パリの暮らしとインテリア[9]家具は古材でDIY! テキスタイルデザイナーが暮らす市営アパルトマン
パリ市が運営するOffice Public de l’Habitat (OPH・市営住宅)に入居して4年目になる、ニット作家兼テキスタイルデザイナーのメゾナーヴ・シリルさん。彼のアパルトマンは、工業廃材や木材に彼が手を加えたオリジナルな家具に囲まれています。小さなアパルトマンで快適に生活するために欠かせないものとは? そんなヒントが見つかりました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。
10年待ってやっと条件の合うOPH(市営住宅)に入居
シリルさんが住む市営住宅の最大の魅力は、不動産屋や大家から直接借りる物件よりも家賃が安いということ。
入居希望の場合は事前にOPH(市営住宅)のサイトで登録が必要です。どの地区に住みたいか、部屋の数、住む人数、1年間の収入、などの情報を書き込みます。 「更新手続きは毎年でパズルのように複雑です。入居者を抽選で市が決め、当選すると連絡が来るのですが、場所や間取りなど気に入らなかったので数回断りました。条件の合った物件に巡り合うには忍耐が必要です」とシリルさん。彼は14年前に登録してから10年目にしてやっと自分たちの条件に合う物件に巡り合ったそう。
市営住宅の事情を調べてみると、パリの古いアパルトマンにはベランダがないことが多いのですが、最近建てられるほとんどの市営住宅にはベランダがあるそう。バルコニーで食事をしたり、ベランダ菜園をしたり、このように現代のライフスタイルに合わせて設計されているため、人気はうなぎ登りだそうです。「なかなか入居できなくても、将来のことを考えて登録だけはしておく」という若い人たちも多いそう。
シリルさんのアパルトマンはベランダはないが窓の外に植木鉢が置けるスペースがある古いタイプの間取り。広いリビングではないけれど、長方形を区切ってさまざまなコーナーをつくった。窓際から順番に、書斎、ソファーのあるくつろぎの場、一番奥は作品や小物を収納した本棚を置いたスペースにしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
窓際の左手の書斎の本棚。古い木の扉を仕切りにして、細々としたものを隠したりライトを取り付けたりしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
バタフライテーブルは使っていないときには畳めるので「省スペースの優れ家具の代表」とシリルさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)
自分たちの身の丈に合った部屋選びが重要
このアパルトマンは、パリの東にあるナション駅に近い静かな通りにあります。周りには木が多く、寝室とサロンが大きな公園に面していて、彼が幼少のころに住んでいた街を思わせる庶民的な雰囲気が魅力だそう。住宅街ではあるけれど、買い物にも便利なカルチェ(地区)で、シリルさんが「アイデアの宝庫!」と絶賛するホームセンターも近くにあります。
また、間取りがリビングと寝室の2部屋というこの51平米のアパルトマンが、パートナーと3匹の猫と暮らすのに十分の広さだと考えたそう。
「パリのアパルトマンは小さいので、スペースを節約して暮らすことが重要課題です。私たちは年齢とともに必要でないものは手放し、大事なものだけに囲まれて生活することが幸せということも知っているから、私たちにぴったりな物件でした」とシリルさん。
4年前の引越し当初は、壁や天井が真っ白に塗られたとても明るい部屋でした。シンプルな空間がまっさらなキャンバスのようで、これからどんな風に部屋を自分たちらしくしようかとワクワクしたそうです。
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
寝室とサロンから見える公園「Square Sarah Bernhardt (スクエア・サラ・ベルナール)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)
家具のDIYに欠かせない、シリルさん行きつけのホームセンター「castorama(カストラマ)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)
自分でDIYしたインテリアに囲まれて暮らす幸せ
シリルさんは料理人、菓子職人、フローリストを経て現在のニット作家とテキスタイルデザイナーなりました。「手で何かをつくり上げる仕事は、常に前進する喜びと学びがあり、私の人生そのものなのです」とシリルさん。
そんな彼がインテリアで大切にしていることは、やはり手でつくり上げていく制作過程だそう。落ち着いた装飾、空間のアレンジ、それによって出来上がった部屋で過ごすのは何ものにも変えられない喜びだそう。
引越してきてからの4年間は“木の温もりや手づくり感があふれるものに囲まれた生活”をコンセプトとして、部屋づくりをしてきました。
彼は成形された材木を買ってくるのではなく、廃棄されてしまうようなものを積極的に再利用しています。例えば、“パリの胃袋”と呼ばれるランジス市場からもらってきたいくつもの木箱を使って本棚にしたり、ランジス市場で荷物を運ぶリフト用の板をベッドヘッドにしたり。そうすることによって想像もつかないオリジナルなインテリアができ上がったそうです。
