AIの本質と人間の情動
郝景芳『人之彼岸』(早川書房《新☆ハヤカワ・SFシリーズ》)
「折りたたみ北京」でヒューゴー賞短篇部門を受賞した郝景芳(ハオ・ジンファン)の第二短篇集。AIを題材にした六作品と、二本のエッセイ「スーパー人工知能まであとどのくらい」「人工知能の時代にいかに学ぶか」を収録している。
エッセイを巻頭に配したのは、まずAIをめぐる大前提を読者と共有しておこうとの判断かもしれない。多くの人の先入観において、あるいはフィクションでの扱いにおいて、AIは単純化・歪曲化されがちだからだ。AIは世界を支配するモンスターでもないし、人間的自我を備えた存在でもない。郝景芳は論点をしっかりと切り分け、ひとつひとつ検討を加えていく。
エッセイで示されたAIをめぐる合理的アプローチは小説作品でも貫かれているが、そのいっぽうで人間的衝動や感情がきわめて色濃い。論理と情動が拮抗しながら、物語が紡ぎだされる。
「不死医院」では、重病で入院した母親が回復して帰宅するが、どうも様子がおかしい。家族しか知らない記憶は元どおり備えているのだが、以前ほど感情を昂ぶらせることがなくなっているのだ。語り手は、病院でダミーとすり替えられたのではないかと疑う。問題は、ダミーの母がいかなるメカニズムでつくりだされたかだ。50年代のアメリカSFのような構図だが、本作はディックのように強迫観念に駆られるのではなく、またシェクリイやテンのようなドライな展開でもない。家族の情愛や葛藤がじっくりと描きこまれているのが、この作家らしい。
「愛の問題」は、AI開発の立役者が自宅で刺され、意識不明状態になる。この凶悪事件の容疑者と目されるうちのひとりが、身体を備えたAI(つまりロボット)なのだ。設定はSF、物語のフォーマットは謎解きミステリ。アシモフ『われはロボット』を髣髴とさせるが(実際、作中で「三原則」への言及がある)、物語の重点は論理パズルより、家族間の感情的なもつれに置かれている。もつれを解こうと試みるのも、また図らずももつれる要因のひとつになってしまうのも、AIなのだ。SF的アイデアの面では、別々に開発された高度AIが自発的に(人間の気づかぬうちに)情報交換コミュニティを形成していることが興味深い(このコミュニティを擬人化して捉えてはいけない)。
「人間の島」は、ブラックホールの彼方に居住可能な惑星を発見し、百二十年ぶりに地球へ戻ってきた探検隊の物語。彼らを迎えたのは、文化や常識が一変した世界だった。設定だけ見ればスタニスワフ・レム『星からの帰還』に似ているが、この作品ではゼウスという高度AIに世界の変容が集約される。ただし、人類を支配するマシンではなく、複層的なデータネットワークとして描かれているのがポイントだ。そして、その最深層において、肉親の愛情が大きなカギになる。
(牧眞司)
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