この本には、異常な地方が描かれているのではない。

この本には、異常な地方が描かれているのではない。

今回は上山和樹さんのブログ『Freezing Point』からご寄稿いただきました。

この本には、異常な地方が描かれているのではない。

むしろ、私たちの日常が曝露されている。

あのとき、大川小学校で何が起きたのか(青志社)
池上正樹,加藤順子(著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4905042577/?tag=hatena_st1-22&ascsubtag=d-12vc

目の前の山に逃げれば、亡くなった子どもたち74人が全員助かっていたのに、地震発生から50分間も校庭に待機させた。
「山に逃げよう」と声をあげた子どもたちもいたのに、わざわざ連れ戻してまで校庭にいさせた。
その事実を市長や教育関係者が徹底的に揉み消し、時間のつじつまをごまかし、聞き取りのメモを捨て、「頑張って逃げようとしていたが、間に合わなかった」 ことにした。

制度の前提がおかしい

「学校管理下で死亡事故が起きた場合の対応として、報告しなければならないという法律の根拠がないのです」
(文部科学省の「スポーツ・青少年局〈学校教育健康課〉*1 」課長補佐、本書 p.146 より)

実際にあったことは徹底的に検証すべきだし、それに応じた責任追及が必要だと思う。

と同時に、考えなければいけないのは、

「人は失敗するし、失敗しても、責任を取ろうとはしない」ということ。制度は、「理想的人間像」を前提にはできない。(注1)

むかつくエピソードを読みながら、ずっとそれを考えていた。

*1 : 文部科学省HP スポーツ・青少年局<学校健康教育課>
http://www.mext.go.jp/b_menu/koueki/sports/04.htm

注1:これほど極端な事例がろくに検証されないなら、日常的な問題提起など、揉み消されるに決まっている。

登場人物は、「極端な人たち」ではない

加藤順子(かとう・よりこ)氏*2 の記すエピローグから(強調は引用者):

何とかしたく思っていても、組織の理屈がなんとなく優先されてしまうために、自分のできる狭い範囲だけで片づけようとする。役割を根底から考え直し、変えていかなければならないときにすら、いままでの状態を維持しようとしてしまう。そんな普段の感覚を、これだけの規模の事故の対応においても変えられなかったことが、なんとも気持ちが悪い。
でもそれは、どんな人の中にもある感覚かもしれない。
私自身は、市教委の対応を批判的に語るたびに、ニーチェの「汝が深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き返している」(注2) という言葉が気になって仕方がなかった。 【略】
大川小の問題は決して人ごとではなく、自分の内面や、自分が生きる世の中の構造が置き去りにしてきた問題の部分を、同時に覗き込むような作業でもある気がする。 (本書 p.314)

この加藤氏のコメントには、内省的な問題意識がある。

本書に登場する「おっさんたち」は、そのへんに居るようなタイプばかりだ。

これは、
《責任を果たすとは、ルーチンをこなすことだ》 と考える大人たちが、
レールを踏み外すことを極端に怖がり、子どもを何十人も死なせてしまった上に、
「自分たちのやり方に問題があった」という事実すら、認めようとしない

―― そういう事件ではないのだろうか。

注2: 《怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ》*3

*2 : 加藤順子(かとう・よりこ)氏 twitter
https://twitter.com/katoyori
*3 : フリードリヒ・ニーチェ wikiquote
http://ja.wikiquote.org/wiki/フリードリヒ・ニーチェ#.E3.80.8E.E5.96.84.E6.82.AA.E3.81.AE.E5.BD.BC.E5.B2.B8.E3.80.8F

日常と非日常

1995年の阪神・淡路大震災では、次のような証言があちこちで聞かれた。

日ごろ何もしないで、ひきこもっていたような人たちが、活き活きと炊き出しや人助けを行い、
逆に勤め人だったお父さんたちは、避難所でぐったりしていた。

《日常》 を生きていた常識人がつぶれてしまい、「非常識な」人たちが、当たり前に動いていた。

本書では逆に、

非日常の状況下で、日常的な配慮が人を殺した

ように見える。(注3)

注3: 親御さんたちが言うとおり、「先生がいないほうが、助かった」。

あなたの日常は?

難しい思想の研究者は、どうしてこういう 《ふつうの問題》 を、扱ってくださらないのだろう。
その知的風土じたいが、《問題》 の一部じゃないか。

私たちが「しょうがない」と言って過ごす日常と、海の向こうのバカげた行為は、そんなに違うか?

