「大きくなることによって無くなる魅力もある」藤原ヒロシ『slumbers2』インタビュー
前作から3年、藤原ヒロシによるアルバム『slumbers2』がリリース。AOEQでのアコースティックな曲作りからはや9年、作詞作曲を手がけるシンガーソングライターとしての彼は着実に進化を遂げ、フォークのコードからハウス、ダブなど多様な音楽性を持つ曲をバンドプレイで送り出している。SSWとしての歩みを見るにつけ、職業不明と言われる彼が、どれほど誠実に一つ一つのアウトプットに向き合っているか可視化されているように思う。先達に学び、体験し、身体にまで染み込ませていくその姿勢は、むしろ不器用なほどに真摯だ。
――『slumbers2』完成おめでとうございます。美しいアルバムですね。朝にも昼にも夜にも合う。
HF「夜っぽいアルバムだなと思っていたんだけど、昼っぽい感じもあります?」
――朝や昼の光の中での微睡みにも似た曲があると思いますし、“Karen”から“Berlin”への流れなど曲順も良かった。
HF「曲順は誰がやったんでしたっけ?」
原田(マネージャー)「ヒロシさんです」
――ちょっとヒロシさん……。
HF「いや、レコード会社や原田さんに相談しながらだったから(笑)。でもそうやって聴いてくれる人は多分数少ないですよね。配信になるとランダムに聴くから」
――ランダムでもいいけど、アルバムを通して聴くとヒロシさんのDJのセンスが感じられて楽しいです。今回のアルバムは、9年間真っ当に音楽に向き合ってきた上でのアルバムという印象が強かったです。元々の知識や経験があるのはもちろんですが、音楽を楽器で作ることにフォーカスした歳月が重なったアルバムだなと。フォークのコードなどを身につけて、作り方の基本的な足腰の鍛錬をされた上でこのハウスやダブなど多様な音楽性をはらんだ『slumbers2』になるというのは流れとしても内容としてもとても美しい。
HF「そんな作ってないですけどね。多様性というところでいうと、山口(一郎)くんの影響とかがあるかもしれないです。サカナクションのレーベルだし、一応ディスコっぽいものもやろうかなと。曲自体の作り方はあまり変わらなくて、(渡辺)シュンスケくんがちゃんとやってくれている。インストが入ったり前作と構成も似ているんですけど、今回はもうちょっとポップになったので、3ができるならこの感じでできればと思ってます。シュンスケくんが時間があってやってくれたらですけどね」
――シュンスケさんのこと、すごい好きじゃないですか。
HF「slumberはシュンスケくんみたいなものだから」
――あの微睡む犬はシュンスケさんだったと。
HF「そうそう(笑)」
――今作の音楽性についてはしっかり語られているインタビューがいくつかあるので、後発となるこのインタビューでは他のことをお聞きしたいと思っています。
HF「あ、あまりどこにも言わないようにしてるけど、日本語のタイトルに面白い謎がありますよ」
(種明かし)
――ああっ! なるほど。真っ直ぐなタイトルだから心境の変化でもあったのかなと思っていました。
HF「真っ直ぐどころか、すごく後ろ向きだったという(笑)。気づかないからこそいいんだけど、4年後くらいに『ああ、そうなの?』と誰かが気づいてくれたらいいなと思って」
――他にも隠れワードがあったりするんですか?
HF「『manners』の時にはタイトルにない隠れトラックを入れてます。13曲目に何秒か聴いてると川勝(正幸)さんの曲“ポップの森”が入ってるんですけど、切ってしまうと気づかない。“みんな大好き みんな愛してる”の歌詞に関しては、他にもあの感じで書いていて、いわゆる行政からOKとされたらつまらないんじゃないかという内容ですね。風営法にしても、世の中に認めてもらってやったー!と朝まで踊れるようになるよりも、どこかでグレーな、禁止されているところをギリギリで破ったり戻ったりする方が面白いんじゃないかなとは思います。もうクラブ自体が一般化しすぎてコアな魅力はないんですけどね。僕はダンスもあまり興味はないけど、街でやってるのがいいのに学校の授業になってしまったら全く意味がないし、もっと言ってしまえば、スケートボードやスノーボードもオリンピック競技になってもあまり面白くないなあとか。大きくなることによって無くなる魅力もある」
――禁酒法時代の隠れ飲み屋が面白かったように。ところで、昨日はリハーサルだったんですよね。
HF「4日間連続リハでずっと歌ったんで途中で声が出なくなり、また復活しました。リハーサルって大変だなと思いました」
――何時間くらいやられてたんですか?
