冷徹なる種族殲滅の宇宙で、愛は価値を持つか?

冷徹なる種族殲滅の宇宙で、愛は価値を持つか?

 世界的ベストセラー《三体》シリーズの完結篇。『三体』『三体II』と比べて、時空スケールがいっそう壮大になっている。

 前巻までのあらすじを超要約(ネタバレ)すると――

 地球が宇宙へと発信したメッセージを受信したのは、超科学の三体文明だった。三体は地球侵攻を開始。尖兵として送りこまれたのは、意思をそなえた超次元的素粒子、智子(ソフォン)である。智子は人類にこう言い放つ。「おまえたちは虫けらだ」。(『三体』)

 三体軍本隊が太陽系へ到着するまでは四百年。あらゆる情報を監視できる智子の目をくぐり抜けるため人類が考案したのは、選ばれた個人が頭のなかだけで作戦を練りあげる「面壁者」である。しかし、宇宙ではじまった前哨戦で太陽系艦隊は瞬殺。万策尽きたとき、面壁者の最後のひとり、羅輯(ルオ・ジー)が逆転の奇手を打つ。(『三体II』)

 その奇手とは、「宇宙は暗黒の森であり、身を隠しておかなければ強大な異種族(無数に存在する)から攻撃を受ける」という実状を前提にした、戦略的折りあいである。どちらの側にとっても、ぎりぎりのバランスだ。

『三体III』は、ようやく訪れた平和のもと、人類と三体が文化を交換しあう時代に幕を開ける。しかし、それも束の間のことだった。暗黒森林理論によるバランスは、三体側の計略によってあっけなく瓦解。地球上で惨殺がはじまる。

「なんでこんなことに」

 そう呟く登場人物に対し、智子(いまや身体を得て日本刀を振りまわしている)はにべもなく答える。「宇宙はおとぎ話じゃないからよ」

 そこからはもう怒濤の展開だ。

 光粒(フォトイド)による太陽攻撃や、森羅万象を二次元化してしまう次元崩潰といった超科学兵器。

 人類を木星近傍に移住させる掩体計画(バンカー・プロジェクト)、光を低速化し太陽系全域を封鎖する暗黒領域計画(ブラック・ドメイン・プロジェクト)、空間を歪める曲率推進によって太陽系を脱出する光速宇宙船プロジェクトなど、気宇壮大な企て。

 これら現代物理から踏みだした設定・小道具の数々はもちろんのこと、三体-地球間で繰りひろげられる特殊な設定のゲーム理論、三体危機の影響で変容していく人類の文化・政治・宗教・経済のありさまなど、読みどころが満載だ。

 物語展開について言うと、これはシリーズ通してのことだが――

(1) 人類や地球全体などの巨視的な動向

(2) 特定個人による種族全体の運命の決定

 このふたつが軸になっており、その中間がほぼない。組織間の葛藤もいちおう描かれてはいるものの、けっきょくはどちらかの極へと回収されていく。それはかならずも瑕疵ではなく、そうやって作品のダイナミクスが構成されるのだ。

『三体III』で人類史を左右する重要な局面を委ねられるのが、航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)だ。彼女は、この物語にまず「星を贈られた女性」として登場する。ここで言う「星」とは比喩ではない。最初の三体危機のとき、面壁計画と並んで立案された星群計画(危機回避のための逃亡)の一環で、恒星が売りに出されていたのだ。彼女のものとなった恒星は、終盤で大きな意味を持つことになる。それは色恋的なことではなく、SFならではのロマンチシズムだ。

 ただし、作品の大部分において、その星は前面に出てこない。程心はまず面壁者、最後のひとり羅輯(『三体II』)を引きついで、暗黒森林理論による三体・人類の拮抗を支える「執剣者(ソードホルダー)」の役に抜擢される。その任務が無意味になったのちも、人工冬眠によって時代をまたぎながら繰り返される人類の危機に向きあい、不本意ながら破滅を招きもする。程心は豊かな人間味を有する人物だが、それは冷徹な宇宙の前で価値があるだろうか? 程心の慈愛を通奏低音としながら、物語はオラフ・ステープルドンを彷彿とさせる人類未来史にして、スティーヴン・バクスターもかくやの宇宙論的ヴィジョンへと繰りあがっていく。

(牧眞司)

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