新店ラッシュの千葉県館山市で何が起きてる? 一人の大家から“自分ごと化できるまち” へ
自分のまちが静かに寂れていく。やるせない気持ちになるけれど、どうしようもない。道路ができて便利になった。そのぶん駅前の店は1軒減り、2軒減り。ふと気づけば私たちはたくさんの居場所を失っている。同じような状況が日本各地にある。
ところがそれに逆行して、新しい店が次々に生まれているまちがある。千葉県館山市。中心街に今年新たに4軒、ここ2年でみれば7軒の店がオープンした。マイクロデベロッパーを称する漆原秀(うるしばら・しげる)さんの働きかけで“まちを自分ごと化する”という流れが形になり始めている。いま館山で起きていること、これまでを聞いた。
初めてのご近所づきあいで知った、心強さ
東京湾の青い海をアクアラインで横切り、濃い緑の山々を抜けて房総半島を南下する。新宿からバスで1時間半。海まですぐの立地だけあって、館山は潮風の吹く明るいまちだった。あちこちに残るレトロで小洒落た風の建物は、ここがリゾート地だった名残でもある。
駅から10分ほど歩くと、漆原さんの運営する「tu.ne.Hostel」の白い壁が見えてくる。元診療所だった建物をリノベーションしたゲストハウス。
それ以外にも、お隣の立ち食いそば屋「常そば」。向かいのビル2階にはtu.ne.の別館。図書室やシェアハウスなど、徒歩10分圏内に新しい施設や店をオープンさせてきた漆原さん。
周囲から “ウルさん”と呼ばれるこの男性、いったい何者なのだろう?
マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)
「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)
漆原さんの称するマイクロデベロッパーとは、大きな開発ではなく、リノベーションによって小さな拠点を再生し、その点と点をつなぐことで人の営みを取り戻し、エリアの価値をあげていこうとする事業者のこと。
tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)
(写真撮影/ヒロタケンジ)
初めて手がけたのは、賃貸住宅「ミナトバラックス」だった。
「館山に移住してきたのは4年半ほど前です。以前は都内のIT系企業に勤めていたんですが、仕事のストレスでパニック障害になってしまって。子どもも小さかったし、違う生き方を考えないといけないなって。もともと趣味だったDIYと不動産投資をかけ合わせて仕事にできないかと、本気で勉強しました。館山には両親のために建てた家とアパートがあって、その隣の官舎をコミュニティ型賃貸住宅にできたらいいなと思ったのが始まりです」
もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)
DIYで共用スペースを改修し、「DIY自由、原状回復義務なし」の物件として入居者を募集したところ、全13戸のうち11戸はすぐに埋まった。県北からの移住者が多く、映像クリエイターや翻訳者などの自営業者、勤め人など、単身者から子育て世帯までさまざまな人たちが暮らしている。
漆原さんも大家として、妻と当時8歳だった娘さんと3人ですぐそばの家に暮らし始めた。
(写真撮影/ヒロタケンジ)
隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も(写真撮影/ヒロタケンジ)
このミナトバラックスの入居者との交流が、漆原さんにとって人生で初めてのご近所付き合いになった。
「七夕や夏祭り、ハロウィーン、バーベキューなど、しょっちゅうみんなで集まってイベントしたり、食事したり。これが想像以上に楽しくて居心地がよかったんですよね。うちの娘は一人っ子ですけど、一気に妹や弟、親戚のおじちゃんおばちゃんができたみたいで」
コミュニティを運営するには、入居者のやりたいことをサポートするのが一番だと気付いた。子育て中の女性の提案から美容師を呼んで出張ヘアカット会を開いたり、月に一度はマッサージ会を行ったり。共用スペースで入居者の作品展を行ったこともある。
「令和元年の房総半島台風の時には、停電の不安な夜を、ろうそくを囲んでみなで過ごしました。水も止まったので、隣のアパートのシャワーを使えるようにしてあげて。冷蔵庫の食材がいたむ前にみんなで食べようってバーベキューをしたり」
親戚のようなご近所の存在が、心強く感じられた体験でもあった。
ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)
大家さんからマイクロデベロッパーへ
こうして暮らすうちに、不動産投資に対する考え方も変わっていったという。
「“ミナバラ”で起こっていることがもう少し広い、まちの規模で起これば、館山全体が変わるんじゃないかと思ったんですよね。お金だけの投資が目的じゃなくなってきて。もちろん物件を購入する時は多額の借入をします。だけど収支計画を立てて回収できる絵を描けば銀行も融資してくれますし、それほど怖いことではないんです」
そうしてミナトバラックスに続いてtu.ne.Hostelを開業後、今度は元薬局だったまちのシンボルのような建物「CIRCUS」のリノベーションに着手。1階は大量に残っていた戦時中の蔵書を活かした戦争資料館「永遠の図書室」を2020年3月に、2階以上はシェアハウスとして2021年5月にオープンした。図書室の取り組みはNHKなど広くメディアでも取り上げられた。
「私利私欲じゃなく、公的な意味でやっている面が初めてまちの人たちにも伝わったのではないかと思います。たまたま見に来てくれた女性が働いてくれることになって。戦争という少し重いテーマなんだけど、若い人がフロントに居ることで、気軽に立ち寄ってお茶を飲んだり、勉強するようなサードプレイスとしても活かしてもらえるんじゃないかと」