HF「6時間くらいかな。みんなが何時間くらいやるのか標準がわかんないけど、立って歌ってやると大変。エリックとかどうやってるんだろう」
原田「立ってやってますねえ。ザ・ローリング・ストーンズも。座ってやってたのはB.B.キングくらいじゃないですか」
――ちなみにエリックは、クラプトンのことですか?
HF「そう。ああいう年配の人たちが立ってギターを弾いてるのは大変だろうなあと。ワウ(ペダル/足で操作するエフェクター)を踏む時、基本は片足立ちじゃないですか。 ワウやりながら一曲片足立ちって結構しんどい」
――筋トレですね。
HF「うん、筋トレになります」
――リハということはライヴがあるんですか?
HF「中国で配信されるライヴなんですけど、2月くらいにオンエアされるのかな。12月にageHaで撮って、それを編集して。シュンスケくんと番長と(三浦)淳悟くんといういつものメンバーです」
――今は音楽業界におけるマネタイズも過渡期ですが、さらにこのライヴができない状況は大変ですよね。
HF「本当にそうですよね。オンラインで儲かる人は儲かっているんですか?」
原田「オンラインライヴも6、7月くらいがピークで、今は飽和状態で視聴は落ちてきてなかなかお金は集まらない状態にはなってきました。コンテンツとしても洋楽のミュージシャンと日本のイベンターでできることも限られているし、もっぱら国内のものが多い。今はどれだけ良質な配信が可能なデカいサーバーを持っているかライヴの質や演出が良いかという状況になっています」
HF「オンラインライヴになってくると、レコード会社も事務所もいらなくなってきますね。音楽でのマネタイズは難しそうな気がします」
――NFとの契約はどうなっているんですか。
原田「レーベルは作品ごとで縛りはそんなにないです。作品を出す時にはYouTubeの出し方などにレコード会社の決まりがある」
HF「海外はYouTubeとかではフリーにしているところが多いのですが、日本は厳しく制限しているからそこが逆行していますよね。YouTubeの意味合いがなくなるというか。もっとレコード会社がカジュアルになって、例えばライヴをやったらその音源もサッと配信するとかやっていったらいいと思う」
原田「AppleやYouTubeなどは課金があるためプロモーション動画は分数を短かくしたり、かなり前にマスターを入れなくてはいけないとか取り決めがあって。できたらすぐアップできるのがああいうものの長所じゃないですか」
HF「海外のアーティストを見ると、アルバムを作る気がなさそうな感じが多いですしね。曲ができたらすぐにやっつけ動画を作って配信して、YouTubeで出してサブスクということが多い気がする」
――サブスクでお金が入ってくると。
HF「Spotifyとかで聴かれるとそこそこ入ってくるんじゃないですか」
原田「すごく聴かれればですよね。そこそこがどれくらいのレベルかというのもありますが、売れる前の若いミュージシャンには相当厳しい現状ではあると思います。CDが売れていた頃と二桁は違うんじゃないでしょうか。でももう元には戻れないですよね。逆にアナログはZ世代と言われる人たちも興味があるからもうちょっと広げてもいい気がします」
HF「『slumbers2』のアナログも同時に出すという話もあったけど、まだ進んでいませんね。マネタイズという意味では、アナログが売れても儲けにはならないでしょうけど。でも音楽は志という側面もあるので、売れることが全てじゃないと思うんだよね。売れて儲かることも一つの目標地点かもしれないけれど、今日たまたまテレビを観ていたら、紅白の発表について語っているものがあって、それを観て思ったのが、そもそも紅白に出ている人たち全く興味がないというのが僕らのスタンスなんです。子どもの頃から紅白に出ている人のCDを買おうと思ったことはない。向こうは向こうで盛り上がってくれて、コアなものはコアなもので売れたり存続していければいいんじゃないかなと思う。でもそこが今はわりと一緒になっている。マイナーでインディペンデントな音楽を好きな人もメジャーで売れたいという、ちょっとそういう邪な気持ちがあったりして、そういうのにアンチな人がいてもいいんじゃないかなと思います」
――聴き手もメジャーマイナーの垣根がなくなっているので、その両方の作用があるのかなと思っています。ヒロシさんはそこに対しての線引きがあって、「僕がこれをやると恥ずかしい」ということもおっしゃいますよね。その線の引き方や美学のようなところについてもお聞きしたくて。
HF「多分タイミングとかもあるんだろうし、恥ずかしいというのもあるかもしれないし、やる必要がないでしょうというのもあるかもしれないし」
――それは直感からくるもの?
