おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる
中古マンションや一戸建てをオシャレに変えるリノベーションという選択肢はすっかり浸透してきたが、住宅性能は中古のまま……ということは珍しくない。しかし、元の住宅よりも「性能向上」をさせるリノベーションが最近注目を集めている。全国でそのプロジェクトに取り組むYKK APリノベーション本部の西宮貴央さん、4月に完成した「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さん、リノベーションコンサルティングの黒田大志さんに話を聞いた。
「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」で住宅性能の向上が脚光を浴びている
鳥のさえずりが心地よい神奈川県鎌倉市内の高台にある「鎌倉の家」。フルリノベーションされた築46年の民家だ。南側の道路に面したガレージの横にある階段を上り、玄関を開けると、水まわり部分を除けばほぼワンルームという広い空間が広がる。施主のライフスタイルに応じていかようにも仕切られたり、生活しながらインテリアを施主の好みに仕上げられる、こうした令和の時代に即したモダンな間取りや内装の仕上げについ目を奪われがちだが、「鎌倉の家」 の一番のウリは「一年中快適に過ごせる断熱性の高さと、ずっと安心して暮らせる耐震性の高さ」にある。
リノベーション前(写真提供/YKK AP)
レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)
断熱性能はHEAT20のG2グレードを満たすUa値0.39。これは国の省エネルギー基準で言えば北海道に推奨されているものよりも高いレベルで、断熱先進国のドイツ並みの断熱性能であることを示している。一方、耐震性能のほうも上部構造評点1.61。新築住宅の耐震等級で言えば最も高い等級3に相当する。
実は最近、こうした「住宅の性能を向上させるリノベーション」に注目が集まっている。きっかけは、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」での受賞だ。「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」とは優れたリノベーション事例を表彰する制度で、「鎌倉の家」を手がけたYKK APが、「鎌倉の家」より前に全国5カ所で取り組んだリノベーションに対し、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019」無差別級部門の最優秀作品賞が贈られた。
翌年の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」でも、同様に省エネ性能を高めた古民家が1000万円以上部門で受賞している。もはや「今の時代に即した間取りにする、空間をおしゃれにする」のはマストで、これからのリノベーションに求められることは「本当に“快適”と呼べる住宅まで性能を向上させる」ことだと示唆するように。
実際、「鎌倉の家」を購入した夫妻は、住宅の性能の高さが決め手となったそうだ。海外旅行を年に1回楽しむなど、自分たちのライフスタイルを大切にしたい、そのためには家の購入費用を抑えたいと考えていた二人は、新築ではなく中古住宅を購入してリノベーションすることを検討していた。そんな時に見つけたのが「鎌倉の家」だった。正直、当初の予算よりは少し増えたそうだが、それでも「鎌倉の家」の性能の高さに惹かれたという。
リノベーション前の1階リビングルーム(写真提供/YKK AP)
リノベーション前の1階キッチン(写真提供/YKK AP)
リノベーション後の1階のリビングダイニングキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)
1階は既存の洋室+和室+廊下部分をワンルームに間取りを変更(写真撮影/桑田瑞穂)
使える梁や柱はそのまま使用されている(写真撮影/桑田瑞穂)
実は日本は“断熱性後進国”、しかも地震が多い国
YKK APでは、住宅の断熱性能と耐震性能を向上させるリノベーションを「戸建性能向上リノベーション」と呼んでいる。同社のリノベーション本部の西宮貴央さんは「我々の主力商品である窓やドアなどの開口部は、断熱性や耐震性を高める際の要です。例えば家の熱の出入りは、窓やドアなど開口部が一番大きいのです。そのため従来から断熱性の高い窓やドア、耐震性能を高める商品を開発してきました」