市場でりんごを入れて運ぶための木箱を本棚にして廊下へ。ホームセンターで購入したグリーンのコードのライトは、本来庭やカフェのテラスよく使われている防水性のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)
陽光がたくさん入るベッドルームは公園に面していてとても静か。ベッドの土台はたっぷり収納ができる引き出し付き(写真撮影/Manabu Matsunaga)
廃材を利用したベッドヘッド。これからここに棚を取り付ける予定(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
両ベッドサイドにはお店で購入した軍の放出品の救急箱を置いて。猫の毛はすみに溜まるから、掃除がしやすいように底にローラーを付けて可動式に(写真撮影/Manabu Matsunaga)
どの部屋にも植物を欠かさない。鉢植えにもテーマを
シリルさんのインテリアへの想いは、引き出しや鏡にも。これらは子どものころに家族が使っていたものです。「古いものには物語があり、私が知らない過去を教え語ってくれているようにも思います。画家が創作時期によって色に偏りがでるように、私も以前は赤で統一した少しエキセントリックなインテリアをつくったり、緑に偏っていた時期は洋服まで緑のコーディネートにしていたこともあります」と語ります。
一方で、切り花のブーケをはじめとする全ての植物が好きだということは変わりませんでした。このアパルトマンでも「品種を混ぜ合わせた寄せ植えの鉢をつくっています。自分が温室や森に住んでいるのだと想像しながら」とシリルさん。中でも天井に届きそうな背の高いサボテンは25歳になり、引越しのたびに一緒に移動してきた家族のような存在。将来、地方に移住したとしてもこのサボテンだけは連れて行くそう。
ものや植物とテーマを決めて対話をし、ひとつひとつに愛情を注ぐことが大事だと話してくれました。
暖炉の上に置かれた“赤時代”の鏡。写真左のチェストは古くから家族の家にあったもの。その上はサボテンコーナーになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
25年も一緒に暮らしている背の高いサボテン(写真左)。右の台に乗せられているのは寄せ植えの観葉植物(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「この一角だけで森をイメージしてしまう」というシリルさん。白い円柱の台を使って山の斜面のような高さを演出(写真撮影/Manabu Matsunaga)
あちこちに取り付けられている木の格子は、バラやクレマチスなどを絡ませるためのもの。本来は庭やベランダで使うものだが、木の質感が気に入り、友達から譲り受けたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
明るいバスルーム。この棚にも植物をもっと置く予定だ(写真撮影/Manabu Matsunaga)
バスルームの洗面台の上の壁に取り付けた棚にも観葉植物が(写真撮影/Manabu Matsunaga)
キッチンのランプシェードにポトスを絡ませるアイデアが素敵。窓辺にはハーブ類を鉢に植えて料理に使っているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
今後の夢は海の見える家で暮らすこと
シリルさんの夢は、海の見える庭のある家で暮らすことだそう。今の候補は、パリからTGVで2時間ほど離れている、昔実家のあったフランス西部の学園都市のナント周辺。現在、ナントで週に一度大学でテキスタイル・デザインと編み物を教えていて、この街の良さを再確認したそう。
「そこでは、私の一番大切にしている思い出が詰まったオブジェだけを置き、シンプルな世界をつくってみたいです」とシリルさん。
魂を感じられない量販店の装飾などよりも、海を毎日見ることを大切にしたいそう。
「海の風景は、日の出や夕焼けも素敵ですが、雨でも美しいですし、潮の満ち引きや季節によっても大きく変化します。嵐が来た時の波が荒れる海の表情が大好きでなんです! 自然に勝るデコレーションはありません」
廊下の壁の一部に古い木材を立てかけて、お気に入りのベルエポック時代の骨董品を飾っています。色合いがシリルさんの作品と共通してナチュラル(写真撮影/Manabu Matsunaga)
りんご箱に飾ったシリルさんのニットの作品。りんご箱は窓辺に置いていて、時には椅子としても使うそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
シリルさんの作品は使い込まれた木の風合いによく似合う(写真撮影/Manabu Matsunaga)
現在、「パリ市内は高すぎてアパルトマンを買うことはできない」と、郊外へ脱出をする人が増えています。一方で、仕事の都合や、子どもの学校関係、それに「やっぱりパリに住みたい!」など、いろいろな理由でパリ市内を希望する人も少なくありません。そんな人たちにとって、市営住宅はとても魅力的です。
市営住宅自体は個性的ではないけれど、シリルさんのように自分たちにとって心地よい、唯一無二の空間をつくっていくこともできます。
何を選択するかは人それぞれ。このコロナ禍で、パリでも住まいの選び方がますます多様化してきています。それぞれの暮らしに何を望み、それをどう実現していくか。小さなアパルトマンという制限のある空間でも、本人次第で暮らしを楽しむことができるのだということが伝わってきました。
(文/松永麻衣子)
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