『千日の瑠璃』381日目——私は少数意見だ。(丸山健二小説連載)

 

私は少数意見だ。

まほろ町の議会において少しも尊重されず、相手にもされないで、あとはいじけるしかない少数意見だ。暗黒街に身を置く者といえども人間であることには変りないのだから、住民としての資格はすべて兼ね備えているとみるべきだ、というのが私の骨子だ。不身持ちなことで知られているその議員は、私を皆に突きつけて賛同を求める。

だが私は、個々の意見を尊重できない連中に罵倒され、不義の金の上に成り立っているのではないかと野次られ、ものの数分で斥けられる。それでも彼は私にこだわり、個物にとらわれないで普遍なるものをつかめなどという筋違いの理屈をこね、挙句にこんなことを言う。「ああいう連中がいるってことは、この町が死んでいない証拠だよ」と言い、「わしらの体だっていい細菌だけがいるんじゃないぞ。わるい菌だってうじゃうじゃいるんだ。それが生きてるってことさ」と言い、「もちろんわるい菌だけでは死んでしまうが、いい菌だけってのも異常だよ。そう思わんかね、うん?」と言う。同輩の受けがよい議員が反論を加える。わるい菌にもいろいろあるが、あれは命取りになる最悪の菌だ、と言い、暴力に汚染された町の剴切な例を引く。と、そのとき、「おまえらがいい菌とは限るまい」という声が議場に飛びこんでくる。皆は一斉にそっちを見る。しかし窓の向うにいるのは、重い病気を背負って歩く少年ただひとりだ。
(10・16・月)

丸山健二×ガジェット通信

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