年ごとに移ろいゆく家族の日常〜藤谷治『睦家四姉妹図』

年ごとに移ろいゆく家族の日常〜藤谷治『睦家四姉妹図』

「定点観測小説」が好きだ。定点観測小説というのはたったいま考えた名称だけれども、場所(=小説の舞台)が固定された状態で、同じキャラクターが年齢を重ねていくor違う登場人物たちが入れ替わり立ち替わり出てくるといった作品を念頭に置いている。ぱっと思いついたものでは、半世紀の間に同じアパートの五号室に暮らした歴代の住人たちが登場する『三の隣は五号室』(長嶋有)とかイングランドの荒野に建つ屋敷の人々を次世代まで描いた『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ)とか(テイストはえらく違いますけど)。

『睦家四姉妹図』においても、睦家の実家に集まる家族たちの姿が数年ごとに年代を追って描かれている(正確には、違う家に集まる年もあり)。娘たちの誰かしらが恋愛で悩んでいたり親の病気が発覚したりとその年によってトピックは違えど、どの年代においても舞台となるのは母・八重子の誕生日である1月2日の睦家なのだ。

 タイトルからも予想される通り、睦家は両親+四姉妹で構成されている。父・昭はいちおう会社社長で、基本的に鷹揚なタイプ。八重子は斬新な発想の持ち主(実は八重子がいちばんヤバい人物だと思う)。長女・貞子については、本来のドライさとそれでいて妹たちの身を案じずにいられない責任感をあわせ持っているところに、「長女ってこうなりがちかも」と腑に落ちる感があった。次女・夏子は色気に欠けるかと思いきや恋愛に関しては猪突猛進なところがあり、好きになった男の影響を受けやすい。三女・陽子は意外と繊細でありつつも、なんだかんだで地に足がついているように見受けられる。四女・恵美里は姉妹の中では年齢が離れていて、いかにもみんなからかわいがられる末っ子という感じ。睦家の基本メンバーに娘たちの交際相手や配偶者たちが加わって、お正月の和やかだったり剣呑だったりする風景が細やかに描写されている。家族写真を撮影するときの機材によって、時代の移り変わりがわかるのも懐かしくてよい(ニコンはステイタスでしたもんね)。

 物語の冒頭、長姉である貞子もまだ24(恵美里に至っては13歳)と若く、両親たちも五十代になったばかり。娘たちの結婚問題も親たちの健康問題もまだあまり現実味を伴っていない時代だった。それが全員の年齢があがるにつれ、娘たちはすったもんだの末に家庭を持ったり出産したり、親たちは家を買ったり健康を損ねたり。そのたびにみんなで協力したりしなかったりしながら、乗り越えてきた。お正月といえども、手放しでめでたがってばかりもいられないときもある。

 加齢のせいか、最近こういった何気ない日常が積み重ねられていく小説に弱い。どこの家庭でもあるような話題(結婚や病気の問題は大ごとではあるけれど)で延々と会話が続いていく様子はとてもリアルで、まるで我が事のような関心をもって読み進めてしまう。昭や八重子はあまり情に訴えるタイプの親ではないが(特に八重子の考え方は斬新)、それでも娘たちへの愛情は確かに感じられる。一見さほど団結した感じのない姉妹たちも、それぞれのやり方でお互いのことを気にかけているし、いざとなれば一丸となって動くのだ。

 なぜ定点観測小説を好きかといえば、同じ条件下においては個人差(同一人物については成長の度合い)がより鮮明になるからではないかと思う。「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」という漢詩があるが、それに通じるような気もする。漢文の授業では、「花はいつの年も変わりなく咲くが、人は年とともに変化していく。 自然は変わることなく存在するのに対して、人の世は移ろいやすい」と習ったと記憶している。でも、私は人間は変化するところに意味があるんじゃないかと考えていた。そもそも花だって、去年と今年ではやっぱり違っていると思うし。そう、いくつになっても(譲れない部分もありつつ)変わっていけることは楽しみであると、四姉妹たちに元気づけられた一冊だった。

(松井ゆかり)

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