HF「そうですね。そこは説明できないし、その時の気分かな」
――直感というけれどそれにはそこまでの経験や知識が作用していると思うんです。それを最初に言った、真っ当にやって身に付けた人だからこというところに繋げたかったけど玉砕しました。
HF「(笑)。作用しているかどうかは自分ではわからないな。そもそもの前提でいうと、僕が音楽で成功しているわけでもないので、どこに成功例を置くかにもよります」
――でも少なくとも誠実です。
HF「それはそうですね。誠実は誠実で、好きなことをちゃんとやって、しっかりやりたいことをやってると思うんですけど、それはさっき原田さんが言ったように、音楽だけで食べようとしている人にはできないことかもしれない。僕は他にも収入があるからこういうことができるけれど、真摯に音楽をやっている人にとってもそうしたことがちゃんとできる領域みたいなものがあった方がいいなと思います。例えばavexが売れた時も、avexの中でLITTLE TEMPO(1992年に結成されたインストゥルメンタル・ダブ・バンド)のようなものをやっていた。僕はいい意味で言うんだけど、何かの税金対策でもちゃんと違うことをやれるような感じがあった方がいいと思います。パトロン的な要素ですよね」
――日本の文化にはパトロンというのはなかなか根付いていないように思います。
HF「僕はずっとそういうものはあると思います。密接な意味のパトロンじゃなくてレコード会社でもいいと思うんですけど、こっちは売れて儲かって、もう一方は損するかもしれないけど良いものだからちゃんと力を入れてやろうという。そこにうまく入り込めるようなシステムが今はまだかろうじてあって、それが残ってくれるといいけど。
あと真っ当というところでいうと、今回はデラックス盤にTシャツをつけたんですよ。今まで僕はあまり洋服とかはつけないようにして他のものでやっていたんだけど、自分でslumbersTを着たかったからつけたんです。でもそれは今もあまり本意ではないというか。音楽は音楽、洋服は洋服、飲食は飲食、全部別々で、格差があってもいいのでそれぞれで評価をしてもらいたいと常々思っているんだけれども、今は世の中の動き的にまとめて評価してもらうのが当たり前で、みんなもどちらかというとそうしたい感じじゃないですか。すべてのポップスターがブランドをやり、化粧品を出し、という。みんなまとめて自分でやっています、やりたい、というのが当たり前になってるけど、僕は今までその逆を行っていたんですよね。そういう風にまとめられそうな立場だったんだけど、そこはすごく動きが逆行しているのは感じます。
元々僕が出てきた頃は、いろんなことをやっているマルチな人はダメというか、デザイナーはデザイナー、ロックミュージシャンはロックミュージシャンとしてちゃんとしてなきゃいけないという時代で、そういう中で僕はいろんなことが好きだからいろんなことをやるのは仕方ないなと思いつつそれを認められないというジレンマがあった。それもあり、音楽は音楽として、DJはDJとしてちゃんと認められたい、洋服は洋服で好きだということを認められたいというので、すごく戦っていたんです。今はそれが逆に、全てやってる人が格好いいというか、良いところであると言われるから、そこにまたちょっとジレンマがありますね」
――ヒロシさんの場合はマルチだけど、知名度で上から行くのではなく、アウトプットごとに一から積み上げていってるからそれぞれで信頼に繋がっている。
HF「そこが楽しいですよ。後輩は楽だし。音楽は税金対策の部分で生きていきたいんですけど、そうも言ってられない。業界自体が衰退していくのは残念だなあと思います」
――今回のアルバムはハマくんも参加してますが、別でコウキくんと一緒に曲作りもされていましたね。
HF「もうなんとなくできているんですけど、まだ外に出す感じではないです。ゆったりとしたポップな感じになってます」
――ではもしかしたら『slumbers3』に入るかもしれないことを期待しています。
HF「コウキ君とのシングルは別に出します。3もシュンスケくんとハマくんにやってもらいたいですね。あと、やっぱりライヴはやりたいなあ」
