『千日の瑠璃』371日目——私はキツツキだ。(丸山健二小説連載)
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私はキツツキだ。
枯れても尚立っている大木を派手につついて己れの縄張りを主張し、併せて人間どもを玩弄する、キツツキだ。軽快で、挑発的な私のドラミングに対するうたかた湖畔の住人たちの反応は、さまざまだ。才覚以上の山気に富んだ男は、私が鞭打ち症にならない謎を解き明かして、画期的なヘルメットを発明しようと考える。小金を持った悪賢い男の下働きで一生を終えようとしている痩せぎすの紳士は、陰鬱な顔を私の方へ向けて、「おまえはおれだよ」と力なく呟く。
また、定年後は毎日閑暇を楽しむ恰幅のいい男は、私に気づくたびに若き日のときめきの追想に耽り、ほんの涙金で手を切った女の声を思い出す。知慮が浅い分だけ多情な女は、私が立てる連続音に急かされて、男を取り替える時が訪れたことを悟る。一兵卒として大陸へ渡り、暴虐の限りを尽くしたことを、今でも戦功と信じている男は、私の音から重機関銃を連想して、全身の血を沸かせる。
そして、衆に秀でた条件など何ひとつとして持ち合せておらず、二十数年役場に勤めても未だに下っ端の職員でしかない、鬘ひとつで惨めな立場まで隠し果せると思いこんでいる男はというと、私が嘲笑を浴びせているものと勝手にきめつけ、わざわざ軽トラックを停め、わざわざ森の奥まで入ってきて、わざわざ手頃な大きさの石を捜して、わざわざ憎悪まで燃やして、この私を追い払おうとするのだ。
(10・6・金)
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