「人と人との繋がりは、世界中のどんなガジェットよりも重みと感動をもたらすことに気づいた」『アメリカン・ユートピア』
ステイホームやソーシャルディスタンスという言葉が定着し、この奇妙な新しい生活はすっかり私たちの日常になった。家で映画を観たり、本を読んだり、少し凝った料理を作ってみたりと、限られた条件の中でエンターテインメントを見つけて、何とか心のバランスを保ってきたけれど、やっぱりみんなで同じ空間と感動を共有していた日々が恋しい。そんな中、話題のライブ映画がようやく日本でも観られることになった。
5月28日に全国公開されるのは、元トーキング・ヘッズのフロントマン、デイヴィッド・バーンのステージを映像化した『アメリカン・ユートピア』。『ブラック・クランズマン』でアカデミー賞脚色賞を受賞したことも記憶に新しい、スパイク・リー監督がメガフォンを執ったことも話題だ。
ショーの原案となったのは、バーンがトランプ政権下の2018年に発表したアルバム『American Utopia』。全10曲を収録した同作は、政治から地球環境から何から何まで、どこを向いても問題だらけに見える世の中にあって、楽観的でいられる理由を提供することを目的としたマルチメディアプロジェクトの一環として制作されたのだという。リリース後はワールドツアーが開催され、2019年の秋からブロードウェイのショーとして再構築された舞台がスタート。バーンが「今、世界で起きていることを表現したかった」というその舞台を映像に収めたのが、この映画だ。
アンプも、マイクスタンドも、ごちゃごちゃした配線もないミニマルなステージで、おそろいのグレーのスーツを着て裸足で駆け巡るバーンと11人のミュージシャンたち。パーカッションやキーボードでさえも手持ちで演奏し、まるでマーチングバンドのような布陣で縦横無尽に跳ね回る彼らの姿は、観ている私たちの心まで解放してくれる。
「オーディエンスに最大のインパクトを与えるのはパフォーマーなのだと気付いた」とバーンは舞台『アメリカン・ユートピア』の公式サイトで明かしている。「つまり、僕らは炎の演出やワイルドなビデオプロジェクションを観て、“わー!”とか“おおっ!”とか思うかもしれないが、人が最も興味を持ち、感動するのはステージ上の人々なんだ。人と人との繋がりは、世界中のどんなガジェットよりも重みと感動をもたらすことに気づいたんだよ」
バーンからこの企画を依頼されたリーは、ニューヨーク公演に先駆けたボストン公演を鑑賞し、すぐにカメラワークについて考えたのだという。映像化された途端にショーの魔法が解けてしまうライブ映画は少なくないが、本作はスクリーンの前にいる観客にも、会場にいるかのような臨場感や新しい体験から得られる喜びを与えることに成功している。さらに、客席からは観られないようなショットを盛り込むことで、映像作品ならではの新たな魅力も追加された。リーがバルコニー席からステージを見下ろしていた時に思いついたという、ステージの真上から撮影された映像もその一例だ。
正直なところ、これまでライブ映画を観て満足したことはほとんどなかった。スクリーンの中に広がる興奮と、映画館で座っている自分の間に大きなギャップが生じて、どこか置いていかれた感が否めなかったのだ。でも、『アメリカン・ユートピア』は本当に楽しかった。見事なコレオグラフィーとともに披露されるのは、トーキング・ヘッズ時代の曲も含めて計21曲。曲の合間には、人間の脳の進化から、投票の重要性、Black Lives Matterまで、多彩なトピックが時にユーモアを交えて発信される。ショーの冒頭、バーンがプラスティックの脳みそを手に登場した瞬間から、そのパフォーマンスに、ダイアログに、メッセージに釘付けとなった。
舞台『アメリカン・ユートピア』はアメリカで2019年10月から2020年2月に行われ、本作には肩を並べて客席に座り、笑ったり、歓声を上げたりしながらショーを楽しむオーディエンスの様子が捉えられている。その後、Covid-19の感染拡大に伴いショーは延期となり、本国アメリカでは本作の公開も配信のみとなった。それは決して意図したものではなかったのかもしれないが、全米公開された2020年10月当時、家の中でこの映画に救われた人は少なくなかったのではないかと思う。緊急事態宣言下の東京で、オンライン試写で本作を観た自分もその一人だ。
不穏な世の中に対するアンチテーゼとして生まれた『アメリカン・ユートピア』というタイトルは、どこか皮肉に聞こえるかもしれない。でも今の自分には、このステージがまさにユートピアに見えた。ライブが恋しくてたまらないけれど、今、映画館の大きなスクリーンでこの作品を観られることをうれしく思う。アメリカは少しずつ以前の生活を取り戻しつつあり、舞台『アメリカン・ユートピア』も9月に再開することが決定したそうだ。いつかまた自由に旅ができるようになったら、今度は世界のどこかの劇場で、このユートピアをたくさんの人たちと一緒に体験したい。
text Nao Machida
『アメリカン・ユートピア』
2021年5月28日(金)全国ロードショー
公式サイト:americanutopia-jpn.com
監督:スパイク・リー
出演ミュージシャン:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
2020年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/107分/原題:DAVID BYRNE`S AMERICAN UTOPIA/字幕監修:ピーター・バラカン
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
ユニバーサル映画 配給:パルコ 宣伝:ミラクルヴォイス
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