photography Shina Peng
text & edit Ryoko Kuwahara
藤原ヒロシ
『slumbers 2』
CD 1: slumbers 2
01. TIME MACHINE #2
02. KAREN03. BERLIN
04. TERRITORY(SHORT)
05. みんな大好き みんな愛してる
06. SPRINGLIKE
07. WORK THROUGH THE NIGHT
08. MAIとPAUL
09. PASTORAL ANARCHY
10. 新宝島 *サカナクション カバー
Bonus Track
KAREN(HOME DEMO)
CD 2:
01. TIME MACHINE(INITIAL)
02. KAREN(MOLMOL DUB)
03. BERLIN(SF MIX)
04. TERRITORY(INITIAL)
05. みんな大好き みんな愛してる(MOLMOL DUB)
06. SPRINGLIKE(MOLMOL DUB)
07. WORK THROUGH THE NIGHT(INITIAL)
08. MAIとPAUL(INITIAL)
09. PASTORAL ANARCHY(INITIAL)
10. 新宝島(INITIAL)
11. HARMONY
12. TERRITORY (LONG)
* Deluxe Edition のみにセット
【Deluxe Edition】
¥9,000 +tax (2CD + T-Shirt) *2,500セット限定生産
【Simple Edition】
¥2,200+tax (1CD)
【streaming&download】 https://jvcmusic.lnk.to/slumbers2
〈slumbers 2 POP-UP SITE〉 https://www.jvcmusic.co.jp/fujiwarahiroshi/slumbers2/
藤原ヒロシ3年振りのオリジナルアルバム ”slumbers 2”。 前作『slumbers』に続きサカナクション主宰のNF Recordsよりリリース。 世界中で隆盛するオルタナティヴ・シティポップ/ヴェイパーウェイヴ/ネオソウルと呼応するグルーヴと優しくメロウなトラックが溶け合った世界標準の都市型音楽集。ヴォーカル曲とインストゥルメンタル曲による 全10曲収録。渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)サウンドプロデュース。
「7 モンクレール フラグメント ヒロシ・フジワラ」のローンチを記念して制作されたショートフィルムに 使用され世界の都市で展開された先行配信シングル「TIME MACHINE」、同ブランドで現在ワールドワイドで展開中の最新シングル「TERRITORY」を初収録。
同時リリースのデラックス・エディションにはアルバム全曲のアナザーバージョンまたはDUBバージョンを 収録したスペシャル・アルバムをセット。「NOMA t.d.」の2019年秋冬コレクション用にフォトグラファー 川内倫子がディレクションした短編映画『HARMONY』の音楽として制作した「HARMONY」も特別収録。 オリジナル・アートフォーム(2CD+T -Shirts)、2,500セット限定パッケージでリリース。
藤原ヒロシ
80年代よりクラブDJを始め、1985年TINNIE PUNXを高木完とともに結成し、 日本のヒップホップ黎明期にダイナミックに活動。 90年代からは音楽プロデュース、作曲家、アレンジャーとして活動の幅を広げ、 近年はバンドスタイルでの演奏活動を行っている。 ワールドワイドなストリートカルチャーの牽引者としての顔も持ちファッションの分野でも若者に絶大な影響力を持つ。
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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