『千日の瑠璃』409日目——私は自転だ。(丸山健二小説連載)
私は自転だ。
しかし平均二十三時間と五十六分四・〇九〇五秒の周期の地球のそれではなく、少年世一を軸に、人知れず、神々の類いにも知られずに回っている、まほろ町の自転だ。私に周期はない。世一が夜と思えば夜、昼と決めれば昼がそこにあるのだ。世一の望み次第で私は速くも遅くもなり、ときには停止することすらある。だがそのことは、生き死にのいずれも物ともしない世一の意識にはない。
世一は籠の鳥オオルリを巡って回りながら彼自身をも回っている。そして私は今、紅葉の色に染められた雨の滴をはね飛ばしながら、生き恥を晒しつづけ、生きるに値しない、唾棄すべき者を弾き出そうと、速度を上げている。けれども、いくら回っても私の思い通りにはならない。乾燥させた大麻をビニールの袋に小分けする若い男女、三階建ての黒いビルの一室にこもって悪の新機軸を打ち出そうと額を集める手合い、他人の恵みに縋って生きることに誇りすら抱いている物乞い、自我の迷盲を何が何でも断とうと足掻く新入りの修行僧、交通事故の加害者となってからいつまでも立ち直れない自分を心底厭になった主婦、不幸と悲劇が誰の眼にも明らかな盲目の少女、ひたすら健康に留意するだけであとは無為無策の日々を送るその他大勢、かれらはびくともしない。かれらはそれぞれ所定の位置につき、それぞれ図太く構え、断じて私に翻弄されることはなく、兎にも角にも今を生きているのだ。
(11・13・月)
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