『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ – サイド B』エミネム(Album Review)

『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ – サイド B』エミネム(Album Review)

 今年1月にリリースした11枚目のスタジオ・アルバム『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』が、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で1位に初登場し、通算10作目の首位を獲得したエミネム。Billboard 200での連続首位獲得記録としては単独トップで、首位獲得記録はあのエルヴィス・プレスリーと歴代4位に並んだ。アメリカの他、イギリスやオーストラリア、カナダ等の主要国でも1位を記録し、全世界で“未だ現役”をアプローチ。それからすると、TOP40入りすらしなかった日本での評価云々は少々残念だが、米国産ヒップホップが浸透しないこの日本で、信者のようなファンを一定数獲得したことは畏敬に値する。

 また、数あるレジェンドたちも年齢を重ねるにつれリリースの間隔が長くなる傾向にあるが、デビュー20年を超えるベテランが、今もコンスタントにアルバムを発表し続けるバイタリティにも感服する。何せ、1年を待たずして本作『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』に新曲16曲を追加したデラックス・エディションを発表してしまうのだから。今年は、オリジナルを発売した後に新曲を追加したデラックス盤をリリースすることが(主に)若手ラッパーの間でトレンドとなったが、本作のリリース形態もまさにそのもので、そういった意味でも現役感を強調したというか、トップスターの威厳を商業的な意味合いでもきちんと保っている、といえる。

 本編(サイドA)からこのサイドBがリリースされるまでの約10か月間は、新型コロナウイルスの感染が世界中へと広がり、依然として厳しい状況が続いているワケだが、この「サイドB」にはそういった状況を経て見出した事柄や、吐き出したい感情、世界情勢に触れた曲、音楽業界~他アーティストへの不平不満などが、エミネムらしい解釈で綴られている。

 アルバムと同時にシングル・カットされた「Gnat」では、冒頭から「COVID」を用いて自身のスタイルを比喩したり、ドナルド・トランプ氏をコケにするラッパーたちへのあてつけが綴られている。こういった表現も相変わらずというか「俺様主義」のエミネムらしい。コール・ベネット(本編の「Godzilla」も担当)が監督を務めたミュージック・ビデオでも、感染者に扮した演技や黄色い防護服でアルコール消毒をするシーン、マスクで銃殺される場面など、アメリカの現状が映し出されている。歌詞や映像もさることながら、サックスを起用した後半のジャジーでアーバンなトラックも聴きどころ。今年のトレンドとなった「二部構成」を取り入れるあたりも、感性が若い。

 サイドBがリリースされるまでの間といえば、2月に開催された【第92回アカデミー賞】で「Lose Yourself」をパフォーマンスしたことも話題を呼んだが、その際会場にいたビリー・アイリッシュの表情がこわばっていたことが、一部メディアで報じられていたのをご存知だろうか。ビリーは、昨年のインタビューで「幼少期、ずっとエミネムのことが怖かった」と話していて、そういった意味合いも“あの表情”には含まれていたのかもしれない。そんな印象を抱く娘ほど歳の離れたビリー・アイリッシュについて、本作ではオールディーズ調のトラックを下敷きにした「Alfred’s Theme」という曲で「ビリー・アイリッシュに悪い夢を見せてしまった」と自虐している。反省の意か皮肉かは定かでないが、他のアーティストに向けたディスとは温度差があり、思いやりと取れなくもないような……気がする。

 サイドBは、本編(サイドA)のアウトロ「Alfred」と同タイトルの「Alfred」で始まり、スカイラー・グレイとの共演曲「Black Magic」へと繋ぐ。ヴァース毎に変化するエミネムの起用巧みなラップ、スカイラー・グレイの憂いなコーラスのが良く相まった傑作で、共演を重ねてきたからこそ醸せる安定感がある。シャベルで掘り起こす不気味な音と、女性の甲高い悲鳴が響くエンディングは、本編のイントロ「Premonition」に繋がる演出に。

 共演を重ねてきたといえば、プロデューサーのドクター・ドレーが2009年の「Hell Breaks Loose」と「Crack a Bottle」以来、約11年ぶりにアーティストとしてフィーチャーされた。その「Guns Blazing」は、銃声音をバック・トラックに起用したミディアムに、両者“ある女性”に向けたメッセージを乗せた曲で、ドレーのパートでは今年離婚したニコール・ヤングについて歌っている節がいくつか見られる。フィーチャリング・アーティストではないが、プロデューサーとして参加した最終曲「Discombobulated」も、「My Name Is」(1999年)を彷彿させる90年代に回帰したドレーらしい曲。ゲストが参加したナンバーでは、DJプレミアをフューチャーした「Book of Rhymes」も90’sっぽさを醸したいい曲で、この曲にはナズの同名タイトルが一部サンプリングされていたり、「N.Y. State of Mind」がスクラッチ曲として使用されている。東海岸風のクールな「She Loves Me」も、サウンドは懐かしい感じ。前者では元妻キムについて、後者では金に群がる女性(ビッチ)へのディスが歌われている。

 今っぽい曲では、タイ・ダラー・サインの毒々しいコーラスが加わったサイケな「Favorite Bitch」や、MAJがポスト・マローンそっくりに歌トラップ風の「These Demons」もあり、新旧たのしめる内容となっている。前者は、ボストンマラソン爆弾テロ事件(2013年)や、アリアナ・グランデの公演で起きた英マンチェスター・アリーナの自爆テロ事件(2017年)について、後者では今年5月に白人の警察官から暴行を受けて死亡した故ジョージ・フロイド氏について触れる等、昨今の社会情勢を独自の解釈で表現している。ホワイト・ゴールドと再タッグした「Zeus」にも、一部そういった内容が盛り込まれた。

 ゲーム音楽のようなトラックに一定のトーンで淡々とラップする「Tone Deaf」では自身の才能を自画自賛し、軍歌のような(?)サビが頭にこびりつくノイズ・ミュージック「Higher」では老後のビジョンを悲観。かと思えば自身の攻撃性と今後のビジョンを冷静に歌った「Killer」もあり、良い意味でも悪い意味でも、メンタルヘルスが影響を及ぼすナンバーが健在。健在といえば御年48にして超高速ラップもまた、健在。本作では、色んな意味で「まだまだやってやろう感」がひしひしと伝わってくる。

 本編ほどのインパクトを期待していなかっただけに、デラックス盤の追加曲とは思えない高クオリティに少々驚かされた。「Body and Soul」をサンプリングした「Thus Far」や、カバー・アートに引用した映画監督のアルフレッド・ヒッチコックのテイスト等、続編的な内容であるから納得はできるものの、新作としてリリースしても十分話題性、セールスが見込めた作品だったといえる。前週にはテイラー・スウィフトが、同日にはポール・マッカートニーが新作をリリースしているが、彼等をおさえての全米首位獲得が叶えば「未だ現役」と言わざるを得ない。

Text: 本家 一成

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