一方で、今後の人口減少が見込まれる中、既に住宅総数が世帯総数を上回っていることを考えると既存住宅をきちんと手入れして、次の住民が快適に長く住める家にすることが重要だ。「そうした時代背景もあり、我々の『戸建性能向上リノベーション』のプロジェクトが始まりました」(西宮さん)
左から、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを手掛けたu.company株式会社の黒田大志さん、不動産事業者として関わった株式会社プレイス・コーポレーションの浜田伸さん、YKK APリノベーション本部の西宮貴央さん(写真撮影/桑田瑞穂)
2017年からスタートしたこのプロジェクトは、最新の「鎌倉の家」で16例目。北海道から神奈川、長野、鳥取、京都、兵庫、福岡……と全国各地で「戸建性能向上リノベーション」が行われている。
「最初は東京都の下北沢の事例でした。確かに断熱性や耐震性をもとの住宅より高めるリノベーションはこれまでにもあったとは思いますが、我々は断熱性ならHEAT20のG2レベル、耐震性は耐震等級3相当と具体的な数値目標を掲げて始めました」(西宮さん)
断熱性も耐震性も、「高い」といった抽象的な表現より、具体的な数値を示されたほうが説得力はある。しかも国の省エネルギー基準や、国が最低限求めている耐震等級1相当よりも高い基準値をクリアしているとなればなおさらだ。また将来手放す際においても性能が可視化(それも高いレベルで)できるため、家の価値も高いままで売ることが期待できる。
道路から一段高く、庭もあるため、南側に大開口の窓を備えてもプライバシーを確保しやすい。窓の周りの壁にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入っている。さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームで、この写真だけで耐震フレームが4つ備わっていることになる(写真撮影/桑田瑞穂)
実は日本は“断熱性後進国”だ。本来、家の断熱性能を高めるには同時に気密性を高める必要がある。しかし『徒然草』にも書かれているのだが、昔から蒸し暑い夏のある日本では、気密性を高めるのとは逆に、開口部を大きく開けることで風通しをよくすることが重んじられてきた。そのため日本人は「夏は暑い、冬は寒い」ものとして、住宅の断熱性をあまり気にしなかった。
やがて世界の国々と比べて日本の省エネルギー基準は遅れを取り、現在ではドイツやアメリカ、中国よりも低い基準となってしまった。しかもヒートアイランド現象や近年の地球温暖化の影響で、『徒然草』の書かれた約700年前のように窓を開放しても、今や体温と同じ、あるいはそれ以上の温度の空気が入ってきて、ちっとも涼しくなどなくなっている。
そこで地球温暖化やエネルギー問題に対応するため「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」が2009年に発足した。この組織の略称が「HEAT20」で、住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている。以前、SUUMOジャーナルでもご紹介したように、HEAT20で推奨している省エネ基準は、断熱先進国と呼ばれるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルで、近年自治体が独自に採用し補助金制度を導入する例もある(「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由)
耐震性にしても、開口部が大きければ当然建物を支える力は弱くなる。1981年に新耐震基準が施行され、2000年にその改正が行われたが、その最低基準である耐震等級1は阪神・淡路大震災レベルの大地震でも「倒壊しないこと」が求められている。しかし要は「命が助かること」を最優先しているため、壁にヒビが入ったりして、損傷の度合いによっては住み続けることが難しくなる。
窓はYKK APの高断熱の樹脂窓、ドアも断熱性の高いものが使用されている。また壁には断熱材(グラスウール)がたっぷりと入れられた(写真撮影/桑田瑞穂)
これが等級3になると、ダメージが少なくなるため、地震後も住み続けやすい。ちなみに災害時の救護活動の拠点となる消防署や警察署は等級2以上が必須だ。
新築ではなく、リノベーションだからこその課題が多い
