着店「OASIS II」との共同作業である。施された刺繍は私がこのように見たと思った結果でもあるし、「OASIS II」がそうする時もあれば、お互いの視線の痕跡が曖昧に混じり合ってできたもの もある。 機械によって印画紙に縫い付けられた刺繍は一見、「これはこうでしかない」という顔をしているが、本当はそんな確固としたものではなく、誰かの視線の可能性の一つでしかないとても曖昧なものとしてそこにある。
自分の視線と誰かの視線を重ね合わせること、そしてその結果、全く違うものを見ていること。わかりあえ なさを共有するような体験の先に何かあるのだろうか。 ここ数年の私の興味はそのあたりにある気がしている。



Installation view of Mayumi Hosokura “Sen to Me,” photo by Shu Nakagawa.


細倉真弓 Mayumi Hosokura
東京/京都在住。 触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。
立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。
主な個展に「NEW SKIN |あたらしい肌」(2019 年、mumei、東京)、「Jubilee」(2017 年、nomad nomad、香港)、「Cyalium」(2016 年、G/P gallery、東京)、「クリスタル ラブ スターライト」 (2014 年、G/P gallery、東京)、「Transparency is the new mystery」(2012 年、関渡美術館 2F 展示室、 台北)など。 主なグループ展に、「ジギタリス、あるいは一人称のカメラ|石原海、遠藤麻衣子、⻑谷川億名、細倉真 弓」(2021、TSCA)、「The Body Electric」(2020 年、オーストラリア国立美術館、キャンベラ)「小さいながらもたしかなこと」(2018 年、東京都写真美術館、東京)「Close to the Edge: New photography from Japan」(2016 年、Miyako Yoshinage, NY)、「Tokyo International Photography Festival」(2015 年、 Art Factory Jonanjima, 東京)、「Reflected-Works from the Foam collection」(2014 年、Foam Amsterdam、アムステルダム)など。
写真集に『Jubilee』(2017 年、artbeat publishers)、『transparency is the new mystery』
(2016 年、MACK)、『FASHON EYE KYOTO by MAYUMI HOSOKURA』(2021 年、LOUIS VUITTON)など。
作品の収蔵先として、東京都写真美術館など。
Web: http://hosokuramayumi.com/
「Sen to Me|細倉真弓」
会期:9 月 4 日(土)〜10 月 9 日(土)
開廊:火〜土 11:00 ‒ 18:00
休廊:日曜・月曜・祝日
会場:Takuro Someya Contemporary Art
〒140-0002 東京都品川区東品川 1-33-10 TERRADA Art Complex 3F TSCA
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