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『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド来日講演 全文書き起こし(1/2)

科学未来館で講演するダイアモンド氏

 世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』でピュリッツアー賞を受けた進化生物学者ジャレド・ダイアモンド氏が2013年2月11日、日本科学未来館で講演を開いた。講演では、新著『昨日までの世界』の内容をふまえ、高齢化社会に我々がどうすべきかを部族社会をヒントにして語った。ニコニコ生放送でも一部始終が配信されたこの講演を、今回は全文書き起こして紹介する。

■ 「日本にまた来られたことを嬉しく思っています」

 本日、日本にまた来られたことを嬉しく思っています。3回目の訪問になりますが、日本はとても美しい国です。皆さんは幸運なことに日本に住んでいるわけですが、私は残念なことに短い間しかご訪問できないのです。今回は妻と一緒に来日しました。私の妻には日本人の親戚もおり、親戚との再会を嬉しく思っています。

 これから講演を始めますが、それが皆さんにとって実用的な価値があるかどうか知りたいので、まず最初に挙手をお願いしたいと思います。2つの質問をしますので、どちらかに手を上げてください。

 皆さんの中で、「65歳以上の方」、もしくは「65歳以上長生きをしようと思っていらっしゃる方」、あるいは「ご両親や祖父母が65歳以上まで生きた、もしくは現在65歳以上でご存命の方」、これらのグループに入る方は挙手してください――たくさんですね。いま手を挙げてくださった皆さまは、私の話に実用的な価値があると思われるでしょう。

 では「65歳以下の方」、または「65歳以上は長生きしたくないと思っていらっしゃる方」、そして「ご両親や祖父母が65歳までは生きられなかった方」、こちらのカテゴリーの方も手を挙げていただけますか――あまりいらっしゃいませんよね。あるいは、恥ずかしいと思っていらっしゃるのでしょうか……。確かに、皆様には、個人的には直接関係していないかもしれません。しかし、それでも私の話す内容は興味深いと思っていただけると思います。

■ 「高齢者問題」を部族社会から考える

 それでは、今日は、現代の伝統的社会で年をとっていくことについて話したいと思います。このトピックは、私の最新の著書『昨日までの世界』ではわずか1章にしか書かれていません。その中では、伝統的な小規模部族社会と、われわれが住んでいる大きな現代社会をあらゆる側面で比較しています。この新しい本の他の章では、子育て、高齢者、健康と病気、危機とそれに対する反応、紛争解決、戦争、宗教、多くの言語を話すこと――こういったものも比較しています。

 さて、ここにお集まりの皆さんもまた、大きな先進工業国家に住んでいます。決まった場所に定住し、中央集権の国家が決定を行い、国民は読み書きができ、本やインターネットから情報を取る――そんな社会に住んでいるわけです。このような社会では、ほとんどの人たちが60歳以上まで生きていて、食べ物は自分たちが作らず、他人が作った物を食べて生きていると思います。

 しかし、忘れてはいないでしょうか。こうしたさまざまな習慣は、600万年にもおよぶ人類の歴史の長い進化の中では、ごく最近に起こったものです。いま申し上げた色々な習慣は、1万1,000年前には、世界のどこにも存在しませんでした。その中のいくつかは――例えばインターネットの登場や、ほとんどの人たちが60歳以上まで生きている状況など――わずか100年、もしくは10年から20年の間に起こった大きな動きです。つまり、われわれの先祖は伝統的な部族集団の中でずっと生きてきたのであり、人類の進化という時間軸を考えれば、ほとんど昨日までそういう暮らしをしてきたとも言えると思うのです。

 500年ほど前に、ヨーロッパ人が世界中に進出していきました。それまでは、すべての大陸の大部分に存在していたのは、部族社会です。最近では、部族社会も国家の管理下に置かれるようになっています。まだ国家の管理下に置かれていない部族社会はありますが、ニューギニアやアマゾン川の流域といった限られた地域にしかありません。しかし、部族社会は人類の歴史のほとんどの社会形態だったわけで、現代の大規模社会よりもはるかに多様性を持っています。大規模社会では共通の特徴として、政府があって、ほとんどの国民同士は個人的な面識がありません。アメリカ、中国、日本、イスラエル、ドイツ、アルゼンチン……どこであれ、大規模社会にこの傾向は見られるわけです。

■ 部族社会は社会の「自然実験」を何千回も行ってきた

 それに対して、部族社会には、たくさんの大きく根本的に違う点があるのです。部族社会というのは、どうすれば人間社会を運営していけるのかという、ある意味での自然実験を何千回も行ってきた結果、非常に多様性が高い社会運営のノウハウが実践されているのです。そこから学べることは多いと思います。

 例えば、いまの日本において「子どもの自由がどこまで許されるべきか」を考えてみましょう。そのときに、「自由が少ない、もっと放任するべきだ」と考えていたとします。しかし、ここで日本人たちを自然実験の中に置くことはできません。

 例えば、47都道府県の中で実験をするとして――火やナイフを与えてもいい16県を選び、別の16県はちゃんと親に従わなければいけない厳しい県にして、それ以外は現状のままと決めて、3つの集団に日本を分けたとします。そして、子どもたちを実験対象にしたとしましょう。
そうすれば40年後には、対象の子どもたちが大人になり、その比較から自由を少なくした方がいいのか、与えた方がいいのか、いまの程度でよかったか、という質問に答えることができるかと思います。でも、残念ながらこのような実験はできないのです。

 しかし、伝統的社会では、自由な環境で子育てがされている社会や、そうでもない社会というのが、事例としてたくさんあるのです。伝統的社会の実践は、いまの日本やアメリカの社会よりも多様性があるのです。そこから学べる可能性はあるし、実用性も高いと思います。高齢者への対応の仕方や、どうやって健康を維持しているかなど、われわれがいま心配しているさまざまなことについても伝統的社会から学べるはずです。

 部族社会は原始的で、また惨めで、軽蔑(けいべつ)されるものとするのは間違っています。しかし、幸せで平和な社会だと理想化するのもまた、違います。部族の習慣について知ると、中にはぞっとするものもある一方で、いいなと思ったりうらやましいと思うものもある――そして、中には自分たちでも取り入れることはできないものかと思うものもある、というわけです。

■ 高齢者を遺棄する5つの方法

 では、西洋で高齢者をどう扱うべきかを大局的に理解するため、日本やアメリカで行われてきたことを説明します。

 私には、フィジー人の友人がいます。友人はアメリカ社会について、「感心することもあったけど、嫌だなと思うこともあった」という感想を私に教えてくれました。最も嫌だと思ったというのは、高齢者に対する対応・処遇です。友人は非難がましい口調で「なぜ君たちアメリカ人は、お年寄りを捨てたりするんだ」と私に言いました。彼が言っていたのは、アメリカの高齢者のほとんどは最終的に、子どもたちとは別に住み、また友達とも離れて暮らすことになる。そして、高齢者施設に住んでいる人がとても多いという、そんな状況です。

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