子どもがまちづくりに積極的に参加する理由とは? 「SDGs未来都市」長崎県壱岐市の挑戦
長崎県壱岐市で暮らす人々は自分の子どもはもちろん、地域の子どもたちの活動に対してもとても興味関心が高いそうだ。それゆえ「SDGs未来都市」の取り組みの一員として子どもたちをしっかりと迎え入れ、独自性の高い活動を続けている。今回はその壱岐市を訪れて、どのような取り組みを行っているのか、そしてこれからを生きる壱岐市の子どもたちが何を感じ、どう行動しているのかを探ってきた。
可能性と課題が混在する壱岐市は「25年後の日本」の姿
長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)
2015年9月、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)。その達成へ向けて優れた取り組みを提案し、国から事業として選定された地方自治体が「SDGs未来都市」だ。2021年現在、国内のSDGs未来都市は124都市。2022年~2024年は毎年30都市程度を選定予定で、その数はさらに増加する。
つまり「SDGs未来都市」は国がそれだけ重視している事業なのだ。そのなかで長崎県壱岐市の取り組みは、「自治体SDGsモデル事業(2018年~)」にも選ばれ、SDGsに対して先導的な役割を果たしてきた。
壱岐市役所総務部SDGs未来課篠原一生(しのはら・いっせい)さんによると「壱岐市の人口は現在、約2万6000人です。気候は温暖で過ごしやすく、高速船に乗れば福岡県福岡市へ約1時間でアクセスできる便利な島なんです。全島に光ファイバー(光回線)が張り巡らされているので、今話題のワーケーションや二拠点生活の場にも適しています」。移住者からも注目を集めているそうだ。
ただ、同じくSDGs未来課の中村勇貴(なかむら・ゆうき)さんが「その一方で、少子高齢化が進み、基幹産業である1次産業の担い手は不足しているんですよね」と話すように、課題もある。「日本の25年後の姿」というのも壱岐市の横顔のひとつだ。
壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)
壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)
AIやIoTで壱岐市の課題を解決しながら、経済を発展させる
壱岐市の「自治体SDGsモデル事業」は「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」と名付けられている。この事業には2つの柱があり、そのひとつは「先進技術を取り入れ、少子高齢化などの社会問題解決と、1次産業を中心とした経済発展を両立すること」である。
代表的な例はAIやIoTのチカラで課題を解決するスマート農業だ。壱岐市名産のアスパラ栽培の中で大変な作業の水やりをAIに管理させ、省人化と生産性向上を図っている。また、規格外アスパラをピエトロプロデュースの料理キットと一緒にWEBで販売して収益アップを目指しながら、食品ロスの問題解決にも着手。TOPPANと組んでECサイト用商品の開発を行っている。
ほかにもエネルギーの自給自足、高齢者の島内移動手段など課題は多い。島内の知恵・情報・人材には限りがあるため、外部の企業と手を取り合ってスピード感を高めているのが特長と言える。
「事業としてうまく進まない場合もあるが、行政も柔軟な姿勢を心がけ、めげずにトライ&エラーを続けられるのも壱岐市の強みですね」とSDGs未来課の篠原さん、中村さんは話す。
アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)
低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)
低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)
高校生、壱岐市の人々、島外者がつながり、イノベーションが起きる
「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」のもうひとつの柱は、「現実・仮想においてさまざまな人や情報がつながることで、イノベーションが起こり続け、あらゆる課題に対応できるしなやかな社会をつくり、一人ひとりが快適で活躍できる社会をつくること」。すでにいくつかのプロジェクトが進行している。
そのなかでSUUMOジャーナルが特に注目したのは「壱岐なみらい創りプロジェクト」だ。東京大学OBを中心にイノベーション教育を全国に広げる団体「i.club(アイクラブ)」と壱岐市がタッグを組み、次代を担う高校生に対するイノベーション教育とみらい創りのための対話会を行っている。
その目的は、イノベーション教育を通して高校生やその周囲の人々の「地域に対する誇りや愛着」を醸成すること。それと同時に課題解決につながる高校生の「イノベーションアイデア」を創出することだ。さらに壱岐市内に「コミュニケーション・インフラ」を構築することも図る。
「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)
「壱岐なみらい創りプロジェクト」で対話を重ねることで、参加者たちは年齢を問わず自ら動き出す。そして周囲の壱岐市民、島外からの移住者や長期滞在者、また一周回って行政を巻き込んでいく。SDGsを「自分ごと」と捉えて、実行に移してマインドが少しずつ対話会で育まれていく。
ちなみに壱岐市は、郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町の4町が合併して2004年に誕生した。そのため旧4町の間にはまだボーダーラインが存在する。しかし最近、壱岐市にやってきた移住者たちはいい意味でボーダーラインを軽く超えていく。旧4町の潤滑油そして刺激になっているという。
壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)
「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)
高校生たちが考えた「食べてほしーる。」で食品ロスを削減したい!