世界トップレベルの断熱性能を備え、地震の多い日本で安心して過ごせる耐震性能のある住宅。しかし、既存住宅でこれらの性能を世界トップレベル等に押し上げるのは実は容易なことではない。イチから断熱性能と耐震性能を計算できる新築住宅と違い、既存住宅の性能は住宅ごとに千差万別。加えて既存住宅のリノベーションする際に、現代の暮らしに合わせるため間取り変更はほぼ必須といえる。
「立地条件、既存住宅の性能、リノベーション後の間取り……それらの評価を正しく判断した上で、何をどんな風に追加すれば基準をクリアできるか計算しなければなりません」とは同プロジェクトをYKK APとともに推進し、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを担当した黒田大志さん。しかも単純にそれぞれを高めるだけでは、コストがあっという間に跳ね上がる。いかにコストを抑えて性能を高めるかも肝心だ。
1階北側はドアで仕切ると東と西側にそれぞれ個室として利用できる。またそれぞれの個室の間は大きなクローゼットにするなどのフリースペース。リモートワークなど新しい生活様式にも対応する間取りだ(写真撮影/桑田瑞穂)
階段は従来よりも北側に新たに設置された。床はオークの無垢材。手入れを施主に楽しんでもらうことで、住宅に愛着をもってもらおうと、あえて無塗装での引き渡しとなる(写真撮影/桑田瑞穂)
3部屋あった2階もこのようにワンルーム化されている。ただし、既にドアが用意されていて、ライフスタイルの変化に応じて容易に3部屋に仕切ることができる(写真撮影/桑田瑞穂)
新たに用意されたバルコニー。屋根がついているので、どんな時間でも周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができる。晴れた日は富士山も見える。ダウンライトや電源も備えられているので、BBQなど用途に応じて使いやすい(写真撮影/桑田瑞穂)
「プロジェクトを始めた当初は、こうした技術的要素の検証と、そもそも『性能を向上させた既存住宅』に対するニーズがあるのか、それはビジネスモデルとして成り立つのかという検証からスタートしました」(西宮さん)
例えば断熱性能はエリアによって、あるいは南向きか北向きかなど立地条件によっても変わる。同じHEAT20のG2レベルでも、北海道と九州では数値が異なる。だからこそ、これまで検証を兼ねて取り組んだ16事例は全国各地に点在しているのだ。
こうして行われた技術的検証によって「技術ノウハウの確立や、課題の洗い出しなど、ある程度の検証ができました」(西宮さん)という。同じ立地で、同じ大きさの同じ性能を有する建替えよりも販売価格を抑えられることにビジネスモデルとしても手応えを感じているようだ。
一方、見えて来た課題の中で特に大きいのが「施工する業者の断熱性に対するリテラシーがバラバラだということです」(黒田さん)。同プロジェクトとしてはもっと事例を増やしたいのだが、対応できる施工業者がまだまだ少ない。
従来の方法で十分商売ができた施工業者の中には、なぜ断熱性能をそこまで上げる必要があるのか、そもそもどうやって上げればよいのか、知らない人がいても不思議ではない。
「性能を向上させるリノベーションの知識を持つ設計士や建築会社、販売する不動産会社をもっと増やして、全体を底上げしなければなりません」(黒田さん)
「鎌倉の家」の壁断熱の工事の様子(写真提供/YKK AP)
例えば自宅や、購入したい中古住宅の性能を向上させるリノベーションを考えても、身近にそれを叶えてくれる施工会社などがいなければ、なかなか「G2レベル」や「耐震等級3相当」まで性能を向上させることは難しいのだ。
「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さんは「自社で物件を仕入れて、リノベーションして、販売するのが我々不動産事業者の仕事。また建築士や施工会社と比べて、エンドユーザーに一番近い立場です。購入した中古住宅の性能を向上させることで再価値化し、自信をもってお客さまに勧めることができます。ですから不動産事業者が率先して推進するべきじゃないかと思います」という。
さらに、我々エンドユーザーの意識も変わるべきなのではないだろうか。冷暖房費を今より約38%削減してくれ、大きな地震に遭っても住み続けることのできる住宅。税制優遇や補助金、地震保険料の割引など数々のメリットも生まれる『戸建性能向上リノベーション』。少なくとも「夏は暑く、冬は寒い」のは、世界レベルでみたら“当たり前ではない”ことに、早く気付くべきだろう。
●取材協力
YKK AP
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