1950年代の宇宙移住計画、宇宙飛行士を目ざす女性の奮闘

1950年代の宇宙移住計画、宇宙飛行士を目ざす女性の奮闘

 1950年代のアメリカ。性差別・人種差別が根強く残る時代に、宇宙飛行をめざす女性たちがいた。第二次大戦中に婦人操縦士隊のメンバーとして従軍したベテラン、あるいは地域の〈航空クラブ〉で空を飛ぶ醍醐味を覚えた者、さらに物語が進むと海外からの志願者も加わる。彼女たちは人種も社会的地位もキャリアも異なる。ただ「宇宙を飛びたい」という情熱は共通だ。

 宇宙飛行士になるチャンスはある。いままさに急ピッチで宇宙進出計画が進んでいたからだ。

 引き金となったのは、1952年の巨大隕石落下である。落下地点はワシントンD.C.沖で、アメリカ東海岸は壊滅的な被害を受けた。しかし、これは破滅への序章にすぎなかった。著しい影響はまだあらわれていないが、綿密なシミュレーションによれば、地球は数年の寒冷化を経て、気温上昇へと転じ、やがては海洋が沸騰するほどの灼熱状態になる。人類が生き延びる道は、宇宙への移民だけだ。

 宇宙飛行士を目ざす女性の象徴となったのが、物語の主人公エルマ・ヨークである。物理学と数学の博士号を有する秀才であり(前述した隕石落下後のシミュレーションを手計算でおこなったほどだ)、元従軍パイロットとして優秀な経歴を持つ。いまは計算のプロフェッショナルとして、国際航空宇宙機構(IAC)に勤務している。知性においても身体的適性においても申し分がない。ただ唯一の弱みは、対人的な緊張によって引きおこされるパニック障害だ(その背景には彼女が成長過程で被った性差別がある)。

 パニック障害を押し隠して、エルマは児童向け番組『ミスター・ウィザードの科学教室』にゲスト出演し、一躍、人気者になる。番組を観た多くの女の子たちが宇宙飛行士に憧れ、マスコミはエルマを〈レディ・アストロノート〉と囃したてた。宇宙移民計画を主導するIACは、この盛りあがりを都合良く利用しようと企む。

 もちろん、人気が出たからといって、エルマが宇宙飛行士になれるわけではない。

 彼女の前には、何重ものハードルが立ちはだかる。まず宇宙進出計画初期から女性宇宙飛行士の参加を認めさせること(社会的コンセンサスを形成しIACの判断を促す)、そして自身のパニック障害の克服、また、ほかの宇宙飛行士志願者との競合もある(エルマはフェアを望むが政治的思惑が介入する)。なによりも忌々しいのが、IACでの上役ステットスン・パーカー大佐だ。この男は優秀なパイロットだが、「男は男の仕事を、女は女の役割を」と言ってはばからない石頭で、エルマとはとことん相性が悪い。エルマとパーカーは第二次大戦中の従軍パイロット時代からの腐れ縁で、エルマはうんざりしながら、それなりのあしらいかたも心得ていて可笑しい。パーカーの小物っぷり(ほんのちょっぴり可哀想なところもある)が、物語に絶妙のアクセントを与えている。

 そのほか、エルマの仲間・ライバルとなる女性宇宙飛行士候補の面々をはじめ、IACで働くひとたち、メディア側の人間など、いずれもキャラクターがしっかり立っている。また、エルマがフォン・ブラウン博士と対面する場面があったり、エルマの夫ナサニエル(リベラルなロケット科学者)やIACの本部長がブラッドベリを読んでいたりと、SF読者を喜ばせるくすぐりも上手い。エンターテインメントとして一級だ。

(牧眞司)

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