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『千日の瑠璃』375日目——私は入漁料だ。(丸山健二小説連載)

 

私は入漁料だ。

うたかた湖で釣り糸を垂れる者すべてが支払わなくてはならない、由緒の正しい入漁料だ。ところが釣り人たちは皆、この十年間というもの私をこけにしつづけてきた。なかには、私の存在すら知らない者もいるほどだった。きょう、夜気の冷たさで眼を醒ました貸しボー卜屋のおやじは、何かしら胸騒ぎを覚えたものの、気遣う相手がひとりもいないことをあらためて思い知り、孤なる己れにうんざりし、湖と白鳥だけを相手に余生を送る覚悟が大きくぐらつき、突然むかっ腹を立てた。

そして彼はなぜか私のことを思い出し、まだ夜が明け切らぬうちに起き出し、白砂を踏んで岸辺を左回りに進んだ。途中で出会った少年世一をまるで子分のように従えて歩く彼は、釣り人ひとりひとりに声を掛けた。私はかれらに財布を開かせた。文句を言う者はおらず、皮肉を飛ばす者もいなかった。払うべき金を払い、領収証を受け取ったかれらはふたたび釣りに没頭して明日を忘れた。

気をよくした貸しボート屋のおやじは、半島のように突き出した岸の突端にいる、初対面の大男にも請求した。だがそのよそ者はいきなり私を撥ねつけ、おそろしく野太い声で「死にてえか、このくそじじい!」と言った。しかし彼はこっちを振り向かず、その眼は熱心に浮子を見つめていた。恐怖で竦みあがったおやじに向って、彼はまた言った。「そこのがきみてえな体にしてもらいてえのかよ!」
(10・10・火)

丸山健二×ガジェット通信

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