体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

「お菓子を作り、話を聴く」お寺カフェのお坊さんの巻/神谷町オープンテラス店長 木原健さん(3/3)

「お菓子を作り、話を聴く」お寺カフェのお坊さんの巻/神谷町オープンテラス店長 木原健さん(3/3)

東京・光明寺の「神谷町オープンテラス」(以下「テラス」)店長 木原健さんインタビュー、最終回です。数多くのメディア取材では、「お寺カフェ」のもの珍しさがフィーチャーされることから、お坊さんとしての木原さんご自身のお考えが取りあげられることはあまり多くありません。『坊主めくり』は、のんびり深くお坊さんのお話を聴くことがテーマですので、やはりじっくり聴かせていただいています。

いつも「テラス」でほっこりした姿を見せてくださる木原さんの、お坊さんとしての言葉を新鮮に受け止めてくださる方がいるなら、とてもうれしく思います。恒例のお楽しみ『坊主めくりアンケート』もありますので、最後までお見逃しなく!(第1回第2回

仏の世界からお茶をサーブする

 無常の風に吹かれて、晴れて(?)お坊さんになった木原さんは、光明寺にお坊さんとしてお勤めしながら、以前と変わらず”店長”として「テラス」にいらっしゃいます。お坊さんとしての立ち位置、そしてカフェ店長としての立ち位置は、相矛盾することなくより深まってきているようです。

木原さんお手製のわらび餅

――お坊さんになってから、カフェに来る人への接し方に変化はあるのでしょうか。
人への接し方はあまり変わりません。お坊さんになる前から「ひとりひとりに丁寧に接したいな」と考えていました。ただ、お坊さんだからよりゆったりと構えられるようになったのかもしれません。心構えで言えば以前は「お寺”カフェ”」と”カフェ”が太字になる感じで、「もっとおいしく」「たくさん人が来るといいな」とどんなふうに運営するかを考えていました。でも「カフェ以前にここはお寺なんだよね」と思うようになると、コーヒーやお茶をお出しするときにも、かけがえのない「おもてなし」の気持ちをこめていきたいと変わってきました。

昔から、お寺では誰かが来たらお茶やお菓子を出しますよね。それと同じことをテラスでもさせていただいています。ここでは気持ちと気持ちのつながりを大事にしていきたいんです。「お寺」に法事で行くときはお坊さんには話しかけにくいかもしれないけれど、「お寺カフェ」では気軽にコミュニケー ションがとれますし。こちらがお客さんのなかに入って軽くお話できたりとか、時にはお客さんが手伝ってくださったり、そういうことができるのは単なる「カフェ」にはなかなかない良さではありますよね。

――お客さんが、仏教や仏さまにつながるといいなあという気持ちは出てきますか?
うーん、それは得度直後にはあったけれども、今はそこまで強くは思わないです。足を運ばれるお客さんが全員、必ずしも仏教を強く求めているというわけではありませんから。お昼休みにここに来られるだけで、顔つきが柔和に変わっていかれる方もいらっしゃいますし。「この場があってよかった」とおっしゃる方もとても多いので、それだけでも嬉しいことです。お寺に通っている意識はあまりないかもしれないけれど、ここに来られることがすでに仏さまのご縁あってなのかもしれません。だからまずは誰でも足を運べるように、手を合わせられるように。そのうえで、もう一歩深く仏教につながりたいと思われたときには答えられるように備えておきたいと思います。

また、ここではお昼のおつとめ(読経)もしていますし、「仏教書ライブラリー」も設置していますから、思いがある方には手に取れるようにはしていますね。

――得度直後にあったお気持ちについて、もう少し聴かせていただいてもいいですか?
仏教について、阿弥陀さまについて、研修で教わったこと、習ったことを自信を持って伝えていけばいいんだと思っていました。でも、一歩研修所の外に出れば阿弥陀様の教えに親しんだ人ばかりではない。テラスに戻ればなおのことそうです。思えばかつての私がそうでした。仏教を知ろうともしなかったし手を合わせようともしなかった。そんな人たちに何と言ったらいいのかなということがありまして。仏教を伝えることはもちろん大切だけれど、その前にすることもたくさんあるんじゃないかなと思うようになりました。

そこでこう、今を生きていることと仏教がどうつながっているのか、そういう話から始めていって、もしもどこかでご縁があれば、阿弥陀さまの話もできたらいいなと思っています。

――木原さんは、阿弥陀さまに対してどんな気持ちを持っておられるんですか?
そうですねえ。私は「もったいないなあ。ありがたいなあ。僕でいいのかなあ」という気持ちです。浄土真宗の法話ではよく、どんな人でも平等に救ってくださるのが阿弥陀さまで、だからこそ自分にも救いが届いたんですよって言います。私はお寺の生まれでもなかったし、何のご縁もなかったところからお坊さんにならせていただきました。周りの方に支えられてきたことはもちろんなんですけれども、これを阿弥陀さまのご恩と言わずになんと言おうかと。

そのご恩に返せていないなという自覚もすごくあります。そこに、どう応えていけるかというのは私のテーマです。

「聴く」という時間を差し出す

お坊さんとしての木原さんのキーワードのひとつは「聴く」ということ。木原さんは、「テラス」のおもてなしで「聴く」ほかにも、傾聴ボランティアの活動にも参加されています。「聴く」ことと仏教の関係について、そもそも「聴く」ことに興味を持ったきっかけについてお話を伺ってみました。すごく真面目な話なのに、またしても絶妙なエピソードを挿しこまれてしまい、インタビュアー失格! というほど笑ってしまいました…。

木原健さん

――木原さんは「聴く」ということをお坊さん活動のキーワードにしておられますね。
さきほどお話した「シンシア」の他に、築地本願寺のお坊さんたちと「プロジェクトダーナ東京」という傾聴ボランティア活動をしているんですね。ハワイで行われている仏教的ボランティア活動「プロジェクトダーナ」の試みを日本のスタイルに合わせて始めたのが「プロジェクトダーナ東京」の試みなんです。毎月一度、デイケアの施設に行ってお年を召した入所者の方のお話し相手をさせていただいてます。

1 2 3次のページ
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。