このように進められている「壱岐なみらい創りプロジェクト」のなかの取り組みのひとつ「イノベーション・サマープログラム」で、壱岐高校の生徒と大学生のメンバー計8名で考案したものがある。それは賞味期限が間近の食品の購入を促すシール「食べてほしーる。」だ。
開発のきっかけは壱岐市内にあるスーパーマーケット「スーパーバリューイチヤマ」をメンバーが訪問したこと。賞味期限が切れた食品はまだ食べられる状態でも廃棄せざるを得ないという課題を掘り起こし、少しでも食品ロスを減らすための手段として「食べてほしーる。」を考案した。シールを貼ることで、賞味期限が近い商品から購入してもらうように促すという作戦だ。ただ、促すだけではすぐには浸透につながらなかった。
そこで「スーパーバリューイチヤマ」の店長はメンバーと同学年の生徒の父親でもあったので「子どもたちが頑張っているんだ。なんとか応援してあげたい!」と、「食べてほしーる。」にポイントを付与することを決定。啓蒙だけでなく、ポイント付与で顧客メリットを高めることでシールへの注目度もUPさせた。
壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)
「スーパーバリューイチヤマ」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)
この「食べてほしーる。」の活動は、壱岐高校ヒューマンハート部探求チームの後輩たちに引き継がれ、少しずつ壱岐市民の認知度もあがっている。また「食品ロス削減推進大賞」(消費者庁主催)で内閣府特命担当大臣賞に次ぐ消費者庁長官賞も受賞した。
「食べてほしーる。」は「SDGs未来都市」であり「島」だからできた活動?
2021年現在、「食べてほしーる」のメンバーだった高校生は島外へと進学し、大学生活を送っている。自炊用に自分で食材を購入するようになった今、賞味期限が近い食材に自然と手が伸びるという。
大学で知り合った友達に「食べてほしーる。」の話をするとほぼ全員から「そんな活動は体験したことがない」と言われるそうだ。自分たちの取り組みは「SDGs未来都市」の壱岐市だからできた貴重な機会だったと実感もしている。
2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)
ただ、都市に暮らす今、「壱岐市は『島』だし、のんびりしていて、人々が温かく、顔見知りも多い。それに大人たちは子どもの活動にすごく興味を持ってくれているので『食べてほしーる。』の活動が有効だったのかもしれない」とも感じている。
「スーパーバリューイチヤマ」も地元のスーパーだから、気軽に相談に乗ってくれた。大学生となったメンバーが現在住んでいる島外の街には、大規模なショッピングモールがある。地元のスーパーでなくても実現できるのか?と考える時もあるそうだ。
子どもから大人へ、小さな街から大きな都市へ、SDGsを伝える
だからといって学生たちは「食べてほしーる。」の可能性をあきらめているのではない。
これまで世の中の出来事の多くは、大きな都市から小さな街へと伝えられた。しかしこれからは、小さな街での出来事を大きな都市に発信していくことが、新しい発想や今までなかったアイデアを生み出すと考えている。
「利益にとらわれず、誰かのため、地球のため、行動を起こすこと。これがSDGsの基本にあります。だからむしろ、小さなコミュニティからスタートした方が行動を起こしやすいのかな」と学生たちは前を向いている。
先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)
今、壱岐市では「壱岐なみらい創りプロジェクト」のほかにも、中学校では環境ナッジ「住み続けたいまちづくり運動」、小学校では「海洋教育プロジェクト」、各小学校区で「まちづくり協議会」の設立と、自分たちが暮らす街とSDGsがクロスした学び・活動が繰り広げられている。
そして、子どもたちがその活動を家庭で話題にすることで、大人もSDGsへの興味を高めていることが、大人たちが子どもに高い関心を持つ壱岐市ならではの展開だと言えるだろう。市民全員がSDGsを「知っている」から「興味・関心を持っている」に変わる。それこそが最たるイノベーションだと感じられた。
今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)
高校生・大学生へのインタビューでは「親や祖父母はSDGsという名称は知っているけれど、その中身には興味がなさそう」「SDGsはみんなのためにあるものなのに、壱岐市にとってのメリットが基準になっている大人もいる」などのジレンマともいえる言葉も聞こえた。裏を返せばこれは未来の主役でありSDGsの担い手である子どもたちが、想像以上にしっかりとSDGsを見つめているということ。壱岐市の子どもたちは、高校卒業後に島を離れる割合が高いが、どこにいようとも壱岐市で体感したSDGsを伝える存在になってくれることだろう。
●取材協力
・長崎県 壱岐市役所総務部SDGs未来課
・一般社団法人 壱岐みらい創りサイト
・長崎県壱岐市 壱岐-粋-なSociety 5.0パビリオン(welcomeページ公開中/2021年8月27日本公開予定)
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