(写真撮影/ヒロタケンジ)
(写真撮影/ヒロタケンジ)
台風の後、まちの中心部が真っ暗だったときには、CIRCUSの屋外にイルミネーションを灯し続けた。それを見てほっとしたと言ってくれる人もいた。
例えばシェアハウスの住人がまちの床屋へ出向く。お金を落とすだけでなく、床屋のご主人と言葉を交わす。そんな小さなアクションの連続でまちは成り立っていて、建物が空き家のままでは何も生まれない。
もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)
面白い大家さんが増えれば、まちは楽しくなる
「まちって、土地建物の所有者のつながりでできているんだなって気付いたんです。だから物件オーナーや大家さんにもっと新しい挑戦をする人が増えれば、まちも楽しくなるんじゃないかなと」
漆原さんには、いつか館山で開催できたらと思い描くプロジェクトがあった。全国80カ所近くで行われてきた「リノベーションスクール」。空き家や空き店舗を活かすためのアイデアを参加者が考え、オーナーに提案して実現をめざす実践型の遊休不動産再生事業である。
「でもリノベーションまちづくりに取り組んでいるのは、全国でも数十万人規模の、都道府県の代表か中堅にあたるような市町村がほとんど。人口4万5000人の館山では難しいだろうなぁと思っていました」
ところが物件のリノベーションを進めるうちに、同じような想いをもつ人たちと知り合っていった。地元の有力企業の後継者や行政職員、NPO従事者などさまざまな顔ぶれ。そうしたメンバーと合宿や視察を重ね、ついに市の主催でリノベーションスクールが開催できることになった。漆原さんは実行委員として尽力した一人。後に地域おこし協力隊として担当者になった大田聡さんに「突然だけど、館山に来ない?君しかいない」と、公募情報を提供したのも漆原さんだった。
2020年1月に第1回目のリノベーションスクールが開催され、その後1年半で館山に新しい店が3軒も生まれたことを考えれば、漆原さんがつないだ縁は大きい。
tu.ne.Hostelの向かいのビル1階には大田さんが開いた明るく開放感のある「CAFE&BAR TAIL」、その奥にはクラフトジンの製造所ができた。少し離れた場所には内装の9割が古材でつくられ、10年来そこにあったような雰囲気を醸すナイトバー「WEEKEND」がオープン。これもリノベーションスクールで結成したチームが手がけた。
そして、やはりまちづくりリノベーションの講演会を聞いて、「自分も実家があるのだから、まちの当事者だと気付いた」という都内勤務の男性が、退職後に自宅の一部を改装してカフェ&ガーデン「MANDI」をオープンさせた。
いま、館山では、2年前には想像もつかなかった開店ラッシュが起きている。
2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)
この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)
庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)
こうして店の増えているエリアは、古くからの地名「六軒町」をもじって「ROCK‘N’CHO」とも記される面白いエリアになりつつある。
かっこいいパパで居るために
それにしてもなぜ、生まれ故郷でもないまちにそこまで深くコミットできるのか。
「子どもが生まれた時、この子が20歳になるまで、僕はなんとしても生きて、稼ぎ続けなきゃいけないんだなって思ったんですね。それも家賃収入でまったり暮らせればいいとかじゃなくて、やっぱりかっこいいパパでありたい。かっこいいって、挑戦し続けることじゃないかなって思ったんです。
さらに言えば、シャッター街を横目に、このまちに未来があるとは、子どもたちにとても言えない。それで変な責任感がわいてきたところもあります」
いまtu.ne.Hostelでは、漆原さんのあとを担う、二代目マネージャーを募集中。ゲストハウスはその人に任せて、漆原さんはもう少し広い視野で館山の駅周辺を活性化する事業を手がけていきたいと考えている。駅前の空きテナントビルを活用するために、仲間とともにリノベーションまちづくりを進める家守会社を新たに立ち上げた。
漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)
「僕自身、今しかできないこと、僕にしかできないことをやろうと思っていて。
関わる相手の『居場所』と『出番』を用意することを意識しています。安心していられる居場所と、その人が自分の役割を見出して、ここなら役に立てるという出番。
それをつくるのも今の自分ができること。そこに自分自身の居場所と出番もあると思う。いまの仕事は、その対価がお金だけじゃなくて、信用とか、感謝とか、別の形でかえってくるのが、とても心地いいんです」
取材の間、どこへ行っても「ウルさん」と親しげに声をかけられていた漆原さん。暮らすまちに自分の居場所と出番があれば、人は何より幸せを感じられるのかもしれない。
■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分たちの手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。
●取材協力
tu.ne.Hostel
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