私たちは、この本に描かれたような環境に、その加担者として生きている。
問われているのは、《順応すること》、それ自体だ。
この本は、就労や人のつながりをめぐる支援事業の、一環といえる。(注4)

注4: 本書を執筆されたお二人とは、昨年11月、ひきこもり関連のイベントでご一緒している。*4

*4 : 「ライブトーク 《ふたつの「あの日」が揺らしたもの – 大震災が問うひきこもり問題 – at神戸》」2011年11月10日 『Freezing Point』
http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/20111110

元になった連載:「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”」*5 (ダイヤモンドONLINE)

書籍には、詳細な証言記録、それに基づく当日の再現、情報・考察のディテール等が追加されている。
大まかなまとめ記事としては、第15回(2012年10月30日)の

「明らかになった真実、隠され続ける真相とは」*6

何事もない日々であればさほど問題ではありませんが、今回のような事態では大問題です。あの日、「責任とれるのか」といういつもの判断基準が、(教諭たちの間で)どうしても頭から離れなかったのです。あの日の判断の遅れには、2年間で蔓延した極端な「事なかれ主義」が大きく影響しています。 【略】
誰が主導権を握るか、というパワーバランスも無関係ではなかったと思われます。子どもの「山へ逃げよう」という声を取り上げなかったことでも分かります。 【2012年10月28日、7回目の保護者説明会で遺族側】

文科省の試案では、<事故当日とそれ以前の状況・対応について> は検証の範囲とするが、事後対応については、検証に含めないとしている。

*5 :「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実” 記事一覧」『ダイヤモンドONLINE』
http://diamond.jp/category/s-okawasyo

*6 :「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実” 第15回」2012年10月30日『ダイヤモンドONLINE』
http://diamond.jp/articles/-/27043

【参照】 amazon以外で、ネット購入できるところ

・honto ネットストア  http://honto.jp/netstore/pd-book_25372904.html
・MARUZEN & ジュンク堂  http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ISBN=9784905042570
・紀伊国屋書店 BookWeb  http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4905042577.html
・楽天  http://item.rakuten.co.jp/neowing-r/neobk-1372092/
・7net Shopping  http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106224063/subno/1

【11月6日17時頃の追記】 「事なかれ主義」で判断遅れ=大川小遺族が検証 *7 (時事ドットコム)

資料は、地震発生から津波到達までの出来事を時系列で示し、同小だけが避難の遅れで甚大な被害が出た原因を考察した。学校側は津波の危険を把握していたのに「何かあったら責任問題になる」との考えに縛られ、防災マニュアルにない裏山への避難に踏み切れなかったと分析。「判断の遅れには、極端な『事なかれ主義』が影響した」と指弾した。 (2012/10/28-20:24)

今回取り上げた本に出てくるのですが、裏山は子どもたちにとって、シイタケの栽培もしている慣れた場所で、むしろ教員が山に向かわなかったことに、異様なバイアスを感じるのです。
そしてにもかかわらず、私も同じことをやってしまうかもしれません。記事タイトルにも示したとおり、今回の判断ミスは、「誰にでも起き得るのではないか」という怖さがあります。(どんなに周到に準備しても、盲点は残ります。それをイザというとき、どう処理するか。これはどんなに頑張っても、残る問いです。)
コメント欄でいただいた、「適切な責任の取り方がない」*8 という声がリアルです。 責任の取りようがないなら、改善もない。
責任をめぐる環境が、社会的に設計されていないかも知れない。だからこそ、いちど失敗すれば、取り返しがつかない。だからこそ、すべて隠蔽されてゆく―― そういう要因が、ないかどうか。

*7 : 「「事なかれ主義」で判断遅れ=大川小遺族が検証-宮城」2012年10月28日『時事ドットコム』
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201210/2012102800199

*8 :「はてなブックマーク」2012年11月4日 (2) 『CITRON’S BOOKMARK』
http://b.hatena.ne.jp/citron_908/20121104#bookmark-118201214

執筆: この記事は上山和樹さんのブログ『Freezing Point』からご寄稿いただきました。

  1. HOME
  2. 政治・経済・社会
  3. この本には、異常な地方が描かれているのではない。

寄稿

ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。

TwitterID: getnews_kiko

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。