『千日の瑠璃』445日目——私はショーウインドーだ。(丸山健二小説連載)
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私はショーウインドーだ。
まほろ町では最も古い、しかし売り上げは落ちる一方の本屋の、ショーウインドーだ。何事も人に先駆けてやりたがる先代の失敗を鑑みて、若主人は地道一筋の経営方針に切り替えた。時流に先行し、どこかデマゴーグの悪臭が漂う思想の書や、欧米の死につつある文化をろくに考えもしないで摂取するための本や、時局を充分に認識させるためではなく、単に俗受けを狙っただけの総合雑誌や、徒に反日感情を煽るためのアメリカの写真集や、とても崇敬に値する人物とはいえない男が誰かに書かせた自伝、そういった類いの書籍を、彼は私のなかから残らず追い出した。
そして彼は、読み流すにはちょうどいい、誇張され、歪曲され、捏造された記事をずらりと並べた週刊誌と、一読しただけで長寿者に肖れ、病気知らずの人生を送ることができる術を大真面目に書いた健康雑誌と、死後の世界での幸福を大胆に保証する手引書と、二十年掛かりで蓄えた小金を二年で倍にするという金満家への近道を示す入門書と、延命策のためとあればどんな嘘でもつける芸能人が出した本、それらも叩き出した。
そのあとで彼は、内外の文学全集と、各種の辞典と、動植物の図鑑を小ぎれいに並べた。また、私の正面には、額縁におさめたオオルリの写真を飾った。私としては満足だったが、きょう一日で私を覗きこんだのは、文字とは無縁な少年世一と、組長といっても空名にすぎない極道者だけだった。
(12・19・火)
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